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    いとう

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    いとう

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    フェイビリ

    #フェイビリ
    #エリオ腐R
    elioRotR.

    コールタールに沈む顔 遠くには排他的な姿の高い建物が立ち並んでいる。同じような無機質な顔をして無口に佇む姿は無個性の極みのような、そんな物が集まってるのは一種の約束事であるのか、個では不安なために繋がりを求めているようでもあった。
    容器を傾けてコーヒーを口に含む。入れ物を離した後も手のひらには温かさが残った。雑誌のページを捲ろうとすると、ページの端が指の皮を切り裂いた。特に血は出てはいないが、曖昧な白い皮が心もとなさそうにしている。開かれた紙面の女性は健康的な笑みを浮かべていた。
    「それで、何の用?」
    振り返りもせずそう告げる。背中に浴びせかけられるしつこいくらいの視線。先程から気づいてはいたが、わざわざこちらから声をかけてやる必要もないだろうと放置していた。しかし、さすがに座りが悪くなってきたので短く言葉にする。
    「気づいてるならもっと早く言ってヨ!じっと見つめてたの知られたら恥ずかしいじゃない?」
    「キミにも恥の概念なんてあったの?」
    「もちろんだヨ!でもいたいけな姿が見たいのならお支払いヨロシク!」
    ふざけた声音とともに、ひとつひとつ硬い足音が革靴から生まれていく。すぐ近く、音それ自体に触れられるのではないかというところまで来たところで、止んでしまった。
    窓際のカウンター席、隣に当然そうすべきであるかのようにビリーは椅子に座った。
    肘をつき、こちらへ顔を向けながらわざとらしい笑みを浮かべてる。顔の半分に光が当たって明るく見えるせいで、もう半分は影に沈みこんでいくように見えた。
    「実はね、オイラこれから出かけなきゃいけないんだ」
    「そう、いってらっしゃい」
    「どこへ?とか気をつけてねとかオレも行ってあげようか?とか口先だけでもそこは言おうヨ!」
    この男の仕様もない面倒くささにも慣れきっている。悲しいことだがそれを口にしたところでさすがベスティだのなんだのうそぶくだけだ。大きく息を漏らしてから口を開く。
    「愛してるよハニー。キミに何かあったら心配で心配で……」
    わざとらしい演技がかった大袈裟な抑揚をつけた口調で告げると、一瞬ビリーの眉間が寄った。
    「心配で?」
    「正直すごくどうでもいいからこの先は考えなかった」
    視線を合わせながら肩を竦めてそう言葉にする。それから開いたままの雑誌へと視界を戻した。
    「オイラの純情が弄ばれた!」
    耳元で大きな声を出され、手のひらで塞いで聞こえないふりをした。そういった意味を持たないやりとりの後、ビリーは口角を下げて硬質な表情をした。柔らかさも面白みもない、つまらない顔だった。
    「まぁそれはそうとして」
    話を切り替える準備に対し、目だけで話の続きを催促する。
    椅子に腰掛けながら靴の先が二度床を軽く叩き、手を膝に置く。それは今にも暴れだしそうな足を抑えるようにも見えた。くちびるを微かに開いて息を吸い込む。顔を真っ直ぐこちらに向けるので、俺もビリーへと向き直る。彼にしては珍しく何かに迷っているようであった。彼が爪先で膝を引っ掻いてから、ようやく始まった。
    「多分行かなきゃいけない。でも相手と会話することがオイラにはできないので非常に気まずい」
    そんな可愛げあったっけ、と問い掛けそうになったが、揶揄るにはいつもより少し重い空気を感じてやめた。話の着地点を待っていると、ビリーは何かしら考えを巡らせているらしく、口元は固く閉じられ、本当は話したくないようにも見えた。
    だがそれはあっという間に決壊する。
    「そして、DJ、多分キミも彼に会いに行かなければならない」
    雑誌に置いていた手の甲に彼の手が近づくが、触れられることはない。
    「なんで?」
    俺の問いかけに、ひどく力の抜けた笑みを浮かべた。全てを諦めたような、自分の犯した罪を自白するような、終わりを迎えたことに安堵しているかのような笑い方だった。
    「キミも彼を殺した」
    浮かべられた奇妙な笑みが、諦めを孕んだ深いものへと移りゆく様を見ていた。プールに沈んでいく塩素の塊がぶくぶくと泡を立てている姿を思い出した。


