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    神アス告知
    本作は2022年6月12日(日)開催のPassion! VIRTU@L STAGE現地1st in福生(パバステ現地)で頒布開始予定の新刊です。
    【し20】でお待ちしています!

    ★あらすじ

     アイドル活動を続けながら交際をしている幸広とアスラン。
     キスだけの関係から先に進もうとするが……?

    【神アスR18サンプル】join,hash,cue神アスサンプル
     階段を上ってドアを開ければ、神谷幸広の鼻先を芳香がくすぐる。
     玄関には明かりが灯されていた。「ただいま」と幸広が声をかけるとキッチンから響く包丁の音が止まり、アスラン=BB二世が顔を覗かせた。
    「戻ったか、カミヤ。宴の支度は間もなく整う。手を清め、鎮座するが良い!」
    「ああ、ありがとう。楽しみだな」
     屈託のない幸広の微笑みを前にしてアスランの赤い瞳にやわらかな色が広がる。その表情に胸を満たしながら幸広はアスランの言う通り手を洗い、二人で使うリビングへと向かった。
     テーブルの上には銀色のカトラリーが揃っている。ランチョンマットの端に置かれた小鉢は蓋がされていて中を見ることはできないが、小さなスプーンが添えられているのを見ると幸広にはそれが何か想像がついて、楽しみに顔が綻んだ。
    「――いざ、宴を始めん!」
     大皿を持って現れたアスランは宣言し、皿をテーブルの中央へ。
     屈んだアスランの背後、結んだ髪とエプロンが小さく揺れる。家でしか見せない寛いだ姿で皿を並べるアスランは厨房やステージで見せる表情よりも幾分か穏やかな顔をしていて、眺めているだけで幸広の目尻も自然と下がっていく。
     橙色の丸皿には乳白色のソースが施され、中心には魚の切り身が浮かんでいる。散らされたエディブルフラワーの鮮やかさは目にも楽しく、幸広はアスランの向かいで手を合わせる。
    「いただきます」
     ベビーリーフのサラダ、小鉢、メインの魚料理、コーンの冷製スープ、最近幸広が見付けたパン屋で買ったらしいバゲット。何から手をつけるか大いに迷いながらも、はじめに幸広は小鉢の蓋に手をかける。
    「――今日はイカかい?」
    「然り。白き玉体と黄金の雫、栄華の湖と共に味わうと良い!」
     小鉢の中に見えるのはコンソメのジュレと炙られたイカ。その下にはコンソメ仕立ての茶碗蒸しが潜むこのメニューは、ある時アスランが思い立って作ってくれて以来幸広のお気に入りだ。季節によってイカはホタテやエリンギになることもあるが、何であってもアスランの誂えは幸広の舌を楽しませる。
     茶碗蒸しとジュレは口の中に滑り込むとすぐさま溶け、口内を潤わせる。表面を炙ったのみでほとんど生のイカの食感が際立ち、思わず目を細める幸広を前にしてアスランは満足げに魚を取り分ける。
    「カミヤよ、此度の闇の市場は水の精に満ちていた」
    「確かに良い魚だね。……うん、これも美味しいよ」
    「そうであろう!」
     張り上げられた声が二人きりの部屋を震わせ、なごやかな会話を続けながら食事は進む。
     ――幸広がアスランと共に暮らし、恋人同士になってから、何度こうして食事を繰り返してきたかはもう数えきれない。
     アイドルを始める前はほとんど毎日食卓を共にしていたが、アイドル活動を始めてからは今日のように帰りの時間がずれることも増えた。寂しく思う気持ちはあっても、帰宅する頃には既にアスランの作った料理が食べられることは喜ばしかった。
     語らいと食事に体の奥底は温度を高めていく。皿がすべて空になる頃には幸広もアスランもすっかり満足しており、食後の紅茶には砂糖もミルクも入れないブラックティーを用意することにした。
     リビングに広がった食事の湯気が紅茶の湯気に塗り替えられていく。今日の出来事もあらかた話し終え、交わされる言葉に空白が混ざりはじめる中、アスランの視線はソーサーに添えられた幸広の指に向けられていた。
    「――――カミヤよ、今宵の宴は汝の魂を戒めてはいないか」
