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    2021/7 未完
    パラレル侑日(芸能界)

    #侑日
    urgeDay

    スピン・オフ 足を進めるたびに人に身体が当たる。痛みに顔をしかめると、スニーカーの上からハイヒールの凶器みたいな踵が離れていくのが見えた。たくさんの脚の中に紛れて、誰が踏んだのかなんて一瞬でわからなくなる。それぞれ自由に身体を揺らして音楽にのっている集団の中で、できるだけ居心地良い場所を探して右往左往。壁際にたどり着いたとしてもそこはぺったりと身体や顔同士をくっつけ合う人達ばかりで、まったく安住の地じゃなかった。濃い色の唇で笑う女の人達と、その周りに群がるような男の人達。楽しそうな顔ばかりのこの空間の中で俺だけが場違いだ。
     フロアに爆音で響き渡る、EDMだか、トランスだか。音楽のジャンルはもともとよくわからない。この系統が好きかと聞かれたら、どちらかというと嫌いと答えるかもしれない。瞬く間に色を変えるチカチカと眩しいライト。身体を強く振動させるほどの大きな音。不安になるほど一定で途切れない、無機質な電子音。じっとして聴いていると酔いそうになってくる。酸素が薄くて息切れしそうだ。でも、そんな場所でも俺にとっては思い入れがあって。

     人混みをかき分けて、なんとか人が少ない暗がりを見つけて壁に背中をつけた。氷をこれでもかと入れられたドリンクのプラカップは雫だらけになって、持つ手をキンキンに冷やしている。
     濡れた手を気にしながら、やっと落ち着いてフロアを見渡した。ここへ一人で来たのは初めて。何度か連れて来られたことはある。その時からこの雰囲気は得意じゃなかったし、一人になった今じゃ更に馴染めなくてそわそわとしてしまう。来たことを少し後悔している。けど、たぶん何かに縋りつきたい気持ちがちょっとあって、ここにいる。フロアで一番光が集まる場所では、DJが身体でリズムを刻みながら真剣に機材を触っていた。素人でもわかるほど、曲と曲の間が気持ちよく繋がる。それにフロアがまた湧いた。
     会場は大きな音に包まれているから、横から声をかけられていることにすぐに気付けなかった。知らない、少し背の高い男の人が一人、俺に話しかけてくるけど、全部は聞き取れなくて謝りながら耳を近付ける。一人? とか、よく来るの? とか、そんなことを聞かれてるみたいだった。下手な愛想笑いで、濁した返事を繰り返す。素直にペラペラしゃべったら不味そうな雰囲気になってきた。ドリンクを飲んでる姿を見せれば会話をしなくて済むはず。そう思って喉を潤しても、相手は遠慮をしてくれない。曖昧に笑って、また一人でいられる穴場を探して彷徨おうとした。けど、一歩二歩と男の人から離れていくうち、ふわふわとしてきて、視界が揺れて、狭くなって、ふらりと壁に右肩を預けた。眠い、みたいな、そんな感じか。さっきの男の人が俺の背後から付いてきて、優しく甘ったるい声で何かを言っている。背中に置かれた生暖かい手のひらが、おかしいほどに気持ち悪く感じた。男の人の友達とやらがいつの間にか目の前にいて、俺に何か話しかけてくる。助けるとか、眠いの、とか。違うと言っても離れてくれない。身体に触れる手を振り払おうとするけど上手く動かないみたいで、空を切るだけ。誘導するような背中を押す力から逃げられないまま、フロアのドアから外へ続く通路に出てしまった。不思議そうに俺達を見る目はいくつかあったけれど、そのまま通り過ぎていく。
     片方の膝がかくりと折れたら、すかさず腕を取られた。このまま外に連れ出されたら、ロッカーキーでも取られるのかな。頭の中で赤ランプが点滅してるのに、ぼんやりとして、瞼が落ちそうで、それで……