    曇った薄暗いグレーの空の下でそれは虚しく佇んでいるようだった。いくつもの数え切れない墓標と同じ色合いで、生前の様など全く分からない角張った姿がビリーの言う彼であった。
    色鮮やかな花が枯れ始めたようで、哀愁を醸し出している。華やかだった色は茶がかかって、それが土の中の男と一体化していくかのように思えた。
    人死ににはあまり縁が無く、また、その男のことが記憶に残っていなかったので遠い出来事にも思えた。知らない人間が勝手に命を失っただけなのに、今なぜ自分はここにいるのだろうという不思議さばかりが頭を占めている。
    持っていた花を墓に添えて、彩りを灯してみたが決して土の下の死者は動いたりしない。
    いつの間にか姿を消していたビリーを責めようとも思わなかった。ただ、なんとなく近くにいるのだろうとは思った。ぽつりぽつりとにわか雨が降り始める。傘を忘れて、頬を微かに濡らす感触を感じながら墓地を管理している教会へと早足で向かった。
    質素であるのに厳かさを醸し出す木製の扉を開くと、厳かで静謐な空気が漂っていた。入ることに少しばかり躊躇したが、意を決してそのまま歩を進める。靴裏と床が接触する度、古い板張りの床が鈍い音を立てた。濃いブラウンのそれは数多の魂を吸い、生きて必死に声を出しているようでもあった。
    礼拝堂の鮮やかなステンドグラスは天気の影響もあって暗い色合いを見せるだけで、何一つ輝かしくなかった。
    真ん中当たりの席を横切った時、ようやくこの空間に不似合いな明るい髪色を見つける。長椅子に寝そべっていた。ここに着いてからと同様、口元は相変わらず引き結ばれたままで、まるで普段の彼自身が外で埋葬されてしまったかのようでもあった。
    「キミの花は?」
    「他に用意してる」
    簡素な返事だけがあった。
    長椅子の空いた部分に腰掛け、邪魔だと彼の体を叩くと身を捩って体を反対側へと寄せていった。
    「知らない男のためには何を祈ればいい?」
    「さぁ?人それぞれだヨ」
    「キミが連れてきた」
    くぐもった笑い声を上げながら、ビリーが体を起こす。
    「そう、オイラが連れてきた」
    「くだらない問答はしないよ」
    「分かってる。DJも彼とはアカデミーで会ったはずだヨ」
    訝しげに視線を向けつつもビリーの話に耳を傾けたところ、話はこうだ。アカデミーで幾度も顔を合わせた相手だったが、トライアウトには合格できず、そこからヤケを起こしてドラッグに手を伸ばし堕落の果てに死んだ。なんとも馬鹿げた話だが、この場で正直に口にするのははばかられるので心の中だけで思う。
    成り行きを話したビリーは弧を描くくちびるを保ちながら長椅子の背もたれに腕と身をだらりと預け、天井を仰いでいる。
    「それで、オレにいったい何の関係があるっていうの?」
    それを待っていましたと言わんばかりに満面の笑みをこちらへと浮かべた。視界の端鈍く光る女性の像が気になった。
    「良質なおクスリの卸を聞かれた。一度は断ったし止めたけど結果に何の影響も無かった。それで、DJがよく行ってるクラブで取引したんだよ」
    その言葉に思わず眉を顰める。ナイトクラブではよくあることだが、その取引場所にされたなどとは気分が良くない。
    「彼の指定だった。あのクラブでたまに売ってたみたい。言ってたよ。どうして今こうしているんだろうってね。DJが音楽で人々を楽しませて、女の子たちに囲まれている姿を羨ましそうにじっと見ながら」
    「そんなの筋違いすぎる。オレにどうしろって?」
    「別に。知っているべきだと思って」
    そう告げるとビリーは勢いをつけて席を立ち、そのままの足で出口へと向かっていく。
    「彼の名前はなんだっけ?」
    「クレイジー・ジョン・ドゥでいいんじゃないかな。彼が売人やる時に使っていた馬鹿みたいな名前だヨ」
    名無しの男。顔も名前も記憶に無い男の手が足首を握って歩みを止めようとしている。
    扉が開かれる音が聞こえる。眩しい光がこの薄暗い空間へ降り注ぐことを望んだが、それは叶えられなかった。外では音も無い密やかな雨が降り続いているようだった。