    「うん?」
     ソーサーに触れていた指が、テーブルの上で組まれる。
    「水の精の猛りは鎮めたはずだが……」
    「脂の乗った美味しいゴマサバだったよ。ドレッシングも油を控えてバランスを取っていただろう?」
    「無論、だが――否……」
     問いの答えを得てなお落ち着かなげに、アスランは睫毛を伏せたまま。
     脂の乗った、それでいてしつこすぎないゴマサバのソテーの美味については食事中も伝えていた。それを聞いてアスランが胸を張りながらスープを勧めてきたことは記憶に新しい。何か別の意図がある問いかもしれない――考えれば、すぐに幸広はひとつの答えに辿り着く。
    「――ああ、」
     テーブルは大皿を載せても余裕があるほど大きいから、向き合って座ったままでは難しい。
     席を立った幸広は座ったままのアスランの真横に立つ。見上げるアスランの紅瞳に顔を寄せ、まずは目尻に唇を落とす。
     柔らかく、アスランの膚が幸広を受け止めた。
     閉じられた瞼にも触れたいと思いながらも、幸広はアスランの唇にも口づけを届ける。
     紅茶の雫が一滴、二人の唇の合間を埋めて滲む。秘めやかな息遣いを感じながら幸広は更に唇を押し当てて、探るように唇を数ミリ上下させた。
    「……、……」
     アスランの肩から力が抜ける。弛緩したのは唇も同じで、薄く開いた隙間から幸広の舌がそっとアスランの中に潜り込んだ。
     口腔に呼吸の気配はほとんどない。差し伸べた舌の先にアスランの舌を感じた直後、アスランの舌は遠ざかってしまう。名残惜しくしばらく舌を伸べてみてもアスランが戻ってくることはなく、幸広は顔を離して至近からアスランのおもてを覗いた。
     アスランの頬に手を当てて、双眸から視線がアスランに注がれる。
    「、――カミヤ――」
     眼帯の奥の瞳にまで届きそうな眼差しにアスランはそわそわと視界を揺らすが、そんなアスランの唇にもう一度だけ幸広はキスを贈る。
    「うん、脂は残っていないよ。――アスランの味がよく分かった」
    「…………!」
     白い頬に朱が差した。
     幸広の指がアスランの耳朶を辿り、くすぐったさにアスランが肩を竦めると持ち上げられた顔面に再び顔が迫る。今度はすぐに舌が這入ってアスランと触れ合うが、今度はアスランは逃れようとはしなかった。
     飲み干した紅茶の温度よりも吐息は熱っぽい。繰り返される深い呼吸に合わせて幸広はアスランのウェーブがかった黒髪を撫で、時折あごや首の輪郭もなぞる。喉を震わせるアスランの様子に淡い欲望を抱えながらも、幸広はこの先に進む方法を見付けられずにいた。
     同居する恋人との関係は、長らく停滞を続けている。生活を共にしているからこそ知れた部分は多いが、恋人として知ることが許された場所――服の下にある、欲望を象ったものはまだ知らない。唇を合わせ、肌と髪を撫でるごとに幸広の希求心は増すものの、唇に溶けた心持ちでは切り出し方も曖昧だ。
    「…………アスラン」
     それでも、幸広は前に進みたかった。
    「今夜、そっちに行ってもいいかな」
    「……!」
     双眸を見開くアスランの頬が、紅を濃くする。
    「む、無論……。刻限まで、清めの儀を行おう……!」
     そろそろと身体を離し、アスランは食器を持ってキッチンへ去る。
    「――――」
     そんなアスランの背中を抱く夜を想いながら、幸広は浴室へと向かった。

          ☆

     入浴を終えた幸広がアスランの寝所を訪ねると、アスランはベッドのへりに腰かけて幸広を待っていた。
    「カミヤ……」
     纏うアスランの横顔を、赤みがかった燈りが照らす。
     黒色のバスローブは平時の着衣よりも薄く、身体の稜線を浮き立たせている。ライブ中のバックステージで慌ただしく着替えることも楽屋での衣装合わせで隣り合うこともあるから、幸広はアスランの肉体の形は知っていた。それでも夜の寝所で目にする姿は婀娜っぽく、湯上がりの幸広の下腹部に熱をもたらす。
    「隣に座ってもいいかい」
    「、うむ……」
     アスランが小さくうなずくと、幸広はゆっくりと動きだす。