    「合意やなさそうやけど」
     突然降ってきた、関西訛りのよく通る声。
     うっすらと目を開けて視線をうろつかせると、通路の黒い壁にくっきりと浮かび上がる明るい金髪。腕を放されてへたり込んだ俺の頭上で、低い声同士がぶつかった。言葉は丁寧だけど苛立ってるような男達に、金髪の人が何か言っている。淡々と、下に見ているような話し方。
     状況がおかしいことにやっと気付いたのか、俺達の様子を遠巻きに見ていたギャラリーがざわざわとしだした。その中からのったりと近付いてきた体格のいいスタッフ数人を見て、俺を囲んでいた二人がすたすたと離れて行く。随分とあっけなかった。彼らを、スタッフが素早く動いて追う。そして彼らは見えなくなった。
    「これ何か入れられとんとちゃう?」
     とろりとくっつきそうな瞼の隙間から、かろうじて声のする方を見る。同じ目の高さに金色があった。俺の前にしゃがんで、床に置いたプラカップの中を覗き込んでいる。
    「あ、ちょお、ここで寝られても困るわ」
     本当に、心底困ると思っている声色で金髪の人が言う。俺はこの人に助けられたわけだけど、面倒事を嫌がるような言い方に、素直にありがとうを伝えられない。だから一言、「すんません……」とだけ呟く。
     そろそろ本当に目が閉じてしまいそう。その時、その人が、気怠い声をやめて何かに気付いたように「ん?」と言った。じろじろと俺の顔を見て、
    「きみ、見たことあんな。……誰やったっけ」

     すごく自然な、静かに気付いたというような表情と、セリフ。潜めているのに、喧騒の中でも通る声。すごいな、これがプロだ。そう思いながら合図を待った。



       *



     カットの合図が全体に響いて、それまでの全員の演技がぴたりと止まった。それを機に、息を吐いたように雰囲気がリラックスする。フロアのライトと音だけが止まらずに続いている。
     撮影はまだまだ長い。ここで集中を途切れさせるわけにはいかなかった。翔陽は座り込んでいた場所から立ち上がり、小走りで近寄ってきたスタッフに服や長めの前髪を整えてもらう。視界の端では金髪の俳優も同じようにされている。緊張を抱えたままの翔陽とは大違いの、涼しげな顔だった。
     エキストラとして雇われたクラブの客役の集団から、どこからともなく声が発され、次第にざわざわとしだした。その理由はたった一つだった。この映画の主演の一人である宮侑へ、熱い視線がそこかしこから注がれている。けれど彼は、かけられる監督の言葉に耳を傾けながら、ざわつくエキストラをつまらなそうに一瞥した。うるさいとでも言うように。
     すごい人、こわそうな人──それが、翔陽が初めて本物の侑の前に立った時に感じた、彼に対する印象だった。
     エキストラを冷ややかに見た瞳が、そのまま動いて翔陽を映す。お前の演技はそんなものかと、ぴりりと伝わってくるようだった。経験値の違い過ぎる相手からの煽りをどう受け止めていいのかわからず、今は黙って、手にした水で喉を潤す。焦りや緊張、少しの恐怖と好奇心、そして期待する己の躍進、今後の活躍。色んなものが一緒くたになっている翔陽には、自分がもう一人の主演である事実が、まだ少しだけ非現実的なままだった。



     人気BL漫画の映画化。そのダブル主演の一人として翔陽に白羽の矢が立ったのは、プロダクションにとっても所属グループにとっても驚くべきことだった。もちろん、一番驚き慌てていたのは翔陽本人だったが。
     男性アイドルを中心として動く今のプロダクションに所属して、早数年。そこで構成された四人組のグループの中に翔陽はいる。煌びやかかつ体育会系に近い雰囲気の世界は翔陽に合っていて、自分なりのベストを目指している。今年に入ってから、曲が安定してヒットチャートに入り、CMタイアップやバラエティ出演の仕事も増えてきた。それでも、数多の男性アイドルグループの中に埋もれていまひとつ突出できずにいる。その最中に飛び込んできた主演への指名は、掴んで絶対に離してはいけないものだと会議の中で伝えられ、鼓舞された。
     もう一人の主演は、人気俳優の宮侑だった。スカウトから子役、モデル経験を経て、十代半ばからドラマや映画でめきめきと頭角を表し、今では日々メディアを賑わせている。高身長に気怠げな目、派手な金髪に飄々とした態度は素行の悪さを匂わせるのに、プライベートの露出は少なくSNSなどでの発信もなく、相反するミステリアスさがさらに人気を後押ししているようだった。
     大衆に周知された経験豊富な俳優と、ファンは確実についてきているとはいえ、まだまだ未熟なアイドル。一歳しか違わないのに、大きく開いている諸々の差に翔陽は目眩を覚えた。それでも、キャラクターとぴったり合うからと起用してもらったことに報いるため、選んでよかったと満足してもらいたいために、自分に喝を入れ現場に入ったのだった。
     翔陽が、映画に関わるのは初めてだった。ドラマのゲストとして呼ばれたことはあるが、今のプロダクションに入って本格的に演技をするのは初めてに等しい。顔合わせの挨拶ではかなり身体が硬くなっていた。自信なさげな表情になっていたかもしれず、初対面の侑からはやや冷ややかな目を向けられたように思えた。勢いのある現場に萎縮してしまうが、翔陽をよく知るマネージャーや、監督、脚本家は太鼓判を押してくれている。その事実が背中を押した。台本の読み合わせ、監督との意見交換、スタイリストとの打ち合わせと、目まぐるしく撮影までの準備が整っていくうち、翔陽の中で徐々に緊張や不安を飼い慣らすことができていった。雑念が少しずつでも消えていくと、与えられた役の感情変化の理解が進むようになる。ついに撮影が始まると、表情や演技がさらに解れ、自然に近くなっていくのが翔陽自身にもわかった。
     唯一、今回一番近くで演技を見られる存在である侑を納得させることは、まだできていないようであったが。
     
