【かねあい】かねいが初夜を迎えるまでの話(1作目)ぷっくりとした唇の弾力を味わうように食み、ちゅ、と小さなリップ音を響かせる。
軽く口付けて、離して。
角度を変え、味わうように数度唇を寄せると、その度に可愛らしい音が鳴る。
ちゅ、ちゅ、と響く音がなんだか普段の――顔を合わせれば大なり小なりの言い合いが起こる――自分達の様子からは遠いそれのように思えて、なんとも言えないくすぐったさが胸を過る。
それは金城に組み敷かれ、背中をベッドのシーツに預けた愛染も同じだったようで、触れ合わせた唇からふ、と短い吐息が零れ落ちる。
薄く目を開けば、可笑しそうに細められた空色の瞳と視線が絡み合って、金城の唇がちっ、とひとつ、舌打ちを落とす。
シーツについた金城の両腕の中に囲われているくせに、余裕あり気に微笑みながらキスを享受する男からその余裕を剥ぎ取ってやりたくて、金城の指が愛染の耳に触れる。
指の腹ですり、と耳朶を擦りながら触れるだけだった唇から舌を突き出して上唇と下唇の隙間をなぞるようにぺろり、と舌を這わせれば、愛染の身体が微かに跳ねる。
ぴく、と震えて反応した身体をごまかすように愛染の腕が金城の首に回り、ぐっと強く引き寄せられた。
「……っふ」
「っン、ぁ」
伸びてきた愛染の舌に、金城の舌が絡み取られる。
くちゅり、と濡れた音を立てて触れた舌が、愛染の咥内へ引き摺り込まれる。
首に回った愛染の腕により一層力が入り、金城が好き勝手に咥内を犯すよりも先に愛染の歯がかぷり、と金城の舌に噛みつく。
その刺激にくぐもった声を上げて金城が身体を震わせれば、愛染が満足気な吐息を零した。
「ッ、ん、ぁ、ア」
「っ、ふ、ン」
じゅるじゅると卑猥な音を立てて、愛染が金城の舌に吸い付く。
「ッン、ぅ、ん」
金城のうなじを撫で上げ、ん、ん、と喉を鳴らして唾液を飲みながら、愛染の咥内が金城の欲を高めていく。
「んっ、は、ぁ、ご、し…」
「ン、っ、ぞめ」
僅かに潤んだ瞳を細め、金城のうなじをすりすりと撫でながら、愛染が気持ち良さそうな声を零す。
それにつられるように熱を孕んだ声で愛染を呼んだ金城が、自身の舌を愛染のそれに絡めて自らの咥内へと引っ張り込む。
「ッ、んぁ」
キスの、合間。
互いに飲み切れなかった唾液が重力に従い、愛染の肌を濡らしていく。
自分のイイように金城の舌を愛撫していた愛染に、やられっ放しは性に合わねぇ、と金城の歯が愛染の舌に噛みつく。
「ンッ、ふ、ぁ」
「はっ、ン…」
舌の表面に軽く歯を立て、甘く噛む。
愛染の耳に触れていた指の動きを再開させ、指の先で擽るように耳穴を刺激してやると、愛染の身体がびくんと震える。
もう片方の手も愛染の耳に寄せ、両耳を指で可愛がってやると、愛染が甘い吐息を漏らした。
「――ッ、ぁ」
びくん、と跳ねて、甘い声を上げて。
愛染の身体から力が抜けた瞬間を見計らい、先ほどのお返しとばかりにちゅうちゅうと舌を吸い上げる。
唾液ごと舌を吸い、舌で舌の裏側や根元を舐めてくすぐってやると、愛染がふるり、と軽く首を振った。
「んっ、や、ぁ」
「ッ、はっ」
ぷはっと、二人分の熱い息が重なる。
唾液の糸が間を繋いで、水気を帯びた空色の瞳が歪み、濡れそぼった唇がむぅ、と尖る。
「……ごぉしのくせに、生意気」
最初の頃はキスのひとつもおぼつかなくて、俺にリードされっ放しだったくせに。
悔しげな色を乗せて告げられた言葉に、僅かに目を丸くした金城がはっ、と声に出して笑う。
「いつの話してんだよ」
お前は全然分かってない、大人のキスってのはこうやるんだよ。
そう、言いながら。
「オマエが勝手に、オレとスる時はこうやってキスしてって強請るようにオレに教えてきたんだろーが」
「は? なにそれ。俺は別に強請ってなんか、――っ、ン」
心外だと言わんばかりの顔で噛みついてこようとした唇を、うるせェ、と口にする代わりに自身のそれで塞ぐ。