     ドアから離れた分だけベッドに近づく幸広の手が、整えられたベッドシーツに置かれる。黒に染められたシーツは幸広の手を受け止めるとちいさく沈み、皺が寄ることで表面の幽かな光沢が顕れる。
     手をついた幸広がベッドに座ったことで起こる微小の軋みにすらアスランの肩は震えた。
    「――アスラン」
     呟く唇は、数刻前の口づけの記憶を残している。
     柔らかな感触、蕩ける舌を思い出すだけで幸広の中に恋しさは広がった。性急に求めることはためらわれるが欲望は膨張し続け、結果として幸広は膝の上にあるアスランの手を取ると同時にアスランに唇を押し当てていた。
    「、…………」
    「……――…………」
     幸広の唇の隙間から吐息とともに舌が出る。
    「……、……」
     アスランの指先の震えは驚きを示しているが、拒絶はない。幸広が差し出すよりは緩慢にアスランもそっと唇を開き、幸広の舌を迎え入れた。
    「――――」
     口の中、粘膜が交ざるだけで幸広の身体は熱い。
     舌だけでは奥まで探ることはできない程度にはアスランの口内は広い。この口の中、奥の奥にまで触れることを彼は許しているのだと思えばそれだけで幸広の情欲は沸騰しかけ、一人では抱えきれない淫念が幸広にアスランを押し倒させた。
     唇はそのまま。
     アスランの黒髪が、ベッドの上に広がる。
     口づけは終えがたく、アスランの背中がベッドに接地するまでの間にも幸広は舌でアスランを探り続けていた。舌の付け根が張りつめるほどに伸ばせば遠慮がちなアスランの舌に届く。少し冷えているアスランの頬から耳、髪へと触れながら、幸広がどうやってアスランの服に手を掛けたものかと考えあぐねていた。
    「――、……カミヤ……」
     囁きが幸広の耳に届いた。
    「ン――」
     口元はそのままに、瞳をアスランの目に向ける。潤んだアスランの瞳に満ちる煌めきは至近ではあまりにも眩しいのに、目を伏せたいとは少しも思わなかった。
    「…………」
     何か言いたげであってもアスランに続きの言葉はない。
     ただ、アスランは幸広の衣服を指でなぞった。意思表示はほとんど見えない弱々しい仕草だが、服の下にある素肌を透かそうとするかのように熱心な視線は雄弁だ。視線の熱さに幸広の背中は薄く汗をかき、耐えられなくなって幸広は自らの服を脱ぎだした。
     上を脱ぐと、外気が裸の胸に触れる。脱いだものをベッドの下に落とそうと視線を下げれば、己の勃起した下半身が目についた。
    「……」
     気になって横目で伺えば、アスランは呆けたように幸広を見上げている。
    「アスランも――いいかい?」
    「っ……」
     呼びかけて首を傾げる幸広を前に、アスランの頬には赤が広がった。
    「む、無論……我が真の――真実の、…………否……」
     言葉が切れて、アスランの手はローブをほどき始める。
     ローブが解かれると自然と胸元がはだけ、胸から腹にかけての無駄のない肉体があらわになった。腰にまとわりつく布地は手ずから除かなければ離れることはないだろう。
    「……」
     そんな状態でアスランが動きを止めると、手を止めていた幸広はズボンをゆっくりと下ろしていく。
     はだけたローブから覗く素肌は、アスランがその下に何も着けていないことを示していた。だから幸広はズボンと下着を同時に引き下ろし、全裸になるために両足から着衣を引き抜いた。
    「――」
     アスランが呼吸を止める。
     眼前、幸広に隠された部分はなく、総てがアスランの目の前にある。
     何もかもがあるというのにアスランの視線はただ一点、性器にのみ向けられていた。
     昼間の名残を残して充分な温度を保っている室内にあっても、幸広の陰茎は今にも湯気を立てそうなほど滾っていた。反り返ったペニスはアスランに裏筋を見せつけ、表面に張り巡らされた血管は直線的でいかにも幸広らしい。肉傘を広げる亀頭は幸広の腹にめりこんで、行為の時を待ちわびて微かに脈動を重ねていた。
    「アスラン」
     愛する人の前に総てを晒す羞恥を、これから始まる行為への期待が上回る。