    一度だけパトロールのさなか、裏路地へと滑り込むようにして消えていく橙色の影を見た。キースやおチビちゃんの表情を確認したが、そのことには気づかなかったようで、脳裏に浮かぶ薄笑いを口にするのは止めた。
    その日の業務を終えて部屋に戻ろうとした時、談話室から跳ねる声が聞こえた。室内を覗くと、アキラとウィルが談笑しているようだった。
    「こいつな!すげー面白くて俺よくちょっかい出してた!」
    「俺がどれだけ大変だったかよく思い出してよね」
    アキラの大きな笑い声が廊下にまで響いてきた。広げられた卒業アルバムが二人の間に存在していた。ろくに開かれなかったためか新品同様だった。
    アキラの指先はすぐにほかの人物へと移り変わり、その度に話題も移り変わっていく。
    「俺も彼なら知ってるよ」
    「お、マジか!!あいつ今何やってるだろうなー!」
    屈託の無い笑みのアキラに対して、ウィルは少しばかり苦笑いを浮かべていた。
    部屋に戻ってから、荷物に紛れ込んでいた長いこと放っておかれたアルバムをめくってみる。1ページ1ページ、知らなかった人間の顔を確かめながら。あるページで、その名前を指先でなぞった。それから、人差し指で文字列を隠してじっと顔写真を眺める。ジョン・ドゥ。それがお前の名前なのだと浮かべられた紙上の顔に言い聞かせた。
    思い返す。
    息のある間に殴られ、刺され、両親ですら判別の難しくなったという顔の無い男の話。そこに当て嵌めてみるが、この目に映る人畜無害そうな顔の下は味の無い肉の塊でしかなさそうだった。


    隣でビリーのくちびるからとめどなく言葉が放られていく。放った先にはまるで興味無く、自由気ままに言葉が踊った。この間どこへ行ったけど何が良かったとか冗談を混じえながら楽しそうな声音で話すのをBGMにしながら廊下を歩く。向かい側からやって来た人物を見るとビリーは話を中断して「Hi  」と一声かけて軽く片手を挙げた。相手も同じように返事して通り過ぎていくのを見ていた。軽薄な彼には顔見知りも多いので、度々起こることではあった。
    「トモダチだヨ」
    「興味ないけど」
    「そう言わないで何だって全部聞いてヨ!ちなみに彼は別に良い人間ではないけど、悪い人間でもない。嫌いじゃないタイプだね!」
    過ぎ去ったその特徴が無いことが特徴のような男の背中を振り返った。薄ぼんやりとあてもなく歩いていく亡者の行進のようだった。落ちる影は伸びていて、この場にいる他の人間より半歩ほど深く死に足を踏み入れている気がした。少しがっしりした肩幅は覚えているのに、横目で見たはずの顔だけはどうしても記憶に残らなかった。



