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    真央りんか

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    真央りんか

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    ノスクラ。自分の血をどうしてもクラに飲ませたいノス平和バージョン。別荘や希美様については捏造です。

     この屋敷にクラージィを招くのは何度目だろう。
     移動がそれほどクラージィの負担にならないエリアに、ノースディンは別荘を構えた。
     初めのうちはノースディンが新横浜に赴くばかりだったが、やがて食事や使い魔の猫を口実に屋敷に誘えるようになった。それも慎重に回数を重ね、クラージィは時折ノースディンの屋敷に泊まるようになっている。夜も眩しい街を離れる時間は、たまにならお気に召すらしい。
     今夜も今までのように、クラージィは使い魔にもてなされ、ノースディンがふるまう料理を堪能し、デザートまで楽しんだ。
     いつも通りなら、この後は穏やかな人間文化に触れるなど、静かに過ごすのが常だった。

     テーブルにつかせて、目の前のグラスをワインで満たすと、クラージィは怪訝そうにそれを見つめた。自分にだけ出された杯に、ただの乾杯を望まれてないのはわかるのだろう。
     傍らに立ったノースディンは杯の上に手を浮かせ、己の爪で己の指を突き刺す。
     息を飲む音がした。杯の中に数滴の血を落とし、指を軽く押さえて傷を治す。
     杯から目を離さない男に、上から声をかけた。
    「クラージィ」
     名を呼んでこちらを向かせてから、ノースディンは指に残る血を自分で舐めとってみせた。
    「私は儀式を望んでいる」
     吸血鬼に転化した者の独立の儀式については、以前に説明してあった。
     吸血鬼化した者は、最初に"親"の血を吸うことで"親"の支配から独立する。
     クラージィは他からも説明を受けたことがあるようで、理解は早かったが躊躇いが強く、 幾度か話を向けてみても、首を縦に振ることはなかった。
    『今の時代ではしないと聞いている』
    『形式でしかないのだろう』
    『お前の強さは疑うべくもないが…』
    『こうして反論している私に支配が及んでいるとは思えない』
     意向を窺うたびに理性的に断られた。だが根底にあるのは感情だ。
     クラージィは人間の血を飲めない吸血鬼だ。吸血鬼の血も口にすることは抵抗あるだろう。
    「…私たちには必要ないという結論になったのではないか」
     ノースディンがここまでするとは思ってなかったろう、クラージィは慎重にノースディンの真意を読もうとする。
    「なってはいないな」
    「そうか…」
     噤んだ口と伏せた目。今まで通りでは説得できないのを感じて、考えている。ノースディンは片膝をつき、クラージィを見上げた。
    「もしもこの先、お前の身に命の危機が訪れたら、私は躊躇わずお前に人間の血を飲ませるだろう」
     それでクラージィの生を捩じ曲げることになっても。
     それでクラージィが苦悩することになっても。
     ノースディンの心は変わらない。
     全て二百年前に通過したことだ。ノースディンが間違いなく実行するのは、クラージィも分かっている。
     ノースディンは黙ったままのクラージィの手に自分の手を重ねた。
    「そんなもしもは願わない…だがもしも、そんな望まぬことを強いるなら、初めの一滴は、私が責任を取りたい」
     静かな口調を裏切るように、ノースディンの赤い瞳が光を湛えている。
     クラージィはじっとノースディンの目を見ていた。そして体ごとノースディンの方へ向き直る。
    「私が死にかけるとして、お前がそのような行動をとるのはやむをえないことだと思う。もちろん起こらないのが良いが、私はそれを受け入れる。それ以上の責任など負わなくていい」
     今までのように非常に理性的に、クラージィはノースディンの申し出を断った。身の内に冷気が渦巻きかけたところで、クラージィが重ねられた手に、更に己の手を重ねる。
    「お前が私のために今までの形を変えてくれていることは知っている」
