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    natu_yue

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    natu_yue

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    真選組動乱篇の少し後のお話。

    #銀魂
    silverSpirit
    #土近
    tsuchiku

    悲しみの笑顔「あー…」
    小さな呻き声と、次いで聞こえた水流の音。
    ガチャリと個室から出てきたのは渋い顔をした大将だった。
    「………。……腹か?」
    その様を見て、土方は思わず声をかける。
    「うわ、居たのトシ」
    「今来た所だ」
    たまたま厠に寄って行くかと立ち寄れば、丁度個室を使っていた近藤が出てきたところだっただけで、断じて着いてきた訳では無い。
    「…で、アンタはまた腹でも下したか?」
    「いやぁ…、うん…。大丈夫…と、思う」
    ぎこちない笑顔で気にするなと笑うが、その表情は曇ったままだ。
    近藤がこうやって厠に閉じこもっているのに出くわすのは、何も初めてではない。見た目より繊細なところを持つこの男は、お偉いさんとの接見の日やら、将軍の警備、登城の時など、緊張からか腹を下しやすくなるらしい。昔からそうだったかと言えば、そうではない。真選組が出来てから少しずつ、大役を任される頻度に応じてそうなって来たように思う。
    「…一度ちゃんと医者に診てもらったらどうだ」
    「いや、平気だって。ただちょっと調子悪いだけだから」
    土方が心配して口に出せば、またしてもぎこちない笑顔で平気だと首を振る。
    「…近藤さん」
    「大丈夫!ちょっと様子見りゃ治るから!」
    強く言っても聞かなそうだと思った土方は、出ていこうとした近藤に分かったから手ェ洗えよとだけ促した。
    それが、十日ほど前の話だ。



    どうにもそれから、近藤の調子は優れないらしい。朝の鍛錬や内勤、必要とあれば見廻りにも赴くが、ふとした休憩の際などはしかめっ面で待機している。
    (なんつーか…)
    これが腹具合に関して悩んでるんじゃなきゃ、それなりに様になってるとは思うんだがな。
    きっと近藤の内情を知らない隊士が目にすれば、難しい案件に頭を悩ませていたり、厳しく己を律しているように見えたりするかもしれない。
    だがしかし、近藤が直面している現状は腹具合の問題。厠とお友達な関係。
    (情けねえ、なんて言ってやるもんじゃねえよな。本人も悩んでんだろうからよ)
    とはいえ、大将がそんな問題を抱えているとは、認めがたいことでもある。
    (そもそも、伊東の一件からこっち、ただでさえ人手も足らねえ…。大将がドンと構えててくれねえと示しが付かねえしな)
    あの騒ぎで、予想以上の隊士が傷つき命を落とした。自身も腑抜けた状態だったとはいえ、大損害であることに変わりはない。失った多くが伊東派だったとはいえ、鍛え抜かれた隊士たちを直ぐに補給出来る状態ではなく、ましてや内乱で散って行ったとあっては、上からの目も厳しい。
    (休ませてやりてえが…どうにも…)
    今近藤が公の場から姿を消すのは頂けない。全体の空気がそれを許さなかった。
    (…だからか)
    それを敏感に感じ取っているが故に、身体に負担が出ているのだ。己が謀反を起こされたという事実。近藤は言った。『あんたの上に立つには足らねえ大将だった』と。
    ちがう。
    足りなかったのは伊東の人を見る目であり、自分の、あの人を支える力の無さだ。
    (あんたはきっと、自分のせいだと思ってんだろうなぁ…)
    誰のせいでもないと言えば嘘になるが、誰のせいにもしたくない大将が責めるのは己自身なのだろう。
    もちろん、自分も。何故あの時だったのか。何故妖刀なんぞを手に取ってしまったのか。何故傍に居なければいけない時に、居られなかったのか。何故、何故、何故。
    考え過ぎてメーターが振り切れてしまった土方は、ある種落ち着きを取り戻していた。起こったことは仕方がないと。変えられない過去を嘆くより、変えられる未来を足掻こうと決めたのだ。割り切れない気持ちがない訳では無い。だが、これが真選組にとっての大きな転機となるのも事実だ。二度と謀反など起こさせはしない。それは皆が思っている。大将を失うわけにはいかないのだ。
    「土方さん」
    「おわ!?」
    つらつらと考え事をしていた後ろから、気配を消した沖田が声をかけてきた。
    「なんだよ。つかまたサボってんじゃねえだろうなてめぇは」
    「あの人が真面目に働いてるって言うのに、俺がサボるわけにゃ行かねえでしょう」
    嫌味を込めて言ったセリフは盛大に空ぶって己に刺さった。そうなのだ。沖田もあの一件以来、サボりはなりを潜めている。
    「…土方さん。俺の休み削ってくれていいんで、近藤さんを休ませてくだせぇ」
    その言葉に土方は目を丸くした。この男がそこまで言うほど、あの人は弱って居るということだ。
    「…わぁってら。調整つけて病院に行かせる」
    「頼みまさァ。せっかく守った大将が病気で倒れたなんて知れたら、それこそ笑いものだ」
    顔色一つ変えずそう言うと、沖田は欠伸を噛み殺して隊務へと戻って行く。
    「わかってんだよ、んなこたァ」
    土方は小さく舌打ちをすると、近藤を病院に行かせるべくスケジュールを調整しに入った。