    談話室で欠片も興味を持てない内容のページを眺める。一体何回そうしてページを捲ったのか、あの男に数えてくれと頼めば本当に答えそうで少し嫌になる。流行りの服に身を包んだ女性が笑いかけてくる。服はもちろん、靴裏には汚れも擦れもなく清潔な靴だった。
    「Hey!Hey!DJ、元気してた~?」
    何日かぶりに耳に届いた声はいつも聞いてきた音と寸分違わぬものだった。聞こえてきた背後を振り返って視界に入ったのもいつも通り軽薄そうな笑みを浮かべた姿だったので、ため息を零してから視線を興味無い雑誌へと戻した。
    「おかげさまで最低な気分だよ」
    ページを捲ろうと指先を伸ばす。途端、硬い音が耳に響いた。視界の中にないところから伸びた手がテーブルを叩いていた。すぐ後方から体温を感じる。テーブルに乗せられた指先が微かに動いた。
    「それはかわいそうに」
    耳元でそう囁かれて、そのまま指ひとつ動かせなかった。テーブルに落ちる自分以外の人のかたちをした影。微かにそれがゆらめいた時に、くちびるを重く開いた。
    「自分の罪悪感を俺に押し付けないで」
    視界の端に映る手の筋肉はぴくりとも動かされることはない。
    「結局のところ、自分の責任を俺にまで追求しようとしてる。君にとって本当は必要ないのに」
    口にすると燻っていた苛立ちが胸の内に蘇ってくる。耳の少し後ろから微かに息を吸い込まれ空気が震えた。
    「そうだね、そうかもしれない。でももういいんだ。それは忘れて」
    反射的にテーブルに手をついて立ち上がった。体がぶつかってビリーは突然のことにたたらを踏む。それを見ながら彼へと向き直った。
    「忘れろだって?!自分が持ち込んだ癖に勝手すぎる!」
    そうだね、と短い返事がかえった。姿勢を建て直したビリーはズボンのポケットに手を突っ込んでその場をゆっくりと円を描くように歩く。何かよくない大昔の呪いのようだった。
    「彼はオイラの教えた卸と揉めた果てに殺された。だから、卸業者のクルーザーを警察に教えた。ドラッグパーティーによく使われていてね。パーティーが開かれる場所と日時を道筋が不自然にならないよう、且つ証拠を残さず見つけさせるのは骨が折れたよ」
    時々堪えきれないと言わんばかりの笑いを零しながら彼はそう口にする。行き場のない手を握りしめた。
    「彼からは前金で半額貰った、そしてその半分は払われていないのだから、情報に所有権があるとすればオイラはまだ半分持っている。だからその半分を駆使して何をするかは自由だ。だからオイラには権利がある」
    「権利と義務をごた混ぜにして混沌にしているのはキミだ」
    一瞬ビリーの表情が強ばるのを見た。だが、次の瞬間にはゆっくりの頬の筋肉が動かされていく。
    「顔も覚えていないキミが、何を口出しできるの?」
    嘲笑うかのようにくちびるを歪めたビリーが吐き捨てるように言った。一度奥歯を噛み締めてから、胸にひっかかった骨を吐き出すべく言葉を紡ぐ。
    「ビリー・ワイズ。今話しているのはキミのこと。死んだ男に興味もないし、もうどこにもいない男のせいにしないで。破滅に向かうのは勝手だけど、人をまきこむな。続けるなら、自分を疑うな」
    畳み掛けるように告げた。爪が手のひらに食い込んでいる。すぐ近くに立つビリーは呆然としたように微かにくちびるを開いていた。
    「それができないなら、さっさと情報屋なんて仕事から足を洗うべきだ」
    発した言葉に打ちのめされた風を装っているだけなのか、真摯に受け止めているのかまったく分からない、そういう曖昧な歪な笑みが彼の顔に貼り付いていた。その様をじっと見ていると、やがてくちびるが微かに震えて、緩やかに首を横に振った。
    「DJ、オイラは失敗したんだよ」
    弱々しささえ感じさせる声が静かに発せられた。いつの間にか笑みも無くし、裁きを待つ囚人のようにひっそりとしていた。暖房が効いているのか分からないくらい、足元から冷気が立ち上ってくる。
