今日の昼は狙ってた蕎麦屋に早めに入れたこともあり、残り時間は余裕を持てそうだった。とはいえ暑い。外をうろつかずに会社の自販機で飲み物を買って、あとは自席で目でも瞑ってようと決め、蕎麦屋を出て吉田は早々に自社へと進路を取った。
　通りがかった途中の公園脇にキッチンカーが3台停まってていた。その中のひとつに、吉田の社の女性社員たちが並んでいる。他の部署の人もいるが吉田の直接の部下もいる。熱烈キッスだ。
　何のワゴンだと見るまでもなく、車体の端の暖簾が目に入った。青い波模様にくっきりとした赤の氷の一文字。
　なるほど、と吉田は納得した。確かにかき氷が欲しくなる暑さだ。デザート気分で手に取る者が多いのだろうか、公園にいる何割かの人はかき氷の紙カップを持っていた。昼休みに食べて午後は舌を染めたまま仕事をするのかと、吉田は余計な心配をする。
　列が動いたときに、車内の店員が見えた。同じマンションの隣人の三木だった。昼間に見かけることは滅多にないが、驚きとまではいかない。彼はこの町のどこにでも現れる。
　そう、移動かき氷屋は三木の本業ではない。一日の売り上げがどれほどか知らないが、オーナーがいて利益を確保しようとして、と考えると、三木はきちんと報酬をもらえているのだろうか。その辺りの感覚は信頼できるはずなのだが心配になる。今見守ったところでどうしようもないのだが、吉田は足を止めてしまった。
　列が熱烈キッスの番になり、吉田は違和感を抱いた。
　三木の態度がどことなく店員のそれではない。キッスを前にすると、確かに人として普段と違う反応が出てしまうのはわかる。ただ三木はキッスにひるむようなやわではない。今もむしろぴりぴりとした雰囲気が漂っている。どちらにしても店員になりきってないのが妙ではあった。吉田はますます気になって、ワゴンに近づいてみる。
　オーダーを受けたときの態度に何か感じたのか、キッスは三木を覗き込むように左右に揺れた。そして商品を受け取ると
「お前はあいつか、吉田の…吉田のなんだ？」
　三木の不機嫌がはっきりと顔に出た。
「隣人です」
「ふーん」
　聞くだけ聞いておいて興味なさげにキッスはワゴンを離れる。そして、振り返ると迷うことなく吉田を見た。
「買わんのか」
　いつ吉田がそこにいることに気付いたのか。吉田は驚いて動けなかった。キッスの声に三木も反応して顔を上げると、吉田を見つけて軽く目を見張る。それも一瞬のことで、すぐに営業用の表情になって次の客に応じ始めた。
　吉田はキッチンカーに近づいて並んでみた。すぐに順番が来る。
「いらっしゃいませ」
「いちごミルクください」
「400円です」
　支払いを済ませて作業を見ながら、吉田はいつもの調子で三木に話しかけた。
「売ってる人に言うのもあれなんですけど、こんどかき氷会しません？ 熱いものも用意して、交互に食べましょう」
　ちょっとニヤリとして言えば、三木は呆気にとられた顔をした。そしていちごミルクを差し出しながら、「はい」と笑顔で答える。吉田も多少人の好い笑顔になった。
「じゃ、続きがんばってください」
「吉田さんも。あざしたー」
　最後は店員口調になって、しかし笑顔だけはそのままの三木の挨拶に送り出されて、吉田はキッチンカーを後にした。
　
　隣人りんじん…おとなりさん？
　もう他の単語に変えてよい関係だとおもうのだが、きっと吉田も人に紹介するなら、隣人と言ってしまう。
　素っ気なさもあるその単語も、今では当の隣人のおかげで、吉田は独自の親しみの解釈さえ持つようになっていた。
　かき氷会の時にでもその話をしようと考えながら、吉田はネットで手ごろな家庭用かき氷機を見つくろう。手回しの方がよいだろう。
　予定の昼とは随分変わったが、氷の冷たさとミルクの甘さで目が覚める。あまりしゃべる用事がないといいと願いながら、午後の仕事前に吉田は舌を赤く染めていくのだった。