    「アスランも、俺と同じになってくれないかな」
    「――――」
     呆然とした表情は崩れず、幸広から目を逸らすこともないまま、アスランはローブから袖を抜いた。
     アスランの身体をすり抜けてローブは床に落ちる。明かりに照らされたアスランの肉体は複雑な陰影を描き、彫刻を思わせる壮麗さを持ってはいるものの痙攣を続ける肉棒がナマの男を示していた。
    「…………っ、…………」
     年齢の差かあるいは生来のものか、アスランの勃起の角度は幸広よりも緩やかで、前へと突き出すような形を取っている。身体に対して垂直なペニスが悪目立ちしているように思えて空いた両手で隠したいのに、幸広が隠そうとしないからアスランもそうは出来ない。裸を見せることへのためらいと恋人の裸身への欲求、二つの想いに板挟みになるアスランが次の行動を決めるより早く、幸広は再びアスランの上に組みついた。
    「――――――!」
     口づけもなく、手を繋ぐでもなく、仰向けに寝るアスランの上に幸広が胴を重ねただけ。
     それだけで、膚からは何もかもが伝わるようだった。
    「、すごいな……」
     幸広も同じ気持ちなのか、声にはいつもの柔らかさが乏しい。意識しなければ止まりそうな呼吸は何度繰り返しても浅いばかりで、触れ合うところ以外の何も今は分からなかった。
    (膚、と言うだけでは足りぬ――)
     重ねた皮膚は少しずつ質感が異なる。胸元はなめらかさが強く、腹部に近づくにつれ逞しい筋肉が分かる。重ねたわけではなくとも触れ合う脚は骨の存在感が強く、何より、どうしても当たってしまう互いの秘所からは数え切れないほどのものが伝わった。
     そこに秘められた温度は、互いを求めている証とも思える――断片的なセックスの手順は幸広の頭からすっかり吹き飛んで、我慢の効かない腕は即座にアスランの肉棒を握りしめると上下に動かし始めた。
    「ッカミヤ――⁉」
     叫んだ瞬間、アスランの背筋を快美が走る。
    「――……!」
     思考が霞む。
     意識が緩む。
    「――熱い――」
     呟く幸広は食い入るように手中のサオを見つめている。
     雄柱はゴツゴツと力強く、幸広が手に力を込めたくらいでは形を変えることはない。幹に紋様を描く血管こそ柔らかさを感じるが膨らみきった肉棒は硬く、上下にこするたびにアスランは小さく声を上げる。
    「っァ、……ゥ……――カミヤ、…………」
     鍛え上げられた大腿まで震わせるアスランの声はか細い。両手で顔を覆っているのは恥ずかしさのためでもあったが、刺激的すぎるこの状況下で幸広の顔まで見れば即座に暴発してしまうとも思えたからだ。他人に見せたことも、まして触れさせたこともない場所に施される愛撫はアスランの中をかき回し、言葉の整合性は奪われて恋人の名を呼ぶことくらいしか出来ずにいた。
    「、――――アスラン――」
     そして、それは幸広も同じ。
     いつも浮かべている柔和な微笑は消え去り、幸広の表情は真剣そのものだ。
     顔を覆って視界を遮るアスランとは対照的に、幸広は見開いた目をアスランのあちこちに向ける。手淫を受け続ける陰茎はもちろん、愛撫によって微細な反応を繰り返すアスランの全身から目が離せない。くるぶしに細かい震えが走ったかと思えば肩が跳ね、頭が小さく横に振られたかと思えば腹筋が浮き立つ。どの動きもひとつも見逃したくないのに、ひとつを凝視すれば他が見えなくなることが歯痒くて仕方ない。もどかしさを映すように手の力は強さを増し、それに合わせてアスランの声は甘い響きを持ち始める。
    「ァウ、…………ッア、……!」
    「……――」
     官能に沈むアスランの姿が、幸広をも溺れさせる。
     軋みを上げてベッドは幸広の身体を受け止めた。アスランの上ではなく隣に横たわる幸広が「アスラン」と呼びかけて身体を寄せると、反り立った淫傘がアスランの腿に当たる。
    「ッ……」
    「俺も、触ってくれないか?」
     尋ねながら、幸広はカリ首をこする。
    「ッ! ッ――!」
     悦びが弾けて思考がまとまらない。
    「アスラン」