    淀んだ紅色の下唇を真っ赤な舌が舐める。そして、舌は正しく動き始める。
    「殺人犯が明らかになったことで、彼の厳格な両親は自分の息子が哀れな被害者でなくドラックの売人だったことを知り、息子が不幸を撒き散らしたと感じた。自責の念で住み慣れた家を売り払い、更生センターにせっせと送る大して面白くもなさそうな日々だヨ」
    息を吐き出しながら彼は俯く。ワックスで磨きあげられた床には蛍光灯のあかりが反射していた。
    「そうなることなんて全部分かってたのにどうしてこんな気分にならなきゃいけないのさ」
    「全てがキミのせいな訳じゃない」
    言葉にしたのは慰めでもなんでもなく心から思ったことだった。ビリーは顔を上げて少しだけ笑うと、すぐに口元はつまらなさそうに口角を下げた。
    「大して賢い訳でもないのに相応の振る舞いをしないあの馬鹿な男が1番悪い、そんなのは分かってる。でも染み付いたみたいに取れないこの不快感は何なの」
    顔を上げたビリーは真意を読ませないゴーグルの下で必死に理解を訴えているようでもあった。
    「こういう時セラピストなら自分を受け入れろとか言うんだろうけど、そうしたって染みが消える訳がない、ただそれがそういう物として誰も気が付かないレベルで変化しただけだ!」
    声を荒らげた彼がゆっくりと後ずさる。それを追いかけるように歩みを伴いながら、手を伸ばした。
    「ビリー」
    「何人同じ目にあわせたって、それと同じ数だけ同じことをするよ」
    「ビリー!」
    差し出した手を、大きく上下に一度動かした。それをじっと眺めながら、ビリーの喉仏が一度大きく動いた。
    「誰もが選んだ結果をその身に浴びただけ」
    声の最後が僅かに揺れていた。
    「否定される謂れはない。それが自分自身でも」
    伸ばした手を一度下ろす。その代わり、できるだけ優しい声を出そうと喉を震わせた。
    「おいで」
    緩慢にビリーへ向けて両手を動かした。指先一つ一つが彼に苦痛を与えないように。彼は身動きひとつしない。その姿勢のまま、ただじっと待っていた。それがどのくらいの時間だったのか分からない。
    ある瞬間、拘束していた糸から解き放たれたように真っ直ぐこちらへ向かってきて、ようやく体をこの腕に収められそうな位置まで辿り着いた。この肩に額を押し付け、もう一方の肩には温度の分からない手が遠慮がちに添えられた。ゆっくりと背中に手を回していく。残念ながら彼は男性的な骨格で全てを包むことはできなかった。噛み合わない骨と骨が当たって軋みをあげる。悲鳴のような音が耳の奥に残る。
    肩ひとつ震わせもせずただ静かに腕の中で息をしていた。
    「助けてって、何でたった一言が君は言えないの」
    明るい色合いの髪を横目に、ビリーの肩に頬を下ろす。表情は見えないが、なんとなくわかる気がした。
    「それは発想の中に無かったヨ。それに、あったとしても、きっとそれは選ばなかった」
    血肉でできているのか樹脂とゴムで造られたものなのか、どちらとも分からない鼓動を確かに感じていた。最早どちらでも良かった。
    腕の中で身じろぎするのを感じると、あやす様な手つきで柔らかく背中を二度叩かれた。
    本当は世の中に溢れるろくでもないことを優しく掬い上げる気なんて二人とも持ち合わせていない。コーヒーの中に沈んで消えてしまった砂糖や、止んでしまった雨に濡れた跡や、通り過ぎた道の奥、どこにだって転がっていて、見て見ぬふりを続けて、時折心残りのために少しばかり手を伸ばし身の程を知り、これは仕方の無い事なのだと言葉にすることで納得する。
    広い窓から降り注ぐ光を逃れて、部屋の隅で誰にも見つからないよう祈りながら、不確かさの感触をこの手のひらに覚え込ませた。


