懐中時計 父に呼ばれ琥珀はリビングに入った。母と離婚して父と暮らし始めてどのくらい経っただろうか、父にお願いして学校を転校せず、いつも通り創と通えていた。
そんな自分は、この家を出て全寮制の男子校に通うことになったのだ。はっきりいって、父に引き取られた後でもあまり父と話すことがなかった。昔から仕事が多忙で家に帰ってるのか分からなかった。そのため二人暮しのはずなのに、一人暮らしのような感覚だったのだ。
リビングには父がもうソファに座っており、琥珀をみて座りなさい、と一言言った。琥珀は何も答えずに隣に座る。そういえば、父とこうやって顔を向けて話すのはいつ以来だろうか。
「……なにか……?」
「……あー、その……これ」
家族のはずなのに、どう会話していいか分からず思わず敬語が出そうになった。父はどこか言いにくそうになにか小さな紙袋を手に取り琥珀に渡した。
「……開けてみなさい」
父からそう言われて琥珀は紙袋の中から箱を取り出し、開けてみた。その箱の中身に思わず声を漏らす。
それは懐中時計だった、ややくすんだゴールドの懐中時計、そっと開けてみると時を静かに刻んでいた。どうしたのだろうか、と思わず父の顔を見た。
「え、と。父さん……これ」
「……作家になったのだろう、お、おめでとう」
「……あ、ありがとう」
父はてっきりその話は興味無いと思っていた、そもそも、父にまず創作の話などしたことも無かった。認可作家になったのはつい最近の事。創とほぼ同時期に作家になり、創と、創の家族からお祝いはされたのだが、父とは中々連絡が取れず、どうせ興味が無いだろうで琥珀も何も言わなかったのだ。
そんな父が、自分のためにお祝いを用意してくれていた。
「……そういうのは、ちゃんと言いなさい。江波戸さんから聞いたんだ」
「……興味無い、と思って」
「……確かに私はそういった話は分からない。けれど、誰だってお祝いはしたいだろう」
「……」
父はどこか照れた様子と、申し訳ない様子で頬をかいていた。琥珀はぎゅっ、と懐中時計を握ると父と向き合う。
「……ありがとう、大切にします」
「……寮に行っても、元気でな」
「……うん」
琥珀は懐中時計を見つめ頬を緩む、この時だけは父の愛を少しだけ知れたような気がしたからだ。
「あれ……」
琥珀が呟いた言葉に創は顔を向け、近づいた。
「どうしたの琥珀」
「あ、いや。少し懐中時計の調子悪いみたいで」
創は琥珀の手に握られていた懐中時計を覗き見る、そしてスマートフォンで時間を確認する。確かに少し時間が遅れてるように見えた、そして少し変な音も聞こえたような気がした。
「その懐中時計、修理出した方が良くね? もう何年?」
「認可になったばかりの頃に貰ったから……九年か」
「物持ちいいな」
創はそう言いつつ懐中時計を見る、手入れも良くされており、目立った汚れもない。その懐中時計が琥珀の父から貰ったと聞いていたため、創は思わず笑う。琥珀は父親との仲を悩んでいたが、創からしたらお互いちゃんと話をすれば解決するような気がするのだ。
「琥珀さー、やっぱ親父さんと会ったら?」
「えっ。……今更会っても……何話したらいいか分からない……」
似たもの同士か、と創は思わず言いそうになった。琥珀の父も同じような事を創に零したことがあったのだ。琥珀の父は、琥珀の書籍を購入している事を創だけは知っていた。息子思いじゃん、と創は思いつつ琥珀に引っ付く。
「んで、修理だすの?」
「んー……まぁ早めに出した方がいいよな」
琥珀は懐中時計を少し撫で、そう言った。