     そこで深く息をついた。
    「それでもこれは形式にこだわるのだな」
     上から覗くクラージィのまなざしは穏やかで、ノースディンの波立つこころが映し出されてしまう。ノースディンは己の心を隠すように俯いたが、クラージィが見つめ続けているのを感じる。何もかも見透かされそうだ。
    「形式にしかすぎなくとも、儀式を行うものはいるだろう。たとえば、あの町にも」
     考えているのか、少し間があった。
    「…希美殿とアダム殿がそうだったと聞いている」
     その二人の件はノースディンも耳にしていた。
     およそ他人への興味の薄い吸血鬼の中でも、悠久のうちに大抵のことはどうでもよくなっている古き血の中で、つい最近吸血鬼に加わった希美は一応名の通る存在だった。エルダーとイシカナがそろって、あれはたぶんなかなか強いと述べていた。当然、独立の儀式は必要ない。
     そこへ、詳細はわからぬが彼らは儀式を行ったと、ディックが大変興奮した調子で話を仕入れてきた。
     ノースディンは興奮するところまではいかないが、認めがたいことに、興奮する文脈なのはわかってしまった。なぜなら彼らは…、
    「…彼らは、恋人同士だ。ならばこれから生を共にするのに、なんらかの儀式をおこなうことはおかしくない」
     クラージィは話の関連性を探るように、ゆっくり考えを口にした。そして、クラージィの発言にはノースディンも同意だ。
     ノースディンは、重ねられた手に更に自分の手を重ねる。すぐ下のクラージィの手と指を組み合わせるようにして手を繋いだ。
    「私は、お前とそうありたいと望んでいる」
     繋いだ手からの反応はない。ノースディンは続けた。
    「儀式を受け入れることで、関係を強いるつもりはない。ただ、私とお前は対等であると、形にしておきたいのだ」
     指を組ませて重ねた手に、力が籠められるのを感じた。掌を合わせるように引かれる。つられるようにノースディンは顔を上げた。
     クラージィは唇を結んで、眉根を寄せている。しかし、その難し気な表情に、嫌悪は感じられなかった。
     繋いだ手に、今度はノースディンから力を籠める。
     動揺でクラージィの瞳は揺れ、何か言いかけては飲み込むことを繰り返す。触れ合う指が熱い。ノースディンは待った。何度目か、閉じた口をひらくと、
    「私にとって、ノースディン、お前は特別な存在だ。当たり前すぎて、特別の中身までは考えたことがなかった」
     そして、困ったように眉と耳が下がる。
    「こ、恋人になるという意味を、お前は私よりよほどわかっているのだろうな」
    「おそらくな」
     絡めた指が逃げたそうにもぞもぞと動く。もう一方で重ねた手も、躊躇いがちに引こうとしていて落ち着かなくなっている。
     ノースディンは躊躇いを引き留める程度の力を込めた。振り払われれば、あっさり解かれる弱さだが、そこまで強い拒否はなかった。
     力だけはささやかな攻防の末、クラージィの手の動きは引っ込めるようなものではなく、その場でもじもじするだけになる。
     クラージィはやがて目を伏せ、深く深く息を吐いた。次に目を上げたときは、
    「初めから全て並ぶことができるとは言わないが…私の気持ちもお前に合わせたい」
     クラージィの返答に、今度はノースディンの方が大きく呼吸する。思わず握った手に力が入る。
     そちらを受け入れてもらえるとは思っていなかった。
    「…気遣いが過ぎれば後悔するぞ」
    「私は自分を受け入れただけだ…本当に、それは問題ない」
     先ほどまで熱くなっていた指先が冷えている。それで、決心してからのクラージィが緊張していることに気が付いた。
     ノースディンは一度指をほどくと、両手を両手で捧げ持つ。そして跪いたまま両掌に口付けを落とした。
    「クラージィ」
     名を呼んで両手を包み込む。
    「お前が飲むのは人間の血ではないし、他の吸血鬼のものでもない。お前に血をわけた私の血だ。自分が怪我をして舐めて治したのと変わりはない」
     それがクラージィにとっては、恋人という形を受け入れるよりもおおごとなのだ。
    「私が望むのはお前との関係性の形だ。おまえの本質を変えることではない」
     真摯に見つめれば、なったばかりの恋人は、ようやく硬く頷いた。