     

     侑と翔陽の役同士が出会うシーンは、アングルを変えて再度撮ることになった。さっきまでいた位置を確認してもう一度そこへ座り込む。それまでのシーンの流れを思い出し、かかった撮影スタートの合図と共に表情を作る。翔陽と侑の表情を収めるために、さっきの撮影よりもカメラがぐっと近くに寄ってきた。侑と同じ掛け合いを繰り返す。一度で満足いくものになったのか、すぐにカットの合図がかかった。カメラが翔陽達から離れ、光源の下でスタッフ達が撮ったばかりの映像の確認を始めていた。
     このシーンの後は一旦休憩が入り、午後からは侑をメインとした別のシーンが撮られることになっている。朝から続いていた糸を張ったような緊張を、ようやく少し緩めることができそうだった。床に座った体勢のままでそっと息を吐く。
    「翔陽くん」
     まだ近くにいた侑から声をかけられ、翔陽は驚きながらそちらを向いた。初対面からだいぶ経つが、撮影の合間に侑から声をかけられることはこれまで滅多になかった。困ったような、少し不服そうな顔をした侑が翔陽を見ている。「あー」と、逡巡がうかがえる声を挟んでから、話し出した。
    「演技はできとるけどなぁ、どっか硬いねん。自然やのになんか変。何に緊張しとるん?」
     つまらなそうな言い方で客観的に自身のことを言われ、翔陽は固まってしまった。それらは翔陽が意識できていなかった部分で、でも指摘されればその通りだとうなずけてしまうところだった。半分無意識に埋もれていたところを鋭く突かれて、言い淀んでしまう。
    「えっと、か、硬いですか……っ?」
     咄嗟に出たオウム返しのような返答が面白くなかったのだろうか。じとりと翔陽を見てから侑は立ち上がった。
    「こっちまで調子狂うわ」
     去り際にぼそりと呟かれた一言は、周囲を取り囲む人々からするとただの小さな独り言に聞こえただろう。翔陽にとっては冷たく響く辛辣な批評にしか思えなかった。

     侑の撮影はスムーズに進んでいるようだった。侑の役はDJを本業としている設定であるから、必然的にこのクラブ内での演技が多くなる。スケジュールではクラブの営業開始ギリギリまで時間を取ってあった。翔陽は、夕方から始まるグループでの練習に向かう前に、侑の撮影現場をスタッフ達に紛れて見学してみることにした。
     そっとフロアを覗くと、エキストラがまばらにいるその中心で、他の俳優と話しているシーンが撮られていた。ひかえめな笑みをたたえて静かに話す様子は、撮影機材に囲まれていなければ、ただ雑談をしているだけのように見える。それほど侑の立ち振る舞いは自然だった。溶け込むように演じ、身振りは少ないのに目を引くものがある。
     侑が演じるのは、クールだが人気があり、表向きの人当たりは良いという性格のキャラクターだった。明るく話しつつも、わずかに人と距離を置き斜に構えるような雰囲気が醸し出され、着々とカメラに収められていく。
     翔陽と侑が天秤のそれぞれの皿に乗った時、見る者はその差に戸惑うのではないか。物語の世界観に違和感を持たせてしまうほど、力量の違いは明らかなのではないか。一瞬心に差し込んだそんな不安を取り払うように、翔陽は軽く頭を振る。すれ違うスタッフに笑顔で挨拶をし、待たせていたマネージャーに声をかけて現場を離れた。侑にかけられた一言はまだ頭の中に引っかかっているけれど、新曲の打ち合わせをしてダンスの練習で汗をかき、食べて寝て、明日を迎えればきっと自分の経験として消化できるはずだ。
     そう思っていた。