無防備に開いていた隙間から舌を差し入れ、頬裏と歯列を舌先でなぞりながら上顎をこすってやると、途端に大人しくなった愛染の手が金城の両頬を包み込み、ん、ん、と気持ち良さそうな声を漏らす。
女との色事の経験は、金城以上に豊富だったくせに。
快楽――気持ち良いこと――に弱すぎやしないか、と些か心配になる。
ほいほいキスされて、気持ち良くなって、女相手だからまぁいいかって簡単に身体を許してたんじゃないか、と疑ってしまうくらいには、愛染は快楽に従順――のように見える。
「っふ、ぅ、ンッ」
咥内を荒らす金城の舌を掴まえて、自身の舌を絡めて、気持ち良さそうに鼻から抜けるような吐息を零す愛染の頭を軽く叩き、一旦離せ、と合図を送れば、まだシ足りないと言わんばかりの顔で愛染が金城の舌を離す。
「……なに」
垂れ落ちた唾液を指で拭って、不満たらたらの顔で。愛染が金城を見上げる。
「いや……オマエ……実は女にここ、掘られたりしてねェよな」
ここ、と言いながら愛染が穿いているパジャマの上から尻のあたりを撫でれば、眉間にシワを寄せた愛染がは? と低い声を出す。
「いや……オマエ、女相手だからって油断して、快楽でぐすぐずになってる間に知らねェとこで好き勝手されてたりしてねェよな?」
「……は?」
目を細めて、不機嫌丸出しの顔で。愛染が金城を睨み付ける。
「されてる訳ないだろ。ていうか、快楽でぐずぐずになってって何。エッチの最中に女の子達をぐずぐずにさせてあげるのが俺の役目だったんだけど? その俺が、自分が前後不覚になるくらいぐずぐずになる訳ないだろ」
いやオマエ、多少意味合いが違うとはいえ、酒飲んだら結構な頻度で前後不覚のぐずぐずになってんだろ、とは心の中でだけ呟いて。
いまだ納得のいかない表情で金城が言葉を続ける。
「……オマエ、弱いだろ」
「は? 何に」
「あー……だから、あれだ……」
「なに」
「……快楽?」
金城の言葉に、不機嫌に歪んでいた愛染の顔が不思議そうなそれに変わる。
「は? 快楽? なにそれ?」
きょと、と目を丸くした顔は澄ました顔をしている時よりずっと幼く可愛らしく見えて、その可愛らしさに引き寄せられるように目許を指先でなぞると、愛染がくすぐったそうに片目を瞑る。
「っ、ちょっと、なに」
こんなんじゃ誤魔化されないからな、と言わんばかりに、愛染が金城の手を掴んで引っ張る。
早く言え、と催促するように睨み付けられて、金城が溜め息を吐きながらガシガシと頭を掻く。
「……オマエ、ぎゃーぎゃー噛みついてきてようが、オレとキスするだけですぐに大人しくなんだろ。そんなにキス、っつーか、快楽に弱くて、よく今まで相手に好き勝手されなかったな、って思っただけだ」
オマエの貞操が本当に無事だったのか心配になった、とは、心の中に留めて。
肝心の――最も心配している部分には触れずに告げた金城の言葉に、愛染がよく分からない、と言いたげな表情を浮かべる。
「だって、剛士相手だろ?」
ゆるり、と首を傾げながら、愛染が言葉を返す。
「あ? どういう意味だよ?」
「だから、剛士相手に何で俺が意識してぐずぐずに蕩けるような快楽を与えてやんなきゃいけないんだよ」
「……あ?」
「だから、剛士相手なんだから、なんにも考えずに俺の好きにシてるだけでいいだろ? 駄目なの?」
曰く、女の子達が相手なら、気持ち良くなってもらえるよう、安心して俺に身を任せてもらえるよう、意識してとろとろになるような快楽を与えたいって思うけど、剛士が相手なんだから、俺の好きにしてるだけでいいでしょ、と。
愛染から聞き出した答えは、金城の予想していたそれとは違って。
違ったけれど――オレ相手だからこいつは、好きに、気持ち良いことに従順に快楽を貪ってるのか。
そう、思ったら、金城の下腹部がずくり、と熱を孕む。
「……ふーん?」
「……なに、その顔」