    ずきずきする。
    いや、きりきり?
    どちらかちょっとわからない。
    近藤は痛みをやり過ごそうとゆっくりと息を吐いた。
    「局長?」
    「…おう、ザキ。お疲れさん」
    声をかけられ、ニッと笑ってみせる。…が、山崎は心配そうに眉を寄せただけだった。
    「あの、しんどそうですけど、大丈夫です…?」
    「え?大丈夫だよ?」
    「いや、脂汗凄いじゃないですか。どうしたんです?」
    山崎が遠慮がちに近寄って様子を伺ってくる。
    あれ、もしかしてうまく笑えてない?
    大丈夫だと言おうとしたが、ズキンと走った痛みに小さく呻いてしまった。
    「局長!?」
    「平気、へいき…いてて…」
    近藤は苦笑いしながら胃の腑を押さえる。
    「平気じゃないですよ!副長呼んできますから!」
    パタパタと走って行った山崎を見ながら、トシに怒られるなぁと近藤はぼんやり思った。




    青ざめた近藤を乗せ、なるべく人目につかぬ様大江戸病院まで車を走らせると直ぐに検査が始まった。
    近藤が目を瞑って痛みを堪える様子から、大病ではないかと心配していたら。
    「急性胃潰瘍」
    「相当無理していたんでしょう、出血もしていましたよ」
    「出血」
    「場合によっては血を吐いたり、真っ黒い便が出たりするんですがね」
    「便」
    「貧血も起こしていますから、鉄剤を補給しておきましょう」
    「貧血」
    先程から医者の言うことを雄武返ししている土方は、申し訳なさそうに目を泳がせている近藤を見た。
    「近藤さん」
    「……ハイ…」
    「あんた、いつもの…腹具合が悪いだけって言って無かったか?出血に、貧血だと?あんた何も言って無かったじゃねえか」
    「俺もいつもの緊張性のだと思ってたんだって!まさか…穴空いてるとは…思わなくて」
    「思わなくて、痛みを我慢してたのか」
    「だって」
    「だってじゃねえ!」
    土方の一喝にヒィと近藤は身を小さくした。小さくと言っても、元が大きいので大して小さくはならなかったのだが。
    「あんた…ほんと…、勘弁してくれ……」
    土方が額を抑えて深いため息をつくと、近藤が小さくすまねぇ、と言った。
    「とりあえず一週間は入院して頂きます」
    「え、そんなにですか」
    「そんなにです。大人しくしていてくださいね」
    医者は点滴を調節してその場から去って行った。医者の言葉に近藤は、えぇ〜…参ったな…などと言っている。
    一方土方は、ぐちゃぐちゃな感情をやり過ごそうと煙草を取り出し、出て行きかけた看護婦に「禁煙ですよ」と言われて箱を握り潰した。
    何故もっと早く気づいてやれなかったのか。そもそも、いつからそんなに悪化していたのか。
    「近藤さん…」
    「…はい」
    「頼むから、隠すのはやめてくれねぇか」
    「そんなこと言っても、本当に大したことないと思ってたからよ…」
    苛立つ土方に対し、近藤は心配かけてすまねぇな、と苦笑いしている。
    またその顔かよ、と土方は思ってからハッとした。

    いつからだ。
    いつからこの人の、笑顔を見ていない。
    ずっと苦笑いやぎこちない笑顔で、涙も見せて居なかった。
    いつから泣いていない、この人は。

