「賢者様って、顔に似合わずロマンチストだよね」
「……それ、褒めてませんよね」
「ふふ、どうだろうね?」
街灯に背を預けたまま、オーエンは目を細めて言った。声色も、その仕草も、からかっているときのそれだ。
けれど、そんな他愛のない戯れの時間が、案外嫌いではなかった。こんな風になるのは二人きりのときだけで、心を許されているような、そんな気持ちになるからだ。まして、二人きりでお忍びデートのようなことをしているのだから、自惚れではないと思いたくもなる。
「それで、なんだっけ。プレゼントを持ってくるのが、サンタコロスで……」
「サンタクロースですよ」
オーエンは時々、自分に馴染みのない言葉をおぞましい単語に置き換えて言ってくることがある。本気で言っているのか、ふざけて言っているのかわからないけれど、楽しそうにしていることが多いから、きっと後者なのだろう。
「プレゼントを持ってくる老人の話より、寄生植物の下でキスをする話だよ。何かに寄生しないと生きられない植物の下でキスをしないと幸せになれないなんて、人間って本当に愚か」
「確かにヤドリギは寄生植物ですけど、何もそんな言い方をしなくても……」
魔法使いたちに頼まれて元の世界で広まっているクリスマスのジンクスについて話していた時、ふいに誰かが恋人同士にまつわるものはないかと言ったのが事の発端だった。
あまり詳しくは知らなかったけれど『ヤドリギの下でキスをすると幸せになれる』というジンクスを話すと、一部には不評だったものの、なかなかに盛り上がった。
「賢者様だって憧れてるんだろ。そういう口ぶりだった」
「憧れなんてないですよ。俺が住んでいた国では、ヤドリギはほとんど見ないので、見てみたいなという憧れはありますけど」
「ふうん。まあ、相手がいないもんね」
「またそういうことを……」
「本当のことだろ」
「それは、そうですけど」
こうして二人で過ごす時間が増えて、誰にも言えない秘密の夜を過ごしても、オーエンは出会った頃と変わらず不遜なままだ。けれど、それがオーエンらしいと肩を竦めて笑えるくらいには、彼のことを理解できていると思いたい。
「それにしても、寒いですね……」
「これくらいで寒いの? 根性がないねえ賢者様は」
「寒さを根性論で乗り越える人じゃないでしょう、あなたも俺も。はぁ……」
吐き出す息は白くて、街灯に照らされた雪は、光の色に染まって、キラキラと黄金に輝いて見えた。
元の世界にいたときには、街路樹に飾り付けられたイルミネーションを見て心を躍らせたこともあったけれど、ただの街灯でもじゅうぶんに綺麗だと思えるのは、この世界に慣れたせいか、或いは―――
「ひっ! う、わぁ! な、なに!?」
キラキラと輝く雪景色がひゅっと動いたかと思えば、息を吐く間もなく景色が反転していた。片足だけががっしりと何かに捉えられていて、片足と腕は宙ぶらりんだった。それに気付いたのは、眼下で腹を抱えて笑うオーエンの姿が目に入ったからだ。
「な、なんですかこれ!? 俺、今どうなってます!?」
「あはは、最高。木に吊るされてる。木の飾りの一部になった気分はどう?」
逆さまに吊るされたまま、見上げてくるオーエンに顎先を弄ばれる。けれど、道行く人は誰もこの状況に気付いていない。まるで、この空間だけが切り取られて見えないベールで被われているようだ。
「もしかしてこれ、オーエンの仕業ですか……?」
この状況に見向きもしない人たち、突然吊るされたことを喜んで見上げているオーエン。きっとこれは戯れの延長に違いない。吊るされたまま、顎先を弄ぶ彼をじっと見れば、答え合わせと言わんばかりにオーエンはにこりと笑みを浮かべた。
「下ろしてもらえませんか。頭に血が上っちゃいます」
「無理。吊るし上げてるのは僕じゃない」
「ええ……」
一蹴された言葉に吊し上げられている足を見れば、ミシミシと音を立てて足を縛り上げる蔦が絡まっている。音を立てているわりに痛みはないけれど、このまま吊るされていてはどうなるかわかったものじゃない。
「もっと、ちゃんとおねだりして。無様で何も出来ない君は、僕にみっともなく頭を下げて懇願するんだ」
心の底から楽しいといった様子で、オーエンは顎を弄ぶ指先で鼻頭をツンツンと突いてくる。吊るされていることだけを除けば、ある意味カップルのような戯れにほんの少しだけ、気分が高揚した。
「……何考えてるの」
無意識に頬が緩んでいたのか、オーエンは突いていた鼻をぎゅっと摘まんで不満げに言葉を漏らした。
「っ……、はい! わかりました! お願いします、助けてください!」
ぱしん、と音を立て顔の前で手を合わせて言うと、ふわりと風が巻き起こって箒に跨ったオーエンが優雅に微笑む。
「絶対に嫌」
「なんですかそれ! そんな顔で嫌って言われても困ります!」
「なぁに、好きだろ? 僕の顔」
「いま、それどころじゃないです……」
目線の高さが同じになったオーエンは、ふわふわと浮かんだまま吊るされている姿を楽しそうに眺めて言った。
「僕の顔より大事なことがおまえにあるとは思えないけど」
「こだわるのそこですか? 好きですけど、この状態だと逆さまにしか見えないんです」
「これならどう?」
そう言うとオーエンは器用に箒に捕まって、同じように逆さまになって向き合う格好になる。前髪が垂れ下がって正面から見るのとは少し違ったけれど、整った顔立ちがより際立って見えた。
「これならよく見えます。すごくきれいです。好きですよ」
逆さまに吊るされたせいで少しばかり頭がぼんやりして、取ってつけたような言い方になってしまったけれど、オーエンの機嫌は損ねなかったようだ。
「ありがとう。僕も、君の間抜けな顔は好きだよ」
またからかうみたいに笑ったオーエンの唇が鼻先に触れる。まさに、そのときだった。足を縛り上げていた蔦が突然するりと動いて、思わずふわふわと浮かんでいるオーエンにしがみついた。
「お、落ちるかと思った……」
間一髪、逆さのまま地面に落下することは免れたけれど、しがみついた先を恐る恐る見上げてみれば、冷たい瞳がこちらを見下ろしていた。
「……殺されたいの」
「あのままじゃ、地面に叩きつけられそうだったので、つい……すみません」
「そっちじゃない」
怒りを静めたいのか、ゆっくりと息を吐き出しながら、オーエンは静かに地面に下ろしてくれた。というより、自分が下りるついでに下ろしてくれたといった感じだ。
「そっちじゃないって……」
しがみついたことでなければ、なんのことだろうと頭を捻っていると、木の下に座り込んでオーエンが上を指差した。
「あれだよ、あいつ」
指を差したほうを見ると縛り上げていた蔦が丸々と球体を作って、木の葉っぱの中でうごめていた。その光景は、おぞましいというほどではないけれど、なかなかに奇妙な光景であった。
「生き物みたいに動いてますね」
「生きてるんじゃない? この木の養分を吸って大きくなるつもりなんだ」
「それじゃまるで、き……」
最後まで言い切る前に、正面に回り込んだオーエンに唇を奪われる。軽く吸われたかと思えば、すぐに離れていく。
「ロマンチストが台無しだよ。賢者様」
ついさっき触れた唇が弧を描いて、イルミネーションみたいに綺麗な色違いの瞳が、すっと細くなって、夜に溶け込んでしまいそうだった。