少し伸びた影 カツカツ、と革靴を舗装されたコンクリートの道を歩きながら琥珀は編集者が待っている喫茶店へ行こうとしていた、今度書く話の軽い打ち合わせをするために。スマートフォンで時間を確認した、この時間なら余裕を持って待ち合わせに間に合うなとポケットに仕舞った時、ふと、琥珀はおもむろに足を止めた。なにやら後ろの方が騒がしかったからだ。歩いていた通行人も、なんだろうかと琥珀と同じように立ちどまり後ろを向く。
後方でスーツを着た男性二人がなにやら周りを探すように首をキョロキョロと動かしていた。琥珀はすぐに分かった、あの二人は創務省の人だと。恐らく指名手配のツクリテかニジゲンを追いかけていたのだろう。二人はバタバタと走り、そして琥珀を見て一人が声をかけた。
「あ、あんた確か認可の……」
「灰野琥珀です。何かあったんですか」
「そうだ、指名手配しているニジゲンを追いかけていたのだが……あんたは見てないか」
そう言って相手は写真を見せた、琥珀はその映られた相手を見てほんの少し眉を動かす。琥珀自身がよく知っていたニジゲンだったから。なにをしたのやら、と琥珀は呆れそうになりつつも、口を開く。
「……すみません、見てないですね……」
「そうか、まぁ他の通行人も見てないって言ってたし、これほど目立つなら見てない方がおかしいか。わかった、協力感謝する」
そう言って相手は琥珀にそう言うと、もう一人と合流してそのまま去っていった。周りの通行人も、何事も無かったかのようにそのまま歩いていった、琥珀以外は。
琥珀はそっと、脇の道に入った。脇に入ると人通りの多い道とは違い、人が歩いている様子がない静かな道。そこを歩いて周りを見た後、琥珀はおもむろにしゃがんで自分の影にむけてコンコン、とドアをノックするように舗装されているが、所々剥がれているコンクリートの道を叩いた。
「……いるんだろう、何したんだお前」
琥珀がそう呟いたかと思うと、影からぬるり、と人が出てきた。その相手は、先ほど創務の相手が写真で見せたニジゲンだった。そのニジゲン───サクリは素知らぬ顔で琥珀に言った。
「ムカつく創務省職員の腕落とした」
「……」
琥珀は思わずため息と共に頭を押さえた、サクリの言葉と態度に悪いと思っていないことが伝わるからだ。琥珀の反応に口元を歪ませ笑うサクリ、どこかゾッとするような笑みだ。
「ほとぼり冷めるまでお前の影の中にいるから」
「……はぁー……。……大人しくしろよ」
琥珀がそう言ったからか、サクリは琥珀の影の中に消えてしまった。琥珀はまったく、とため息を吐きつつスマートフォンで時間を確認した。まだ打ち合わせの時間には間に合う、琥珀は踵を返して道を出て大通りへ戻ろうとした。
琥珀の影が、少し伸びたように見えたような気がした。