込み上げる興奮をなんとか抑え込もうとして、失敗した自覚は、ある。
堪えきれずにぎらついたであろう瞳を隠しもせずに愛染の唇にかじりつけば、驚いたように目を見開いた愛染めの瞳がやがて、金城を受け入れるように閉じられる。
擦り寄るように首に回った腕と、気持ち良さそうに零れ落ちた吐息と。
これも全て、金城相手だからこんなにも無防備に快楽を享受しているのかと思って、堪らなくなる。
「ッ、ぁ、っは、ぅ」
「んっ、ふ、ぅ…」
くちゅくちゅと口の中を掻き回して、熱を分け合うように舌を触れ合わせて。
ん、んく、と動いた愛染の喉仏を手のひらでさすって、ちゅぱ、と音を立てて舌を引き抜く。
「――っ、ン」
喉仏を撫でた手をするりと下にずらしていき、胸元、腹、と手でなぞっていけば、愛染が熱っぽい吐息を零す。
僅かに熱を持った股間を手のひらで撫で上げれば、んぁ、と小さく声を上げた愛染が身体を捩り、その反応に自分の熱が一層高まったことを自覚しながら、手のひらを臀部まで這わす。
金城の手の動きに敏感に身体を跳ねさせる愛染の、双丘の隙間を、パジャマ越しに指先でつぅ、と軽くなぞった。
「ッ、ア、ぅ」
零れ落ちた、か細い声。
「……なぁ、ここ」
「…っから、お前、だけだ、って、前からずっと、言ってる」
じとり、と睨むような愛染の目。
男と付き合うのは金城が初めてだということは、もう何度も愛染から言われている。
寂しさを埋めるように女の元を渡り歩いて、それでも埋まり切らないそれを持て余すようにふらふらしていた愛染に手を伸ばして掴まえたのは、金城だ。
いい加減にしろ、訳分かんねェ女の元をふらふらするくらいなら、オレでいいじゃねぇか。
そう言って掴んだ腕を握り締める金城に、愛染はふるふると首を振り続けた。
『男と付き合うなんて冗談じゃない』
『冗談じゃなくて、本気ならいいのかよ』
『は? なに言って』
『――好きだ、愛染。だからいい加減、オレにしとけ。オレをオマエの、最後の相手にしろ』
真っ直ぐに愛染を見つめる金城の真っ赤な瞳と、愛染の空色の瞳が、ようやく絡んだ瞬間だった。
「っぁ、ちょ、ごーし、まだっ……」
「わーってる。焦ったって挿入るようなモンでもねェしな」
すり、と双丘の隙間をなぞり続ける金城の手に、愛染が焦ったような声を上げる。
少しだけ触れたかっただけだ、と口にして、金城が臀部から手を離せば、強張っていた愛染の顔に安堵の色が灯る。
怖がらせて悪かった、と金城の手が愛染の頬を撫でれば、別に怖がってはないけど、と憎まれ口を叩いた愛染が心地好さそうな息を零す。
愛染の後孔は、金城を受け入れるだけの準備がまだ整っていない。
それは分かっている。
一度触れ合ってしまえば、きっと足りなくなる。
だから、準備がきちんと整うまでは、触れ合いはハグとキスだけ。
そう話し合って決めた。
けれど――。
「……な、あいぞめ」
金城の熱を孕んだ声の意図に、愛染も気付いたのだろう。
そしてきっと、少なからず同じ気持ちを――欲を――抱いている。
うろうろと辺りを彷徨った愛染の視線が、やがて、ぴたり、と金城のそれと交わった。
「………一回、触り合うだけ、なら」
それなら、いい。
愛染の言葉に、ぐわり、と沸騰したような熱が込み上げて、それを堪えるように金城が自身の奥歯を噛み締めた。
◆◇◆
「じゃ、脱がすぞ」
「…ん」
ふぅ、と息を吐いた金城の指が、愛染の穿いているパジャマのゴムにかかる。
指を引っ掛けて、手で掴んで。
ずるり、と膝までずり落とすと、グレーのボクサーパンツがあらわれた。
その中心が僅かに盛り上がり、色が少し濃くなっているように見えて、金城の喉がごくり、と鳴る。
その金城の反応に羞恥が煽られたのか、愛染が「…剛士、も」と強請るような声を出して手を伸ばし、金城の穿くスウェットのウエストを掴む。
