Legenders:ポケットにあなたを忍ばせて:クリスさんのスマホの着信音について検討する話「雨彦、想楽!」
突然声を張り上げたクリスの手の中には、スマートフォンがあった。
Legendersの三名ばかりがいる事務所は静かだった。少し前にクリスのスマートフォンに電話があったが、それはクリスが波の音に聞き入るうちに出そびれていた。別の着信音を考えなければと言ったきりクリスは沈黙していたから、呼びかけるクリスに雨彦も想楽も芽を瞬かせる。
「どうした、古論」
「何かあったのー?」
尋ねる二人へ向けるクリスの瞳は煌めいていた。親愛を込めた微笑に睫毛の影が落ちる中、クリスは手にしたスマートフォンを握りしめる。
「お二人の声を録音させてください。電話の着信音を、お二人の声にしたいのです!」
「なるほど、考えたな」
「別にいいけど、なんて言えばいいかなー?」
着信音に声を使うことへの反論は出なかった。三人の興味は何を言うかに向けられ、クリスは真剣な面持ちで呟く。
「ここはやはり、お二人の好きな魚の名前を言っていただくというのはどうでしょう」
「そいつはいい考えだ」
雨彦の伏せられた瞳が三日月に形を変える。殺しきれなかった笑い声を喉で鳴らしながら、雨彦は調子づいた声を上げた。
「せっかくだ、好きな寿司のネタを言うのはどうだ? 北村はマヨコーン軍艦とハンバーグだろう?」
「なんでそうなるのかなー?」
肩をすくめる想楽は雨彦の軽口に乗るつもりはない。好きな寿司のネタは訂正するまでもなく、クリスも雨彦も知っているはず。雨彦の言葉にそれ以上は口を挟まず、想楽はクリスに視線を移した。
「よくあるのだと、『電話だよー』とかー? 分かりやすい方がいいよねー」
「それが無難だろうな」
「分かりました、そうしましょう」
ボイスレコーダーを立ち上げたクリスは送話口を二人へ向ける。よろしいですか、と尋ねる代わりに首を傾げたクリスへと、雨彦と想楽は同時にうなずき返す。
指が録音ボタンを叩くと共に、息を吸って。
「電話だぜ、古論」
「クリスさん、電話だよー」
「何言うか、定めぬばかりに声揃わじ」
録音を聞き返すまでもなく、雨彦と想楽の声は不揃いだった。
「台詞を合わせて録り直すとするか」
「……いえ、このまま使わせてください」
言いながらクリスは再生ボタンを押す。
話しはじめのテンポもずれていれば、終わるタイミングも違う。声はよく聞けば焦りの色が滲んでいて、ナレーションの仕事であればあと何回かリテイクが必要な出来栄えだ。
「これを使いたいのです」
でも、不均一さはクリスに海を連想させた。
あまたの命が回遊する海――あるいは歓声に満ちたサインライトの海。
「雨彦と想楽らしさのある、素晴らしいものだと思います」
微笑するクリスを前に、雨彦とクリスは視線を交わして。
「ま、古論がそう言うなら構わないさ」
「やっぱり録り直したくなったらいつでも言うんだよー」
二人の声に何度もうなずきながら、クリスは録音したばかりの二人の声を着信音に設定する。
――さざなみと同じくらい、クリスの心を揺らす声。
「お二人が呼んでくださるのなら、すぐに電話に出られそうです」
隠せない親愛を持って、クリスは告げるのだった。