完成されない絵 専門学校のとある空き教室、そこの生徒である灯都は、目の前に置かれているキャンバスに向かって絵を描いていた。灯都の絵を一言で表すなら【綺麗】と言えるだろう。まるで一つの風景を日常にある瓶や窓、場合よっては箱などに閉じ込めて描く。普段の灯都を知っている相手からしたら、綺麗なものを描くイメージがないからか、意外だなどよく言われるものだ。それに関しては、不満でしかない。描いて何が悪い、と不貞腐れそうになる。
そんな灯都は今、傍から見ても何かに悩んでいる、と分かるように顔を曇らせていた。使っている色も、明るい色があまりない。強いて言えば、淡い色の水色がちょこん、と置かれていた。描いてる題材からして、人を描いているのだが、描いては手を動かすのを辞め、また描く。その繰り返しだった。
そんな時、誰かが教室へと入ってくる。ガラリ、その音は決して小さくなかったはずなのに、灯都は振り向くことなくキャンバスを見ていた。
「灯都」
「……」
「灯都、聞こえてる?」
「……え、あ、夜岸? ごめんいつ来た? 気付かなかった」
「さっき来たばかりだから」
夜岸、と呼ばれた男子生徒はチラリとキャンバスを見る。灯都にしては使わない色、普段描くものとは真逆の絵を見て口を開く。
「……それ」
「…………あぁ、言いたいことわかるよ。……でも描けないや、なんでだろうね」
灯都はキャンバスを撫でてそう言う。描けない、と言ったが、キャンバスに描かれていた絵は良く描けていた。バランスもいい、色合いもいい、パッと見てはダメなところが見つからない。
「それ、どうするの?」
「どうしようかな。そもそも、描いたのバレたら嫌な顔されそう」
そういって力なく笑う。これ以上は夜岸が心配してしまう。灯都はさっさとキャンバスを鞄にしまい、代わりにノートを取り出した。
「【探偵奇譚】の話の続きしないとね。夜岸、あれからどこまで出来た?」
「え、あ、えっとね」
灯都が話を切りかえたからか、夜岸も鞄から取り出すと、灯都に見せながら話す。それを聞きつつ灯都はぼんやりと思う。本当は関わらない方が正解なのかもしれない。けれど、灯都からしたら夜岸同様に大事な存在になりえるのだ。
こんな気持ちも、相手からしたら迷惑なのだろう。灯都はそう思って目を閉じた。