    * *

    「時間が経ってしまったな。注ぎ直そう」
     新しい杯を出してワインを注いだところで、変わらぬ姿勢のクラージィに止められた。
    「血を酒に入れないでほしい」
     やはり、また駄目なのだろうか。しかし今夜は大きな変化があったので、留保の余地まで考えたのだが、クラージィの要求はまったく違った。
    「血だけを舐めさせてくれ」
     ノースディンがよほど驚いた顔をしたのか、クラージィはばつが悪そうに口を開いた。
    「…その、普段飲み食いできるものに、混ぜないでほしいのだ。せっかくなら口直しにほしいというか、あ、いや、お前の血なら大丈夫と思えるだろうが」
    「それは…気が回らず悪かった」
     ワインで満ちた杯はそのままに、ノースディンはクラージィに向き直った。
    「先ほど見せた量か、もっと少なくて済む」
     最後にもう一度目だけで意志を確認すると、ノースディンは自分の薬指の先に牙を立てた。
     ぷつっとあいた穴から血の玉が生まれる。
     座っているクラージィの口元に指先を近付ける。
     舐めるかと思えば、クラージィは指を咥えた。
     口の中で指が一瞬浮いた状態になる。傷口が下になるよう手を反転させ、薬指で舌を撫でると、目が見開かれた。吐き出されるかと思ったが、クラージィの方から舌で薬指の傷を撫でる。軽く吸われる感触のあと、ごくりと喉がなる音が聞こえ、ノースディンは目眩を感じて、強く長めの瞬きでこらえた。
     震えてしまう指をどうにか抑えながらそっと引き抜き、最後に下唇にひと塗りする。
     追いかけるようにクラージィの舌が覗いて、唇の血を舐めとっていく。瞳の赤は、いつもより鮮やかさを増していた。
    更に引く指を視線が追いかけてくる。見られている先でノースディンは薬指に舌を這わせる。血を拭うように傷口を数度舐めれば、穴は塞がった。
     手をおろしてもクラージィの視線は動かなかった。微妙に目は合わない。ノースディンの口元に注がれている。
     気分が悪そうではない。ほんのりとした昂りに拒絶の色はない。むしろ、陶然とは言わないまでも浮つきが見える。
     ノースディンは僅かに目を細めた。
    「ワインはいるか」
     声をかけると、クラージィははっとしたように口元に手をやった。
    「ああ…もらう」
     答えて伸ばした手よりも早く、ノースディンは杯を奪う。戸惑って見上げた顔に手を添えると、まだ濡れている唇に親指をあてがった。
     さっと頬に朱がさしたが、きっと何をされるかはわかっていない。
     親指で軽く撫でて、いましがたの記憶を喚起してから、ノースディンは杯を呷った。口に含んだまま、飲み込みはしない。
     顔を寄せる途中でさすがに察したようだが、クラージィは逃げなかった。
     だがあまりにも慣れていない。唇を合わせると同時にあてがっていた指で口の開きを促したが、まったく足りず、無遠慮に舌で侵入すれば、二人の境目にワインが溢れた。
     残った僅かばかりの量をクラージィの口に移しきり、解放して間近で見つめると、引き結んだ唇と寄せた眉でしばらく堪えていたが、ぎゅっと目を閉じると喉が鳴って飲み込んだのがわかった。
     思わず笑んだ顔を見られる前にもう一度口付ける。今度は浅く、少し長く。
     身じろぎを感じたところで離れると、それまで息を止めていたようでクラージィは思い切り息を吐き出した。苦しかったのか、目が多少潤んでいる。ハンカチで顎に垂れた分を拭ってやった。
     表情を完全には戻せず、ノースディンは薄く笑みを残した声をかける。
    「どうだった? 初めての血は」
     クラージィは言いにくそうに口をもぞつかせ
    「わかるか! 全部お前の…お前の…とにかく上書きされて、なにも…」
     反芻すると口付けの記憶が出てしまうようで、顔を赤くして語尾が弱くなる。
     ノースディンはその反応に満足した。そして表情を改める。
    「儀式を受けてくれて感謝する。そして私を受け入れてくれたことも」
    「…これからよろしく頼む」
     およそ恋仲の了承とは思えない、柔らかいとは言えない表情に、手を伸ばして頬をなでれば「も、もう、今夜は」と根を上げられた。軽く笑って、椅子に閉じ込めるように覆い被さっていた体を起こす。
    「口直しだ。そのまま飲め」
     まだ中身の残った杯を渡せば、クラージィはおとなしく受け取った。口にしたと思えば、片手で顔を覆う。
    「…この酒と結びついてしまったではないか」
    と小さな声が漏れ聞こえ、再びそして完璧にノースディンは満足した。
    「残りのボトルは土産に持ち帰るといい」
     クラージィの胸元に落ちた酒精の匂う赤い染みをつつくと
    「風呂と着替えを用意しよう。今着ているのは明日までに綺麗にしておく。いつもの部屋は準備してあるが、今日は泊まっていくんだろう?」
     確定事項のトーンで確認すれば、「世話になる」と了解の返事がきた。