    「近藤さん」
    「えーと、次は何でしょう…」
    「あんた、いつから泣いてない」
    「は?」
    土方のセリフに、近藤は首を傾げた。
    「どういう意味…?」
    「言葉のまんまだ。あんた、ここ最近、苦笑いばかりだ。伊東が死んでから」
    伊東、という言葉に、近藤がピクリと反応した。
    「思い返して見りゃ、泣き虫なあんたが葬式の時以降泣いてるところを見たことがねえ」
    「……何が言いてえの」
    「その下手くそな作り笑いに、関係あんだろって言ってんだ」
    土方の言葉に、まるで心臓を貫かれたような表情を見せた近藤は、ゆっくりと顔を覆った。
    「そんなに、変だった?」
    「…変、つうか…引き攣ってた」
    それに気づいたのがいまさっきだったことは、自分でも失態だと思うけれど。
    「だってよォ……、笑ってねえと、いけねえだろ」
    小さく声が震えている。
    「伊東、先生が…笑って逝ったんだからさァ……笑ってないと」
    「……近藤さん」
    「ああもう、頑張ってたのに……、トシの馬鹿」
    馬鹿はあんただ。
    土方はそう言いたかった。けれど、小さく肩を震わせて泣く近藤に何も言えなかった。
    「…ずっと、考えてて」
    「…何を」
    「…俺がもっと、しっかりしてたら」
    「…近藤さん」
    「俺がトシの言うことを聞いてたら」
    「近藤さん」
    「もっと、違うことができたはずで」
    「違わねえよ」
    土方の言葉に、目を真っ赤にした近藤が顔を上げた。ああ、この顔を見るのはなんだか久しぶりだ。
    「何がどうなっていたとしても、結果は同じにしかなって無かったんじゃねえかと、俺は思ってる。遅いか早いかの違いだけでな」
    「…トシ」
    「だからあんたがそんなに考え込まなくても、なるべくしてなっちまったモンを後悔しても仕方ねえだろ」
    「…そうかなぁ」
    ぐすぐすと鼻を啜りながらぼたぼたと大粒の涙を流している近藤は、まるで大将には見えなかった。ああ、今はきっと大将じゃねえんだろうなと、土方は思った。
    思えばこうして二人きりになるのも随分と久しぶりだ。
    きっと自分の言っていることは、めちゃくちゃだ。だが、めちゃくちゃでもいい、こうしてパンパンになってしまった思考を吐き出させてやるのが、土方の役目であるのに変わりなかった。
    こればかりは伊東、お前さんにゃ到底出来ねえだろうよ。
    今は亡き男に、ふんと威張ってみせるも、虚しいだけだと知っている。
    けれど。
    この人が大将から近藤勲になる瞬間を、自慢したっていいじゃないか。
    「近藤さん。アイツは最期に満足して逝ったんだ。それでいいじゃねえか」
    小さな子どものように泣いている近藤の頭に手を伸ばして、優しく撫でてやる。
    「俺はもっと、先生と話したかった」
    「…ああ」
    「色んなことを、教えて欲しかった」
    「…そうか」
    「先生、と…もっと…、っ」
    一緒に生きたかった。
    その言葉を飲み込んで、近藤の声は嗚咽に変わった。
    先生、先生、と泣く近藤に嫉妬を覚えたけれど、生きたもん勝ちだと撫でる手に力を込める。
    伊東から始まり、失くした隊士の名前を小さく呟き始めた近藤をあやす様に、土方は頭を撫で続けた。
    「あんたはあんたのままでいい、無理して笑うな」
    「…トシ、俺ァ…っ、…間違えて、ねえかなぁ…」
    「あんたが間違ってたら、何度だって正してやるから。何度だって手を伸ばして、何度だって助けに行くよ。だから近藤さん、あんたはドンと構えててくれ。あんたを守るのが俺の、俺たちの役目だ」
    嗚咽を零す近藤の頭を掻き抱いて、土方は二度と無理して笑わせまいと心に誓った。

















    おまけ


    「…で、胃に穴空けといて三日で退院たァどういうことですかい」
    心配を通り越して呆れた様な声色の沖田が言った。
    当初一週間と言われた近藤は、脅威の回復力を見せ三日で退院してきたのだ。
    「いや、原因?が分かったら、なんかスッキリしちゃって。胃の回復って早いらしいよ。なんか治っちゃった」
    けろりとした顔でそう言った近藤に、山崎が声をかける。
    「でもよかったですよ。もしかして何か大病なのかとヒヤヒヤしちゃいましたから」
    「すまねぇなぁ、心配かけて」
    「近藤さん、あんたは難しく考えねえで、ドンと構えててくだせェ。めんどくせぇ事処理するのは土方さんと俺の役目でさァ」
    病室で言われたセリフを今度はもう一度沖田に言われて、自分が如何に笑えて居なかったかを、近藤は思い知った。
    「あんたはあんたのままでいいんですぜ」
    「うん」
    沖田の言葉に小さく笑って、ありがとうな総悟と、近藤は頭を撫でた。今だけは子供扱いも文句を言わずにおこうと思った沖田は、穏やかに笑う近藤の顔をじっと見つめ、何かありやしたかと聞いた。
    「ん?何にもないよ?」
    「…そうですか。なんでもねえならいいんでさァ」
    近藤が心做しかスッキリした表情をしていることに、沖田は気づいていた。きっとあの人が何か言ったのだろう。
    「さっさとしろってんだ、ヘタレ土方」
    「ん?なんか言った?」
    「いえ、別に」
    小さく舌打ちをして、沖田は自分の休日返上を取り消してやろうと決めたのだった。
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