優しさに触れた日 放課後、琥珀は校舎裏でしゃがみこんでいた。早く教室に戻らないと、創と鈴鹿が心配してしまう。けれど、足が震えて立つことが出来ない。その原因は、先程近隣の学校の女子生徒から、校門近くで告白を受けたからだ。
琥珀の通っている男子校では、学園祭などの行事を除いて、普段ほかの学校の女子生徒が無断で学校内に入るのを許可していない。だから琥珀のような、告白したい男子生徒がいる時は、校門先で待って、告白をするという流れだ。琥珀の親友である創も、この学校で知り合って一緒にいるようになった鈴鹿も、よくこうして告白を受けているのを知っている。
琥珀も例外ではなかった。何故か男からの告白が多かったが、こうして近隣の女子生徒から告白を受けることもある。けれど、琥珀は女性が苦手だ。苦手、というよりか女性恐怖症と言ってもおかしくない。話すだけでも動悸が酷くなる時があるくらいだ。
本来だったら、断ると相手は潔く折れてくれるのだが、今回ばかりは何故か中々折れてくれず、しかも琥珀に迫るように考え直してくれないか、と言われるほどだった。それだけで、発作が起きかけていた。なんとか断り、逃げるように校舎内に入り、こうして発作を落ち着かせるためにしゃがみこんでいたのだ。
よりによって薬を教室内に忘れていた、スマートフォンで創に連絡しようとも、手が震えて握ることすら出来ない。鈴鹿には女性恐怖症の事を話しておらず、連絡するのを躊躇してしまう。そうしているうちにも、呼吸がままならない。どうしよう、と涙が勝手に出ていた時、足音が聞こえて、声をかけられた。
「琥珀……見つけた!」
声のする方へ顔をゆっくりと向けると、そこに居たのは鈴鹿だった。息を切らしており、まさか自分の事を探してくれたのか、とどこか安心してしまい涙が溢れてきた。様子のおかしい琥珀に、鈴鹿は駆け寄りしゃがんだ。
「琥珀? どうした? 体調悪いのか?」
「げほっ……! ぁ……っ、っ……!」
「無理して喋るな、ほら、深呼吸……」
そう言って琥珀の背中を優しくさする鈴鹿。琥珀は鈴鹿の制服を強く掴み、震えるしかなかった。大丈夫、と言いたかったがそれもいえず、震えていた。一方、鈴鹿はスマートフォンを取り出し、創に連絡した。
「琥珀、立てるか?」
「……っ」
「無理か……ちょっとじっとしてろよ」
そう言うと、鈴鹿は軽々と琥珀を抱える。琥珀は深呼吸しつつ、虚ろな目で鈴鹿を見た後、身を委ねるようにぐったりとそのまま目を閉じた。
「鈴海! 琥珀は!?」
鈴鹿が琥珀を保健室に連れて行った後、ドタドタと足音が聞こえたかと思いきや、勢いよく扉が開いたかと思いきや、創の声が聞こえた。鈴鹿はカーテンを少し開けて、創の側までやってきた。
「創、琥珀が起きる」
「あ、わりぃ……」
創はそう言うと、そっと琥珀が寝ているベッドを覗く。静かな寝息を立てて寝ている琥珀を見てほっと胸を撫で下ろす。そして、創は鈴鹿を見た。
「……本当は琥珀の口から話してもらった方がいいけど……」
そう言って、創は鈴鹿に琥珀の事を話した。女性が苦手ということも、女性と話すだけで動悸が止まらなくなる事も、酷い時はこうして呼吸がままならなくなる事も。そうなった原因も、全部話した。創からしたら、鈴鹿なら話しても琥珀に対する態度は変わらないはず、と思っていた。創の予想通り、鈴鹿は黙って聞いてくれた。
「……中学の時と比べると少しは落ち着いてるけど……中学は共学だったから大変だったし」
「……話してくれてありがとう」
「……琥珀が起きたらちゃんと言うから……お前に話せてよかったよ。お前なら、態度変えずに琥珀とこれからも話してくれるだろ?」
その時、カーテンの開ける音が聞こえた。創と鈴鹿が音の方へ顔を向けると、そこには琥珀が起きて立っていた。少し顔色は悪いが、呼吸は落ち着いており、目も虚ろではなかった。琥珀は創と鈴鹿を見て頭を下げる。
「……ごめん、迷惑かけた」
「いいって、琥珀。鈴鹿に全部話したけど……」
「えっ。……いや、いつか話さないとって思ってた」
そう言って琥珀は鈴鹿の隣に座る。
「……鈴鹿、ありがとう。見つけてくれて」
「いやいい、大丈夫か?」
「大丈夫。……俺、昔から……女性苦手で。ちゃんと薬飲んでるんだけど、今日は教室に忘れてて……。……ありがとう、助けてくれて」
「琥珀が無事ならいい」
「……ありがとう」
琥珀はまた泣いてしまいそうだった。創が全部話したと聞いた時、不安が襲った。軽蔑されたりしたらどうしよう、と。けれど、鈴鹿は態度が変わることなく、むしろ自分の事を心配してくれた。そう考えてしまった自分を恥じた。ありがとう、と何度も言う。その声は震えていたが、創が琥珀の頭をぐしゃぐしゃ、と撫でる。
「泣くなって琥珀」
「あの時言っただろ? どんな事があっても琥珀は琥珀だから」
「……っ、ありがとう……」
ぽろぽろと、琥珀は二人の優しさに触れて泣いた。創の優しさももちろんだが、鈴鹿の言葉に、救われたのだった。