■ RISE ON GREEN WINGS ②「……どうして、この機体にだけは口があるのですか」
消化器官を持たない以上、口という機能など無意味なはずのロボットにそんな無駄な機構を付けるなんて、非合理的では無いのですか。
はじめてゲッターアークと引き合わされた時、自分は臆面も無くあの人にそう聞いた。
格納庫に鎮座するゲッターアークは、他の機体とは異質に思えた。人類が所有する中で最も戦闘力を擁する兵器という以上に、どこかそら恐ろしくも感じられ、それがそんな言葉となって口をついたのかもしれなかった。
一緒に並んでアークを見上げていたあの人は自分のそんな言葉に一瞬微かに笑みを浮かべ、すぐにいつもの表情に戻った。
「お前らしい疑問だな。
だが、残念ながら私はその質問への回答を持ち合わせてはいない。これは私の設計した機体では無いからな」
そう話す神司令に目をやれば、なにか思い出すような顔からぽつりと声が聞こえた。
「早乙女博士は何を考えていたのか……俺にもわかりきれはしない」
……この人は、神さんは、案外わかりやすいところがある。すらりと切り替わる一人称はその典型例だった。
――今にして思えば、そうした不意に見せる「彼自身」の姿に思うところがある人間は多かったのかもしれない。
そんな事を感じていれば、気を取り直したように言葉が続いた。
「攻撃手段の為、とするにはあまりにも非効率的だと私も思う。
なんとしてでも敵に食らいつくという心境の表れ……もしくは、そうだな……会話をするため、かもしれんな」
……そうであればいい、という私の身勝手な思いかもしれないが。
そう呟き俯きながら僅かな苦笑めいたものをもらす。その時の自分には、どうしてそんな反応を取られるのかわからず、何を返していいかも知らず、ただ新たに湧いた疑問を投げかけるしかできなかった。
「会話? 何とですか?」
「さて、何とだろうな」
間髪入れず、挑戦的な薄い笑みを浮かべた目線と共に返された言葉に「自分で考えろ」と言われていることはわかった。それにどことなく不満を覚えた自分はまだまだ子供で、つい生意気な事を言った。
「……貴方にもわからない事があるのですね」
「買い被りすぎだな。私が知る事はあまりにも少なすぎる……何もわからんさ」
俺も歳を食った……答えは探し切れないだろう。もし知りたいのならお前が代わりに見つけてくれ、カムイ。
見事な、いっそ美しい白髪を靡かせるあの人は、時折思いもよらぬ長い年月を生きたように思えるような事があった。アークを見上げながらそう話したその時もそうで。
「貴方は」
「?」
「……たまにひどくロマンチストですね」
幾度となく厳しい現実に向かいながら、それでもとそんな願いのようなものを手渡してくるこの人にはそんな言葉があっているような気がした。
「そうか、そんな事ははじめて言われたかもしれんな」
珍しく少し眉を上げ、驚きのようなものがうっすらと見える表情でそう言い、あの人はこちらに向き直った。しっかりと合わされる目に気を引きしめる。
「……カムイ。ぶつかり合う事を恐れなくていい。
言葉すら時には暴力となる。俺たちは生きている限りどういう形であれ力を振るっているには代わりなく、できるのは自らの理性で制御するという事くらいだ。
ただ争いを避けたいがために全てを押し込め相手の言葉に頷き続けることも、奴隷となんら変わりない。
……お前にはそのような生き方をして欲しくは無いと思っているよ」
優しく肩に置かれた手のひらは、その時には大きく思えた。淡々と語られる言葉に感情は多くこもっているようには聞こえなくとも、それがあの人の常だった。
「言葉をかわさずに、もしくは他の表現手段も無しに、意思を伝え理解し合えるなど、個として生きる俺たちには幻想に他ならない……いや、願望か。
だから、不必要に恐れなくていい」
ぽんともうひとつ肩を叩き、話は終わった。
「……説教くさくなってしまったな。年寄りの長話だ」
そう苦笑したあの人が、最後に自分へ向けて言った言葉は、よく覚えている。
カムイ。
いつか、もしお前とぶつかり合う日が来たら、俺は手を抜かないぞ。
あの人は、ロマンチストで、繊細で、現実的だった。とても。
『いつか』をまるで知っていたように。