    * *

     十分程したら後は好きに風呂へいってくれて構わないと、勝手知ったる客用寝室と風呂を伝えて送り出す。キッチンへ向かいながら、スマホで給湯の操作を済ませ、ノースディンは忍び笑いを漏らした。
     浮かれすぎて鼻歌まで出そうだ。
     思いを打ち明けるかは決めていなかったが、あの場でもし拒絶されていたら、その後に距離を取る最後の頼みとして、儀式を受けてくれるよう申し入れていただろう。
     それがもしも拒否されていたら。
     ワインではなく、血を無理矢理にでも注ぎ込んでいた。

     ひとつだけでもどうしても欲しかった

     二百年前に置いてきたまま、クラージィの目覚めどころか生活の基盤を整えていることまで何も知らず、のうのうと暮らしていた。夜に生きることも、現代日本で生活することも、ノースディンが手解きするべきはずだったのに、知ったときにはクラージィはノースディンの手を離れて生きる新横浜の住人だった。
     人工血液しか飲んでないことを知って心配した。ボトルやパックを差し入れたこともあったが、飲んでもらえなかった。
     いつまでも食生活が変わらない様子に心配は尽きなかったが、平行して、ある考えが生まれた。
     今からでも、自分が初めてになれるものがある、と。
     いつ何の事故で偶然口にするかもしれないという焦りを隠し、信頼を得る方へ尽力したが、クラージィはなかなか予想を覆す反応をするので、本当にこれでいいのか悩みは常にあった。
     クラージィが血を飲み込んだ瞬間の興奮は永遠に忘れない。

     練習のため立つことの増えたキッチンで、上機嫌を垂れ流しながら杯を洗っていると、使い魔がいつの間にか近くにいた。
    「ここへ誘うのをお前が協力してくたおかげだ。ありがとう」
     アウと短く自慢気な返事がきた。両手が濡れているので、言葉以外の礼は後でと待ってもらう。
    「欲とは増えるものだな」
     これは半ば独り言なので返事はない。
     この先もあの街で暮らすつもりでいるクラージィは、さまざまに初めてのことを経験していくのだろう。その中でもまだノースディンが入り込める部分があるはずだ。
     たとえば、あのもの慣れぬ口付けはどうだったろう。そのうち尋ねてみようか。
     そしてその続きの物事も。
     自分が占めるクラージィの初めてを想像しながら、拭き切った杯を掲げて仕上がり具合を確かめる。
     その表情を猫だけが見ていた。


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