君に出逢えたのは奇跡なのだから 色のない世界だ、ディリーはそう呟いた。自分の色すらも消えてしまいそうな空間にポツン、と立っていた。無色の世界、この空間に果たして人はいるのか。ディリーは分からなかったが、歩くしか無かった。寂しくて、どこか悲しくなるような、息が詰まりそうになりそうな、この空間に。
歩いてわかった、グチャグチャとペンで書かれたように見える原稿用紙や、ポッカリと穴の空いた本、穴の空いた、というよりか、まるで刃物で突き破ったようにも見えるほどにはボロボロだった。原稿用紙になんて書いてあるかわからなかった、もしかしたら、これを書いた人に会えるかもしれないなんて淡い期待をもったが。
そして、ふと、誰かいるのが見えた。その姿を見た時、ディリーの顔色が変わる。知っている相手だったから、その相手は鶉だった。鶉はディリーに気づくことなく、ぼんやりと空間を見つめていた。
「……鶉」
ディリーは声をかける、だがディリーの声が聞こえていないのかこちらを向くことがない。ディリーが鶉に触れようとした時、何かがディリーに入り込むように言葉が聞こえてくる。
【君のような人になりたいな】
【僕らしい人になりたいな】
【でも、子供だましのような夢しかない】
【こんな僕、死ねばいいのに】
「……鶉……!」
なんだその感情は、とディリーは嫌な予感が走り鶉の両肩を強く掴む。けれど、鶉は何も反応を示さない。まるで、最初からディリーが見えていないようだ。まさか、とディリーは琥珀から教えられていたことを少し思い出した。
ツクリテは【スランプ】に陥ると、一時的にニジゲンを認識出来なくなる。もし、今の鶉がその【スランプ】だったとしたら……。
───自分が見えていない?
どうすればいいのだろう、見えていないというのなら、今の反応を見る限り、自分の声が届いているのか分からない。そうしているうちに鶉の周りにモヤのように感情が文字として現れる。
【誰も僕を望まない】
【このまま消えてしまえばいいのに】
【消えたところで何も変わらない】
「……!」
何も変わらない? そんなわけがない、とディリーは唇を噛み締める。悲しくて、胸が痛くなる感情に涙が勝手に溢れていた。ふと、自分の鞄に目が移る。
「……! そうだ!」
ディリーは咄嗟に鞄を開く、あの手紙があるはず、と中を探すとディリーが探していた手紙を見つけた。声が聞こえないのなら、とディリーはその手紙にそっと口を当てる。
『───親愛なる、君へ』
ふわり、と鶉の周りに自身のエガキナを優しく包むように発動した。お願いだ、気づいて。とディリーは泣きながら鶉を見た。
「鶉が、消えていい存在なわけがないだろう……。死ねばいいのに、なんて悲しいこと言わないで……」
ディリーはボロボロと泣きながらエガキナを使い続ける。ディリーのエガキナに当てられたからか分からないが、鶉が顔を上げた。涙を流しながら、ディリーの方へ顔を向けていた。
「……眩しい、痛い、言葉が……」
「鶉……!」
ディリーは駆け寄り鶉を抱きしめる。言わないといけない、とディリーは慌てて涙を拭い、鶉に言った。
「鶉! いつ僕が死ねばいいとか、望まないとか言ったかい!? 僕は、鶉のそばに居たいから、君の隣にいるんだよ? なんでそんな悲しい事を思うんだい……」
「……」
鶉はポロポロと泣いたまま口を閉じていた、泣きすぎて胸も何もかも痛かったが、ディリーは鶉を離さないように抱きしめていた。
「……ディリー……さん……」
「鶉、鶉……。鶉には笑って欲しいんだ、泣くのが悪いなんて思わない。けれどね、誰だってさ、幸せになって欲しい人には笑って欲しいんだ。……僕は、鶉とこれからの景色を見たいよ……鶉は見たくないのかな」
自分が泣くから鶉は泣けないのかもしれない、とディリーは泣きながら笑う。すると、鶉がポツポツと話し始めた。
「……なんでこんな僕が生きてるだけで、ディリーさんは笑うんですか……」
「……それは鶉だからだよ、鶉と一緒にいるの、楽しいから」
「……ディリーさんがそんな笑うと、僕が消えたいって思っても理由がなくなってしまいます……」
「なら理由なんて消えちゃえばいいのさ、だって」
ディリーは優しく鶉の手を握る。もうディリーは泣いてなかった、眩しい笑顔で鶉を見て言い切った。
「そんな想いが生まれないほど、僕が鶉の傍にずっといればいい!」
───無色だった世界に、ほんのりと色が入る。
それは暖かなオレンジ色に見えた色だった。それは、夕日の色にも見えた。いつの間にか二人の周りには外の景色がよく見える色んな形のした窓があった。ひとつの窓は朝焼けの綺麗な空、もう一つは青空、そして、綺麗な夕日が見える空。
「鶉、綺麗な空だね。……まだ、痛い?」
「……まだ痛いです、けど、伝えたいです。いつか分からないけど、ディリーさんに、伝えたい事を……言いたい。もっと、もっと、ディリーさんと……色んなものを見たい……」
鶉の言葉にまた泣きそうになっていた、そして、いつの間にか自分の手に花が握られていた。綺麗な青色のバラだった。ディリーは人工的に染めた青色のバラを何度か見たことがあったが、今目の前にあるバラは、人工的に染めた物には到底見えなかった。無色しかなかったこの空間に強く目立つ鮮やかな青だったから。
その青薔薇を五本、小さなブーケのように持っていた。ディリーはそれを鶉に渡す。たしか、青薔薇、そして五本の意味をディリーは知っていた。
「鶉、これが僕の気持ち。僕はね、鶉と出会えて本当によかったって心の底から思ってるよ。だから、鶉も僕の言葉を信じて。気持ちを、信じて」
「……ディリー、さん」
もしかしたら、自分に合わせて貰ってるのでは、とか隣にいていいのか、など考えているのだろう。けれど、そんな事思わなくていいのだ。ディリーの思い、願いは一つ。
───幸せがあらんことを