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    真央りんか

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    真央りんか

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    三木クラ。ベランダでひそひそ

     三木は久しぶりの我が家に帰り着いた。今日の日付はかろうじて越えていない。途中で立ち寄ったコンビニの惣菜パンで食事を済ませる。
     こんな生活ではお隣さんたちに心配される、と、その顔を思い浮かべながらも、懐かしさも感じていた。
     今回の仕事自体は無茶なものではなかった。帰れなかったのは、単に遠方だったからだ。ただ出張仕事だと、四六時中勤務ではないとはいえ、オフの時間も実質待機となり、気を張り続けたのは堪えた。契約終了となって、今晩の宿泊費までは出たのだが、一泊延ばすよりも家で寝たいと思ってギリギリで帰ってきた。
     食べ終えたパンの袋をクシャッとして捨て、シャワーを軽く済ませると、三木は寝支度をさっさと整えベッドに潜り込んだ。


     ふと目が覚めた。部屋は暗い。時計を見ると、夜明けはまだ遠かった。
     水を飲んでまた横になるが、寝付けなくなった。連続して眠れなくなるなんて、年を取ったんだろうか。やだねとなりながら、三木は身を起こした。座ってしばらくぼーっとしてから、立ち上がってベランダに出る。
     出る前に引っ掴んできた煙草に火をつけた。紫煙と共に自分の存在が夜の空気に霧散していくようだ。これもまた心配されるだろうか。
     こうして吸うのも久し振りの気がする。それはこの数日という意味ではなく、もっと昔、忙しなく働いていた頃の感覚。切り詰めるためにはやめた方がいいと分かっていても、やめられなかった悪習。吸えた方がいい場面もあると、後出しの理屈を付けていた。一日の本数も今より多かった。
     今夜は、あの頃みたいな味が口の中と肺にたまる。

     ぼんやりと目を落としていた路地を、人影が通った。街灯から外れかけた暗さでもわかる。クラージィだ。
     お隣さんの一人、とだけ言うには、もう何歩か踏み込んだ相手。仕事帰りだろう。クラージィは吸血鬼で、この時間がちょうど勤務開けになる。
     クラージィは顔を上げて三木の方を見た気がしたが、そのまま歩いて建物の陰に入った。
     姿を垣間見ただけで、感傷など一瞬でどこかいった。うきうきするのが自分でもわかって苦笑する。
     もうすぐマンションの廊下に現れるだろう。今のタイミングを逃すと、会えるのは明日の夜まで延びてしまう。
     挨拶だけでもと、三木が玄関に向かおうとした瞬間、ベランダに影が飛び出した。
    「ミキサン」
     咄嗟の迎撃態勢が、呼ばれた声ですぐ解ける。
     クラージィだ。
     建物の陰になったところから、跳んだのだ。クラージィは飛行まではいかないが、膂力と念動力で多少の高さは跳べる。
     手すりから下りるのを受け止めて、顔を見合わせる。暗がりでもクラージィが微笑んだのはわかった。
    「お帰りなさい、クラさん」
    「タダイマデス」
    「ちょっとびっくりしました」
    「フフ、ソコカラ三木サン見エマシタ。ウレシクテ近道シマシタ」
     クラージィは三木が見下ろした路地を軽く振り返る。
     吸血鬼の視力が暗いベランダにいる三木を捉えるのは不思議ではない。しかし、まずその方向に目を向けなければいけない。三木の部屋の方向を気にしてくれたのかと、胸のうちが温かくなる。
    「クラさんはいつも俺を見つけてくれますね」
     町中のモブとして存在している時でも、クラージィはすぐに三木を見つけて笑顔を見せる。この町に溶け込んだ二人は、互いにとってモブではない。
     三木の言葉に、クラージィは「ンー」と言葉を探している。
    「三木サン、光ッテマス」
     煙草の火のことかと思ったが、表現がおかしい。
    「俺が、ですか?」
    「ハイ、光ヲ感ジル、ソチラヲ見る、三木サンイル」
     おそらく、おそらくなのだが、三木の気配を覚えてるのでそれを感知できるということだと、三木の願望込みで推測した。それにしても光とは。おこがましいことばかり頭に浮かんでしまう。
    「三木サン光ッテル。私ハソレヲ頼りニ行クダケ」
    「俺は灯台ですか」
     自分で口にするには面映ゆすぎる喩えを出す。夜の中をクラージィが三木目指してきてくれたらいい、と。ところが、
    「イイエ、三木サン、トキドキ間違ッタ道イル」
    「うっ」
     おこがましいどころではなかった。少し顔が熱くなる。
    「キット三木サン迷子ニナラナイヨウニ、天ガ見テイテクダサル。私ハ思イマス。…三木サン、ドコニイテモ、私ムカエニ行イケル」
     三木はクラージィの穏やかで誠実な声音に聴き入る。そこでまた、フフッと軽く笑う気配。
    「ダカラ、コノ光ハナクテ大丈夫デス」
     スルっと指から煙草が引き抜かれた。
     不意に顔を寄せられて、何をするのか予測がつくから、三木は慌てて自分の口元を手で押さえようとした。
    「あの、俺タバコくさいから」
     煙草を抜いたのと逆の手が、三木の抵抗を封じる。クラージィが間近で囁く。
    「三木サン、オカエリナサイ」

     三木が迷子の羊なら、クラージィは三木の羊飼いだ。

     彼には絶対に明かせない喩えを抱えて、三木は答える。
    「ただいまです、クラさん」

     迷子の羊は無事帰り、羊飼いに繋ぎ止められた。
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