その言葉は静かに消えて「なんで僕の事を気にかけるんですか」
冬星は自分の目の前にいる男性───同じ高月職員で年上の祀を見た。どこか自分を気にかけ、長物の立ち回りの応用から教えてもらい、かつて落としてしまった大事なリボンを一緒に探してくれたこともあった。自分がたくさん食べる事も知られたが、それも何も特に聞いてくることなく、食事をする時引いている様子もない。
なんで自分を気にかけてくれるのか、不思議で仕方なかった。笑顔すら浮かべない周りの評価は知っていた。不気味、笑わない、とっつきにくい。実際本当なので反論するなど考えたこともなかった。仕事上、事務的な会話をする時はある、こんな自分でも世間話をしてくれる相手はいる、けど、なんでここまで気にかけてるのか。相手が何を考えて、自分にこうして関わっているのか、不思議だった。
冬星は相変わらずの無表情のまま、祀を見た。祀は冬星の問に少し拍子抜けした様子の表情を一瞬だけしたように見えたが、いつもの様に笑う。
「なんでだろうな〜、当てられたら奢ってやろう」
別に奢って欲しい気はないのだが、相手が素直に教えるわけがないと思っていた冬星にとっては、想定内の返答が来て少しばかり眉を顰めた。表情がほぼ変わらないと知っている誰かが見たら、冬星のそういった表情で驚くだろう。そして、ずっと抱いていたほんの僅かな可能性を口に出す。
「……僕と似たものをもってるから、ですか」
「どうしてそう思う?」
祀の表情は変わらない。けど、言葉の節から冬星の言葉の真意を探るような、そんな印象があった。冬星は少し目を伏せた後、話を続けた。
「……分かりません、ほぼ当てずっぽうです。けど、そう思っただけです。貴方のこと、何も知りませんけど」
そう、ほぼ当てずっぽうだ。何も知らない、祀は自分のことを気にかけるのだが、祀の事は何も分からない。祀自身、自分がいつも結んでるリボンに対しては、なにか察しているのかもしれない。こんな意味ありげに、血に濡れたリボンを結んでるくらいだ。察してない方がおかしいかもしれない。
当てずっぽうでしかないが、自分と同じように祀もどこか自分と似てる"なにか"があるのではないか、と思っていた。一方、冬星の言葉にうーん、と呟いた。
「似通ったものはあるけど、そうだな。今の俺じゃなくて昔の俺にかな、似てるとしたら」
「……」
これは、踏み込んで聞いてもいいのだろうか。と一瞬だけ思ってしまった。けど、聞いてはいけない気がした。
「……貴方も誰か居なくなったんですね。突然、もう会えない誰かに」
脳内に、もう会えない"あの子"が思い浮かぶ。十歳のままのあの子、自分が笑顔になるように、と笑わせた時の笑顔をしながら、モヤとなって消える。二度と会うことの出来ないあの子。あんな事がなければ、なんてこと幾度となく思った。祀もまた、同じようなものを味わったのだろうか、と見る。
「突然。……俺の場合はちょっと違うかな〜! まぁ人生長いからさ、そんな顔したまんまいるより笑った方がいいよ」
そう言って冬星の頭を突然撫で回す。それを迷惑そうにしつつ、撫でられながら冬星は目を伏せる。
「……笑い方忘れました。もし、笑えてもどうしようもないので」
笑いたい時に笑えばいい、とあの時の兄の言葉を思い出す。兄がそう言うなら、と信じた時からもう笑えなくなって十年経っていた。十年も笑えてないからか、どうやって笑えばいいのか分からなくなった。あんなに、あの子のことを笑わせたというのに。あと、笑ったとしても、その笑顔を向けたかった相手はもういない。いないのに、笑っても、虚しくて、寂しくて、悲しくて。
「どうしようもならないは未来が決めることさ。人間には、たった一秒先だってわかんないんだから。……さ! 顔を上げて!」
「ちょっ、なに」
そう言われて突然頬を挟まれたかと思うと、上を向かれてしまう。上をむくと、当たり前だが祀の顔が見えた。いつもの笑顔のように見える、いつも無表情な冬星が、珍しく、ほんの少しだけ驚いていた。
だが、祀の言葉に辛そうに目を逸らした。
「……もし一秒でも分かってたら助けられたかもしれないのに」
勝手に、その言葉が出た。