       *



     クラブでの撮影二日目。翔陽メインで現場が動いたその日は、翔陽にとって苦い一日となった。
     侑からの言葉が翔陽に影響したせいかどうかは、わからない。けれど確実に演技に不自然な部分が出てしまったらしく、やんわりと指摘を受けて翔陽は焦った。焦りが出るとその後のシーンでもそれが続いてしまい、OKがなかなか出ず、テイクを重ねて時間が無情に過ぎていく。クラブを借りられる時間は限られていて、それがスタッフの焦燥となり、翔陽にも伝わった。穏やかな微笑みが必要なシーンだというのに、頬が引き攣りそうになってしまう。翔陽の元彼役として起用された同年代の俳優からも気遣われ、大丈夫だと笑顔を返すのが精一杯になってきた頃、なんとか時間内に最後のシーンを撮り終えることができた。撤収作業の慌ただしさをひしひしと感じながら、翔陽は下唇を噛んだのだった。

     それが、一昨日の出来事。一日休みを挟んで、今日からはスタジオで美術セットを組んでの撮影がスタートする。
     スタイリングを終えて、翔陽はクラブでも着ていたモッズコートを手に取った。映画の世界に合うよう選ばれて、身に付けた服や小物、ヘアセットは、普段翔陽が好んでいるものとやや系統が違う。メディアに出る仕事をしているのだと実感することの一つで、翔陽はいつもそれを楽しんでいた。しかし今は、一昨日のことを引き摺っていていまいち気分が乗らずにいる。役のために長めに伸ばしている髪も、最初は珍しい外見の自分を楽しんでいたはずなのに、今は視界に入り込む毛先に神経を逆撫でられるようだった。ボディバッグの中で曲がった台本を取り出し、両手で伸ばしながら指示されたスタジオへ向かう。
     スタジオの中には、原作に忠実になるように作られた2LDKがあった。それは、侑が演じる役のマンションの部屋。レコードや音楽機材が均一に並べられている以外は物が乱雑に置かれ、本物のような生活感が出されていた。セットの外から眺めると大きなドールハウスを見ているようなのに、足を踏み入れれば途端に人が生活する気配を感じて、リアルになる。いつものように美術スタッフの腕に関心していると、そこかしこで挨拶の声が上がり、空気が少しだけぴんと張り詰めたようになる。同じように準備を終えた侑がスタジオに入ってきたのだった。
     翔陽が台本で動きや台詞を再確認している隣で、侑一人の撮影が進んでいく。この後、侑と翔陽の二人でのシーン撮りが長く続く予定だった。スタジオのセットは、クラブのように厳密に使用時間が定まっているわけではない。だから、制限時間に焦るようなことは起きにくいが、その後の撮影スケジュールへの影響を考えると、悠長にダメ出しを食らい続けることはできない。翔陽の脳内に、一昨日の感情が滲み出てきていた。
     今日最初の撮影がひと段落し、翔陽を呼ぶスタッフの声が響いた。じわりと翔陽の気持ちが追い込まれる。何度も繰り返し読んできた台詞だというのに、翔陽の目はその文字の上を滑り、見直しらしい見直しはできなかった。

     セットの中で眩しいほどのライトが当たり、撮影が始まる。撮るのは、クラブで眠ってしまった翔陽の役が、知人であると周囲から認識されたことをきっかけに、侑の役が暮らすマンションへ運び込まれるというシーンだった。人物同士のやりとりのぎこちなさを丁寧に演じなければいけないわけだが、当の本人同士のぎこちなさのほうがそれに勝りそうだと、翔陽は胸中でのみ呟いた。
     カメラが回され、区切られ、止まる。カメラの距離や台数が変わり、別アングルにセットされ、またスタートする。繰り返される細切れの動きの中、値踏みするような侑の視線に翔陽は唾を飲んだ。マイナス評価を言われっぱなしのままでいるのは翔陽の性格に合わない。
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