夜半のたずね人「ただいま」
エンデヴァーは人の気配の無い暗闇に向かって声をかけた。
返事があるわけが無い。
家人はもうここに居ない。
エンデヴァーがそうさせたのだ。
パチン
柱にある電気のスイッチを入れ、中にはいる。
ドサリと荷物を置いて、ドスンとソファに身体を預けた。
「ハァ…」
ため息と共に疲れを実感する。
今日の現場も悲惨だった。
泣き叫ぶ母親と、力なく横たわる子供。
どうにか助けた命と、浴びせられる罵声。
ひとつでも多くの人の助けになればと奔走すればするほど、擦り切れるのは靴の底か、己の心か。
ヒーローとは、何の為に在るのか。
エンデヴァーは埃と煤で汚れた手をじっと見た。
「目に見える汚れだけじゃない…俺は、汚い」
己が選んだ道だ。責任を果たさねばならない。
時計の音だけが部屋に響く。
今日は、この家がいやに広く感じる。
コンコンコン
雨戸の外をノックする音がした。
こんな夜更けに訪ねてくるのはひとりしか思い当たらない。
ガラガラと音を立てて雨戸を開けてやると、案の定ニヤケ面の男が立っていた。
「こんばんは。寒いんで入れてくれませんか?」
「…せめて玄関から来い」
「次からはそうします」
何度もしているやり取り。
慣れた様子で脱いだ靴を玄関に持っていく。どうせそこへ行くなら、普通に入ればいいものを『玄関から入るなんて厚かましいこと出来ません』などと訳の分からないことを言う。窓から入る方がよっぽど厚かましい気がする。
「ご飯は食べましたか?」
「まだだ」
「だと思いました。弁当買ってきたんでいかがですか?」
鶏の唐揚げ弁当に、鶏おこわご飯。本当に鳥好きだと、呆れてしまう。しかし、これもまた此奴の優しさなのだろう。
「先に風呂に入れ。…お互い汚いからな」
湯船に湯をためている間に、今得ている情報を話し合う。ディランの動きは予測かつかない。
まさに今誰かが傷ついているかもしれないと思うと、悠長に座っていられなくなりそうだ。
「…エンデヴァーさん、お茶入れますね。キッチン借ります」
勝手知ったる他人の家…といった様子でホークスがやかんに水を入れ火にかける。
濃いめに入った茶は、お湯の温度が高かったのだろう。本来なら甘味を感じるはずが、苦味が全面に出ている。
「上手く淹れられませんね…」
自嘲気味に笑うホークスがいじらしく見えるのは何故だろうか。その頭を撫でたい衝動に駆られて、誤魔化すように拳を握った。
「いや、美味い。ありがとう」
素直に礼を言えるようになったのも此奴のおかげかもしれない。
音楽が鳴り、湯船の準備が出来たようだ。
「先に入れ」
「いっしょに入りましょうよ。俺、背中流すんで、エンデヴァーさん俺の羽根洗ってください」
これもいつものやり取り。
広めの設計をされた浴室とはいえ、成人男性がふたり入ると狭い。湯気がもうもうと立ち上がる中に入ると色んな意味で息苦しい。
「エンデヴァーさん、お湯かけますよ」
目線を下げると、ホークスがいつも通り笑顔を浮かべて見上げている。その頬に残る傷、そして背中の羽根はまだ再生出来ていない。
肩に手を置くと、冷えきっている。
「お前から洗おう」
ホークスの手からシャワーを受け取り、ホークスの頭からお湯をかけてやる。勢いよくお湯をかけて「ちょ、長い長い!」とホークスが音を上げるまで、丹念に泥を落とす。
ビシャビシャになったホークスは、無理やり洗われた猫のように不快そうな顔だ。
思わず笑いがこみ上げてくる。泡立ちの良いシャンプーで髪を洗ってやる。ホークスはされるがまま、といった感じで気持ちよさそうに目を閉じている。
「流すぞ、そのまま目を閉じとけ」
ザバーっと頭から桶の湯をかける。
「前は自分で洗え」
声をかけて石鹸を渡してやれば、器用に泡立てた石鹸で脇や胸を洗い始める。
エンデヴァーは無惨な有り様の羽根をつくろうようにホークス御用達の洗剤で洗ってやる。
「…ん…ふっ…」
羽の根元を触るとホークスの背中に緊張がはしり、ぷるぷると震える。感じているのだろう。
洗剤を流した後に翼の付け根の皮膚に舌を這わせる。ねっとりと舐めあげると、ホークスが身体を洗うことも忘れてエンデヴァーが与える感覚に没頭して喘ぐような吐息をもらした。
「…洗ってるだけだ」
「そう…っすね…んん…」
喘ぐときのホークスの声が、いつもよりも頼りなくて甘いことをほかのヒーロー連中は知らないだろう。知らなくていい。
ホークス自身が洗えなくなった前側を後ろから手を伸ばして手のひらで洗っていく。主張を始めた胸の突起も、股間のソレも捏ねるように触るだけでホークスは苦しそうに呻き、身体をエンデヴァーに預けてくる。重みが心地よく感じるのは何故だろうか。
「エンデヴァー…さん、オレも洗わせてくださいよ」
「…イったあとな」
両手で胸の突起と陰茎を弄りながら、ホークスの熱を帯びた首元をジュウッと啜るように吸うと、感極まったホークスが一際大きな声で鳴いた。
はふはふと口で息をしながら、快感に身悶えるホークスは美しかった。
「俺が洗いますから、手を出さないでください」
大きな背中には、無数の傷痕。粗めのボディタオルでがしがし背中を擦られて、エンデヴァーは性的ではない気持ちよさに吐息をもらした。
「フフッ、気持ちいいですかっ?」
「ああ、疲れが取れるな」
「そりゃいいことです」
ひととおり洗い終わった背中をホークスが手のひらで泡を擦り付けるようにくるくると撫でてくる。
「…くすぐったい」
「洗ってるだけです」
クスクスと笑いながら、先程のエンデヴァーの真似をしてくる。煽られて放置する気はないが、まだ外には夕飯が待っているのだ。
「さっさと風呂入って、食事にしよう」
ホークスの手のひらもきっと泡だらけだろうと予測を立て、洗い流そうと向き返った。
「あっ…」
エンデヴァーの背中を洗いながら中心を昂らせていたのだろう、真っ赤な顔で欲情したホークスと目が合った。誰にも真実を悟らせない、笑顔の仮面が剥がれた素の表情。こみ上げてくる感情に、名前は付けられない。エンデヴァーはホークスの髭の生えた顎をつかみ、噛み付くように唇を奪った。
獣のような口付け。
貪り、貪られ、与え合うのはお互いの体温だけだ。
「…湯船はあとだ」
「飯と…が先、ですね」
こんな事だけ、言葉にしなくても意思疎通が取れるのだから爛れた関係だ。