     当たるペニスの薄い皮膚はジットリと湿ってすら感じられる。
     幸広の言葉を理解したと自信は持てなかったが、すべきことは本能的に察知していた。
     顔に押し当てていた手のうち片方を離すと、薄暗い室内のはずなのに目が眩む。手探りに幸広を求めるとすぐに熱いモノに行き当たり、戸惑う指先は弱々しく亀頭に巻きついた。
     先端を撫でると、幸広の満足げな吐息が間近で聞こえた。
    「カミヤ、これで……」
    「……ああ」
     歓びの滲む幸広の声。
     偽りの色はなく、真なのだと理解できる。
    「……ッ、カミ、…………」
    「うん、気持ちいいよ」
     淀みなく続く幸広の愛撫にアスランの指はこわばる。ギクシャクと行為を続けるものの、幸広と比べれば与えられる快楽は遥かに劣るだろう。捧げたいと願うほどに成就の遠さが思い知らされるようで、もどかしいのにそう伝えることすらアスランには難しかった。
    「、ぅく…………ッ、……ああ――!」
     控えめだったはずの声も震えも大きく変わる。とりわけ腰の痙攣は射精を求めてうねり、衝動は耐えがたくアスランを苛んだ。
    「アスラン」
     幸広もそう感じ取っているのか、手のストロークは長大なペニスに余す所なく悦びを与えようと熱心だ。握り込む力はそう強くはないのに動きが早い摩擦には快楽だけがある。アスランの尻は自然とベッドから浮き、突き上げるような動作すら見せ始めている。浅ましい姿は平時なら自戒するものだが今はそんな余裕もなく、カミヤ、と呼ぶ声には切迫した色が覗いた。
    「――出そうかい?」
    「ッ……、止め、ッ――カミヤ、未だ…………!」
    「……まだ?」
     しごきの速度が緩む。
    「、やめた方がいいかな?」
    「……――」
     靄がかった頭の中で、いくつもの想いが散る。
    (否――しかし、……――)
     止めて欲しいとは思っているが、肉体は続きを求めて脈打ち続けている。
     アスラン自身、胸に燻る希求心を自覚していた。寝台の上、愛撫し合いながら果てる歓喜を知りたいとも思っている。
     それは本心ではあったが、今はそれ以上に望むものがあった。
    「、ッ……供給を……」
    「――」
     幸広の手が止まる。
    「我が、体内に……カミヤ、汝の……。…………捧げん――」
     肝心の部分はアスランの喉奥に沈んで幸広には聞こえない。
    「……いいのかい」
     それでも幸広は、今夜、この寝室を訪れた理由を覚えていた。
    「…………」
     うなずくアスランもまた幸広から手を離す。
     しばし、二人は何も言うことはなかった。次に何をすることが正解かは既に見失っており、行為に向けて動き出す自覚があるからこそ動作はすべてが滑稽ではないかと気になって仕方ない。とはいえ果たすべき願いのために、幸広は動きだした。
     横たえていた身体を起こしてアスランの膝の間に身を寄せる。アスランが幸広を見上げ、先ほどまで握りしめていた肉棹の力強さを見やってから太ももを微かに開くと幸広は更に身体を迫らせる。
    「……アスラン、もう少し脚を開けるかい?」
    「、…………」
     ぎこちなくアスランの脚が開かれるたび、臀部も広がりはじめる。
     引き締まったヒップにも肉はあるようで、天を仰いで寝るアスランの尻肉は彼の体重で潰れている。最奥にある窄まりには影が落ちてよく見えないが、それも少しずつ脚が開かれるにつれ明らかになっていく。
    「……カミヤ、これで――」
     尋ねる時、影のヴェールは未だアスランを覆っている。
    「…………もう少し、開けるかい?」
    「――――」
     アスランが脚を広げていくたびに影は晴れていき、白い膚の艶めかしさが強くなる。同時にアヌスが姿を見せはじめる時を、幸広は静かに見守っていた。
    「――……カミヤ…………」
     か細い声が聞こえた直後、引き締まった菊座が光を浴びた。
    「――」
