親愛なる『君』へ ディリーは創務省に来て目的の相手を探していた、他の創務の相手に相手がどこにいるか聞こうとした時、丁度目的の相手が別の部屋から出てくるのに気づき、ディリーは笑顔になって駆け寄った。
「鶉! 来たよ!」
「あ、ディリーさん。こんにちは」
鶉と呼ばれた相手は頭を下げディリーを見る。ディリーは頭を下げなくてもいいのに、と思いつつ鶉の手を掴んだ。自分より小さい手だ、と思いつつ鶉が少し驚いたような顔をする。
「ディリーさん?」
「鶉、今から僕に時間ちょうだい?」
「え、あの……!?」
ディリーはそう言うと鶉の手を引っ張り走ると、創務省を後にする。外は夕方の空が広がっており、オレンジ色が包んでいた。ディリーは鶉の戸惑ってる声にお構いなく、とある所まで走っていった。
舗装された道を走り、横断歩道を歩き、丁度街を見おろせる高台まで走る。その高台には小さな展望台があり、ディリーは少し息を切らしつつ、鶉の方へ振り向いて笑う。
「鶉! これを見せたかった!」
「……これは……」
それは夕日に染まった街の様子だった、深いオレンジ色の光が、ビルを、家を、建物を染める。鶉は黙ったまま、街を見下ろしていた。黙ったままの鶉を横目にディリーは話す。
「もしかしたら鶉にとっては見慣れてるかもね。けれどね、僕はここを見つけた時、鶉と見たいってずっと思ってたんだ」
「……僕とですか……?」
「もちろん!」
ディリーは笑って鶉を見る、ディリーの髪が夕焼けにてらされ色濃く鶉の目に入った。青緑色の目も、オレンジ色の夕焼けが入る。鶉はディリーの顔を見たまま目が離せない、夕焼けに染まった街より、ディリーの方が綺麗に見えたからだ。
ディリーは鞄から一通の手紙を取り出した、真っ白な便箋に赤い封蝋、丁度ディリーがループタイにしている封蝋にそっくりだった。一瞬琥珀からの手紙かと思っていたが、琥珀は封蝋なんて使わない事を鶉は知っている。ディリーは笑って鶉に言う。
「鶉、この手紙。僕からの手紙なんだ」
「ディリーさんの?」
「そう、僕から鶉に。思ってる事とか、これからの事とか……僕の気持ち書いたんだ。……鶉は色んなことあったよね、けれど、それでも鶉は前を向いてる。……僕はそれが嬉しくて、思わず書いちゃった」
そう言うとディリーは手紙を口元に当てる。すぅ、と目を伏せ、ポツリと口を開く。
「……『親愛なる鶉へ』」
そういってふっ、と息を吹きかける。手紙は淡く光り、ゆっくりと浮かんだかと思うと鶉の手元に優しく乗った。鶉は手紙をそっと触る、『鶉へ』と綺麗な文字で書かれており、その文字はディリーの文字だとすぐに分かった。触っただけでわかった、この手紙はとても暖かく、ディリーの優しさが詰まった手紙だということに。
ディリーは手紙を受け取った鶉を見て、そっと手を重ね話す。
「……ねぇ鶉、僕はこれからも……鶉の味方でありたい。友でいたい、もし君が暗い闇に閉じ込められたとしても、君が望んで願えば、僕は必ず助けに行きたい」
「……ディリーさん……」
「僕は、この世界に来てまだ日は浅いけど、愛おしいって事を琥珀から教わったよ。琥珀がなんのために物語……僕を作ったか。……鶉、生まれてくれてありがとう。君がいたから、僕は生まれたんだよ。それって凄く素敵で愛おしいって事なんだよね」
ディリーはそう笑って鶉を抱きしめた、鶉が震えていたが、震えていた理由はすぐに分かった。泣かなくていい、とディリーは優しく頭を撫でる。それと同時にディリーの胸の中が暖かくなる、この気持ちの正体を知っていた。
琥珀が自分を書いた時に言っていたことを思い出す。鶉に幸福を教えてやりたいと、今その琥珀の願いが叶ったような気がした。
これから鶉には、大変な事が身に起こるかもしれない。没討伐をしているから、怪我などするかもしれない。不安に襲われる時もあるかもしれない、けれど、先程言ったように、そうなったときは自分が助ければいい。守ればいい、そのためには。ディリーは鶉の顔を見て笑う。
「鶉、僕も頑張るからね、君を一人にしないよ」
この子を絶対に一人にさせるものか、と思っていると鶉が微笑んでいた。その笑顔に、ディリーは少し目を見開いていた。その笑顔は、いつもみせるようなぎこちない笑顔ではなかったからだ。その笑顔は、まさにディリーと琥珀が見たいと願っていた笑顔だったからだ。
「僕を変えてくれた人、本当に幸福を与えてくれた人。やっと大切だと思える人が、できたんですね。僕は」
「……それ、琥珀と僕のことかい? そう思っていいのかい? ……鶉の今の笑顔、すごく眩しいよ」
「そ、そうですか……?」
鶉は分かってなさそうな様子だったが、鶉の言葉にディリーは笑う。それ以上に鶉の言葉が嬉しかった、鶉が変わって前を向けていることに、琥珀が聞いたら自分と同じような反応をするはずだ、と。ディリーは鶉の頭を優しく撫でながら、微笑んだ。