逆らう事無く愛染の手に身を委ねていれば、下着越しでもしっかりと分かるくらい自身の股間が熱を持っていることが分かって、金城の頬に赤が差す。
「ふ、可愛いな、剛士?」
「…っせェ! 続きすんぞ」
楽しげに漏らされた愛染の声と、悪戯に金城の股間を撫で回す手を振り払うように愛染の下着のウエストに指を掛け、勢いよく下にずらした。
「っ、ちょ、んないきなりっ……!」
慌てたような愛染の声を聞きながら、隠すための布地がなくなった愛染の股間に目をやった金城の視線が一点に釘付けになり、その唇から「…あ?」と戸惑ったような声が零れ落ちた。
「……ごーし?」
金城の視線が、じっ、と一点に注がれる。
その視線から逃れるように、恥じらうように、愛染が上に着ているパジャマの裾を引っ張って伸ばした。
「っ…」
けれど、伸ばしたところで。
パジャマの裾は愛染の股間を隠すほどは長くない。
愛染がもぞり、と身を捩っている間も、金城の視線は一点に――愛染の股間に――注がれている。
「……ごうし、なに…」
愛染の唇から紡がれる声が、か細い。
その声にようやく我に返った金城が、戸惑ったような表情を浮かべたまま口を開く。
「いや、オマエ、これ…」
「……なに……」
「いや、……毛…」
「――っ」
金城の小さな問い掛けに、愛染の頬が赤く染まる。
あー、その顔可愛いな、と思うものの、愛染の、一切毛が生えていない股間を目の当たりにしての戸惑いの方が大きい。
「……オマエこれ、自分で…?」
「ばっ…ちがっ……サロンでやったに決まってるだろっ!」
「……サロンで」
元々、毛が無いな、とは思っていた。
色が白いから毛が生えれば目立ちそうなものなのにそんなこともなく、いつ触れたって、愛染の肌はすべすべと触り心地が良くて、いい匂いだ。
薄い方なのかと思っていたけれど、まさか、下の毛も含めて全て処理していたとは知らなかった。
「…っ、俺達はアイドルなんだから、その、そういうところの処理も全部、エチケットのひとつだろ!」
他にもやってる人はたくさん居る、剛士も、ちゃんとこういうところに気を遣った方がいい。
俺のオススメの店を紹介してやるからお前もやってもらえば、と続けた愛染の手が金城の下着を脱がそうと伸びてきたことでようやく、金城の視線が愛染の股間から離れ、愛染自身を見た。
「あ? オレは別に必要ねェ!」
「とかいって、お前、実は全く処理してないとか――」
伸びてきた愛染の手を掴んで、シーツの上に押さえて。
けれど諦めずに足も使ってなんとか金城の手の拘束から逃れようともがく愛染を大人しくさせるべく唇に噛みつこうとした金城が、遠くから聞こえてきた声にびくり、と動きを止めた。
「ただいま~~~~! ケンケン~? ごうちーん?」
聞こえてきた声は紛れも無く、メンバーかつこの家のもう一人の同居人である阿修のもので。
「は? 悠太? なんで」
戸惑ったような焦ったような声を上げて慌てて金城の下から這い出た愛染の呟きに答えるかのようなタイミングで、遠くから響く阿修の言葉が続く。
「ロケが急遽延期になっちゃったから帰ってきたんだけど、ジョインに既読もつかないし。ね~! ケンケン~! ごうちん~! 居ないの~!」
どたどたと廊下を歩く音と、近付いては遠ざかっていく声に、動きを止めていた金城と愛染は揃って乱れた服を整えていく。
「っ、おい、愛染っ!」
「分かってる。とりあえず、剛士先出ろ。お前より先にお前の部屋から俺が出てく方が変だ」
「おう」
つい先ほどまで存在していた熱を帯びた空気も、腹の中でぐるぐると燻っていた熱も、いつの間にか霧散し、どこかに消え去ってしまった。
それが残念なような、丁度良かったような。
なんとも言えない気持ちを抱きながらも、上手く何事もなかったかのような顔が出来ているようにと願いながら、金城は自身の部屋のドアノブに手を掛け、恐らくリビングに居るであろう阿修に向かって声を張り上げた。