     清廉とした佇まいの秘部は、幸広の視線から逃れたがっておどおどと<ruby>蠢<rt>うごめ</rt></ruby>く。尻の皮膚と比べると色は沈んで見えるものの、幾条にも刻まれた皺は発酵の済んだ茶葉よりは色が薄い。粘膜の色は少しも覗かずに秘められ、体内の神秘を思うと幸広のサオは灼けるようだった。
    「……してもいいかい」
     問いかけながらも、幸広は己の根を握ってアスランの元へ角度を合わせていた。
    「……………………構わぬ」
     あえかな声とともに、もう一段、脚を広げ。
    「ッ、う……、」
     幸広が進み出るより早く、アスランは呻きを上げた。
    「――、アスラン?」
    「……すまぬ、カミヤよ……」
     開かれた脚が閉じられ、膝が合わせられる。
     覗いていた肛門は腿と尻の奥へ隠れて見ることは叶わない。何が起こったのかと不思議そうにアスランの顔を見やると、耳まで染めたアスランはどこか気まずそうに幸広から目を逸している。
    「……我が肉体は、儀式に足る器ではない……」
    「――――」
     言葉の解釈には時間がかかった。
     肉体――儀式――器――ひとつひとつの言葉の意味は分かるものの、結びつける方法はいくつか思いつく。どのように読み解くのが正解かと迷っていると、遠慮がちにアスランは続けた。
    「……此度は、我が翼となり、…………己が獣を喚び起こすのだ」
    「……?」
     深まる謎に眉が下がる。
     アスランは口を閉じると、シーツの上で寝返りを打って幸広に背を向けた。白くなめらかな皮膚と、尻のたおやかな膨らみに幸広が目を奪われる中、アスランはゆっくりと手足をシーツの上で動かす。
    「――――、あ」
     両腕と両足に支えられた胴が――臀部までもが持ち上がった時、ようやく幸広はアスランの意図を理解した。
     ベッドの上で四つ足をつくアスランは幸広に尻を向けている。このまま幸広が性器を挿入すれば、後背位――バック体位での行為が成るだろう。
    「あの姿勢は、また今度やってみようか」
    「うむ……」
     正常位ではなく後ろからの行為の方が姿勢を取りやすいらしいアスランの声には、ようやく伝わったことへか安堵が滲んで聞こえる。
     しかし、広々と見える背中に手のひらを当てるとアスランの背は跳ね、「カミヤ?」と呼ぶ声は震えだしていた。
    「うん?」
    「……否、続けるが良い」
    「――ああ、分かった」
     幸広の体温は欲望に照らされて熱く、触れられて背中は腫れたようだ。
    「……、アスラン?」
     慄きの気配が発せられている。手を置いたまま幸広が尋ねると、アスランは何も言わないまま頭を振った。
    「……、っ」
     何でもないと、告げる言葉には恐れが乗ってしまうから。
     アスランの臀部に目をやる幸広の右目に前髪がかかる。翳った視界の中、幸広は微かに手に力を込めてアスランを呼んだ。
    「――アスラン……?」
    「、…………」
     声を出せないまま、アスランは伏せた顔を自らシーツに押し付ける。
     四つん這いになったアスランの背後に幸広がいる格好だから、どうやっても幸広はアスランの顔を見ることは出来ない。そう分かっていても顔を隠したい衝動は強く、アスランはやけにざらついたシーツを鼻先で受け止める。
     眉を寄せ、瞳を揺らし、唇を噛む。
     声と共に押し殺した感情はアスランの腹に溜まっていく。出かかった言葉を呑み込みたいのに口は乾ききっていて困難だ。それでもどうにか呑み込んで、積もった恐怖で胃も喉も埋まる頃に幸広が背中を撫でた。
    「ッァ、……みや、…………‼」
    「っ――!」
     引き攣った声を聞いた瞬間、何を考えるでもなく幸広の手が離れる。
     半歩下がればシーツと身体がこすれてささやかな音が立ち、同時に何か硬質なものがぶつかり合う音が響く。音は立て続けに何度か鳴って、それがアスランが歯を打ち付ける音だと気付いて幸広はアスランの顔を覗き込んだ。
    「――」
    「…………ッ、」
     声を上げると同時にのけぞったのか、伏せていたはずのアスランの顔は天井を向いていた。
