冬星は目の前にいる人物に辟易していた。目の前にいる人物から顔を合わせる度に、自分の娘と見合いをしないかと言われるのだ。最初は突然の事で理由を聞いたところ、どうやら街で冬星が一度助けた女性が、その相手の娘だったらしく、いわゆる一目惚れとの形で相手に頼んだらしい。丁度軍服を着ていたからか、すぐに冬星が軍関係の人物と分かったらしい。
最初の時はもちろん断った。自分には婚約者がいるとはっきり言ったのだ。婚約者とはもちろん、美鶴のことだった。それで折れてくれるだろうと思っていた冬星とは裏腹に、今もこうしてしつこく言われている。自分が誰と婚約者なのか、知っている人がいると思っていたからこそ、相手が知らない様子にそっちの方が驚いてしまった。
この事はもちろん、美鶴は知らない。余計な心配をかけたくなかったのもあるし、ただでさえ忙しいと言うのに、言うのは気が引けてしまった。男なのにこれくらいもあしらえないのか、と思われるかもしれない、なんて思ってしまい、こうもずるずると問題が引き伸ばしになってしまった。
「一度でいいから! 娘にあってくれないか!」
「ですから……! 僕には婚約者がいます! 娘さんと会うつもりもないです!」
「だったらその婚約者とやらをつれてこい!」
「あぁもう……」
ただでさえ、まだ仕事が残っているのにとこのままでは報告の時間に遅れると思いつつ、どこか苛立ちをなんとか押さえつつ相手の顔を見た時、思わず息が詰まりそうになった。
相手に対してではない、その相手の後ろにいる、いつの間に居たのかわからなかったが、美鶴がいたのだ。口元はにこり、と笑っているのに、目がまったく笑ってなかった。冬星は思わず固まる。相手は、どこか様子のおかしい冬星に怪訝な顔をしたかと思ってすぐに、場の雰囲気の重さに顔色を悪くする。
「お、おや……いつのまにいたのですかな」
相手の表情が引き攣る、美鶴は口元の笑みを崩さないまま、腕組みをして相手に睨むように話す。
「時間を守るはずの冬星くんが来なかったので、何かあったのかと探しに来たんですよ。……で、『私の』フィアンセに何か?」
「……え、まさか……」
美鶴が言った言葉の意味に、ますます相手の顔色が悪くなる。年齢では相手の方が年上だが、立場的な意味では美鶴の方が上だ。しかも、この様子だとしつこく冬星に話をしようとしたのはバレているだろう。美鶴は静かに冬星の隣に行くと、肩を引き寄せた。身長差があるのだが、どこかその様子は、相手に見せつけてるように見える。冬星が未だに固まっているのを横目に、美鶴は続ける。
「貴殿の娘さんはいい目をしてますね。けれど、冬星くんは私のフィアンセですから。娘さんには諦めるように、言ってもらいませんか?」
そう言うと、相手はなにか言葉を発したがよく聞こえず、そのままそそくさと逃げるように立ち去った。冬星は、未だに戸惑っていたが、美鶴は笑顔から無表情に戻り、肩を抱き寄せたまま冬星に言う。
「で、冬星くんにも話があるから。報告がてら部屋に行くよ」
「……はい」
これは怒られる、と冬星は観念して美鶴と共に歩いていった。