    「お前、少し寝た方がいいぞ」
    彼は自分の目の下を指さした。
    夜遊びから帰って、寝に帰ろうとした時にロクに口も聞いたことが無い彼に声をかけられ、驚いた。彼は少しだけ笑って、廊下の角を曲がっていった。


    ぼんやりとしたまま瞼を開く。まだ眠っているおチビちゃんを横目で見ながら洗面所へと向かう。共有スペースにも誰もおらず、素通りする。タオルを手に取り冷えた水で顔を洗い、上げたその先に映る顔。
    「おはよう。少し、キミのこと思い出したけど、やっぱり存在しなかったことと同じだよ」
    彼が死んでくれて良かったのか、死なずに愚かな道を歩んでくれた方が良かったのか、けれども最終的に彼はこの世にあってはならないと感じることには違いなかったのだろう。目の下にうっすらと出来上がったクマに気づいた。
    鏡に背を向け、手にしていたタオルを放り投げた。
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    いとう

    DONEフェイビリ
    まぶたの隙間 橙色にきらめく髪が視界に入ると、ひっそりとゆっくりとひとつ瞬きをすることにしている。
    そうしている間に九割以上向こうから「ベスティ~!」と高らかに響く声が聞こえるので、安心してひとつ息を吐き出して、そこでようやっと穏やかな呼吸を始められるのだ。
    それはずっと前から、新しくなった床のビニル独特の匂いを嗅いだり、体育館のメープルで出来た床に敷き詰められた熱情の足跡に自分の足を重ねてみたり、夕暮れ過ぎに街頭の下で戯れる虫を一瞥したり、目の前で行われる細やかな指先から紡がれる物語を読んだり、どんな時でもやってきた。
    それまでの踏みしめる音が音程を変えて高く鋭く届いてくるのは心地よかった。
    一見気性の合わなさそうな俺たちを見て 、どうして一緒にいるの?と何度か女の子に聞かれたことがある。そういう時は「あいつは面白い奴だよ」と口にして正しく口角を上げれば簡単に納得してくれた。笑みの形を忘れないようにしながら、濁った感情で抱いた泡が弾けないようにと願い、ゴーグルの下の透明感を持ったコバルトブルーを思い出しては恨むのだ。俺の内心なんていつもビリーは構わず、テンプレートで構成された寸分違わぬ笑みを浮かべて大袈裟に両手を広げながら、その後に何の迷いもなく言葉を吐く。
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    それはずっと前から、新しくなった床のビニル独特の匂いを嗅いだり、体育館のメープルで出来た床に敷き詰められた熱情の足跡に自分の足を重ねてみたり、夕暮れ過ぎに街頭の下で戯れる虫を一瞥したり、目の前で行われる細やかな指先から紡がれる物語を読んだり、どんな時でもやってきた。
    それまでの踏みしめる音が音程を変えて高く鋭く届いてくるのは心地よかった。
    一見気性の合わなさそうな俺たちを見て 、どうして一緒にいるの?と何度か女の子に聞かれたことがある。そういう時は「あいつは面白い奴だよ」と口にして正しく口角を上げれば簡単に納得してくれた。笑みの形を忘れないようにしながら、濁った感情で抱いた泡が弾けないようにと願い、ゴーグルの下の透明感を持ったコバルトブルーを思い出しては恨むのだ。俺の内心なんていつもビリーは構わず、テンプレートで構成された寸分違わぬ笑みを浮かべて大袈裟に両手を広げながら、その後に何の迷いもなく言葉を吐く。
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    pie_no_m

    DONE🐺🍕×🐈‍⬛🎧で👿🍣と💀🍺も出てくる。
    やりたい放題のファンタジーパロです。何でも許せる方向け。
    ラ リュミエール 息をひそめ、自らの気配を殺す。
     カーテンは閉め切り、電気を消していても、フェイスの目には部屋の中の様子がよく見えた。窓から射し込むランタンの灯りは、リビングの床に二人分の影を伸ばしては縮めていく。尖りきって壁にまで届きそうな三角の影は全部で四つ。フェイスの猫のようにぴんと立てた耳と、隣で膝を抱え背を丸めるディノの、フェイスのものより大きくてふさふさの毛が目立つ耳。そのシルエットがひくひくと落ち着きなく動くのを、フェイスは身動きもせずただじっと見つめていた。
     十月三十一日。外から子供たちの興奮した話し声や高い笑い声が聞こえる。きっと彼らは魔物や悪霊の姿を模して、通りの玄関の扉を順番に叩いては大人に菓子を要求している最中だろう。それではなぜ、そんな通りに面した部屋に住む自分たちはこうして身を隠すような真似をしているのか。フェイスはともかく、ディノは普段から街の人間と仲が良い。喜んで道行く子供たち皆に菓子を配りそうなものだが――明白な理由である三角形の影が、フェイスの見る前でまた一回ひくりと動いた。
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