     見開かれた双眸に浮かぶ感情が何かを幸広が見間違えることはない。ごめん、と口をついで出た言葉が何に向けられているかを考えるより早く、幸広はアスランの身体を抱き寄せていた。
    「――怖い思いをさせてしまったね」
    「……、……っ」
     触れ合う場所から、少しずつ緊張は解けていく。
    「……」
     抱き寄せたアスランの膚のせいで、幸広のペニスは収まりそうにない。
    「か……、みや、……」
     性衝動が時に苛烈であることをアスラン自身も知っていた。餓え、乾いている時に満たせないことの残酷さは同性だからこそ分かっている。幸広は少しは腰を引いてアスランに自身のモノが触れないようにはしているようだが、凛とした形を保っているせいで熱はアスランにまで届いてしまう。
     恋人の胸にすがりながら、今でも震えは収まりそうにない。
    「――、…………カミヤ、」
    「うん」
     合わない歯の根で、それでも伝えたいことがあった。
    「我は――……その、今日、今日は、まだ…………」
     震える声の続きを待つ幸広は、ただアスランの背中をさすり続けている。
    「、まだ…………出来ない、…………です……」
    「……うん」
     落胆を乗せないように気を付けながら、幸広はアスランを抱き寄せる腕に力を入れた。
    「構わないよ、アスラン。――また、してみてもいいかな」
    「…………、構わぬ……」
    「良かった」
     告げて安堵したのか、アスランの背中は少しずつ力が抜けていく。
    「じゃあ、俺は――」
     行くよ、と言いかけた幸広の小指に、アスランの小指が触れる。
    「……カミヤ、……今宵は、――我と……」
     願いを告げようとしながらも、アスランの語尾はかき消えた。
     これ以上の性交渉は出来ない、それでいて夜を二人で過ごしたい――いまだ勃起している幸広に生殺しの一夜を与えるつもりだと自覚していた。それがどれほどの罪科かをアスラン自身も理解していた。
     咎を負ってでも、幸広と離れたくはなかった。
    「我と、寝所を……共に――……カミヤよ、我と寝所を共にするが良い!」
    「! ――はは、うん」
     しぼみかけた意識を震わせたアスランの声に、幸広は微笑をこぼす。
     起こしかけていた身体を改めてベッドに横たえさせると、掛け布団を引っ張ってアスランが隣に並ぶ。裸体を二つ並べて寝そべると、布団を押し上げるペニスの場違いが幸広を所在なくさせた。
    「……アスラン」
     落ち着かない気持ちをごまかすように、アスランの頭に向けて腕を伸ばす。
    「ン……」
     意図を察したアスランは頭を持ち上げて、幸広の腕の上に首を乗せる。頭を枕に、首を幸広の腕に乗せる格好の腕枕は妙にしっくりきて、途端にアスランの身に眠気が迫りだした。
     仰向けから横向きに姿勢を変えた幸広は、重たげな瞼を瞬かせるアスランの頬に口づけする。少し動いただけなのに幸広の雄のシンボルは跳ねて、アスランの腿を僅かにかすめた。
    「、ぁ……?」
     アスランもそれに気付いたのだろう。閉じかけていた目を薄く開けて首を傾げるが、そんなアスランの頭を何度か撫でつけて幸広は彼を眠りに誘う。
    「おやすみ、アスラン」
    「……ん、……おやすみなさい、カミヤ……」
     微笑んだのか、中途半端なあくびだったのか。
     表情を緩めたアスランは目を閉じ、ほどなくして寝息を立て始めた。
    「…………」
     安らかな眠りに就くアスランの顔はどこかあどけない。年上のはずなのに幼子のようだと思えて幸広は微笑ましく感じるのに、同時に外性器も逞しさを増す。
    「――――」
     体内で醸成された淫欲は行き場を失ってさまようばかり。恋人寝顔を見ながらの自慰行為であれば手早く収まることを知りながらも、幸広は陰茎には触れずに目を閉じる。
     努めて意識を眠りに導き、長い長い時間をかけてようやく幸広は眠ることが出来た。
     意識を手放す直前まで、アスランへ向ける欲求は鮮やかなままだった。
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