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    amane_sw

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    amane_sw

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    新刊の一部 頭の整理がしたい

    ##こてぶぜ

     きらきらと瞬くような楽器の音が、明るい調子で恋を紡ぐ声が、頭の中に流れ込んでくる。私は今日こそ歌の世界に飛び込みたくて、耳を澄ませて瞼を閉じた。

     一日の終わりや非番の日、自室で文机に向かって音楽を聴くのが好きだった。自分で歌うのも踊るのも楽しいけれど、誰かの歌声を聴くのだって面白いし何より勉強になる。今風の音楽の感覚を掴むにはとにかく聴き込むのが一番だ。
     音を拾うのではなくて、耳の中から直接さまざまな音が鼓膜を震わせるこの感覚にもすっかり慣れてしまった。主の勧めで初めてこれを手にして、私の指先ほどしかない小さな機械から流れるたくさんの音色にいたく感動したあの日が、もう遠い昔のことのように感じる。れっすんのときには手放せない存在になったこの機械も、そして私自身も、新入りとして扱われる期間はとうに過ぎた。
     両耳を塞ぐそれから流れるのは、最近特に気に入っている歌だった。影ができないほど強く当てられた光のように、楽器の音色も、歌声も、紡ぐ言葉も、その曲はすべてが眩しかった。おそらく初恋を題材にしたそれにはどこにも後ろ暗さや切なさなんて見当たらず、ただただ主人公が初めての感情に振り回されながら、恋によって世界が塗り替えられていくさまを歌っている。まっすぐな声は歌詞のひとつひとつを素直に乗せて、私の耳へと届く。
     けれど、私はその言葉の意味を、すべてを理解しきれてはいない。沈みきれなかった意識を引き上げて端末を指で叩けば、後奏の途中でぴたりと音楽が止まる。
     れっすんのためにと音楽の聴き方を教えてもらった日から、私はたくさんの音楽に触れてきた。今風と一言で言っても、すていじの上で観客に向けて歌うものと芝居の延長線上で紡がれるものではまったくの別物で、歌われる題材だって星の数ほどある。どれだけ聴いても尽きないほどのそれらを再生しては紡がれる言葉の意味を想像したり、託された想いについて考えてみたり、歌詞の世界に身を浸しながら、私がこの曲を歌うならどんな振り付けや演出が似合うのか、すていじに立つ己の姿を夢想するのが好きだった。
     なのに、詞に寄り添うことができない歌がいくつかあった。恋の歌だ。
     理由は至って単純だった。私は恋というものを知らない。相手を想って胸を焦がしたこともなければ、一度伸ばした手を引っ込めて、触れてみたいと願ったこともない。
     私が好む歌の中にも、恋を主題にしたものは多い。恋というのは、それこそ歌仙たちが好む三十一文字の時代から歌に詠みこまれるほどに普遍的な題材だから、私だって恋がどういう感情なのかくらいは把握している。けれど、どうして焦がれるほどに他人を求めるのか、どうして一挙一動に心を乱されるのか、私はそれが理解できなかった。
     抽斗から帳面と筆記具を取り出す。端末に表示されたままの曲名にもう一度触れれば、再び軽快な前奏が始まった。いくつか音量を上げて、冷たい筆記具を握る。
     たくさんの恋の歌を聴いて、歌詞を読み込んで、よくわからないなりに恋とは胸を焦がし、苦しくなるほどに相手を求めるものなのだろうか納得しつつあったところに出会ったのがこの曲だ。底抜けに明るく恋の素晴らしさ、恋という紗幕を通して見た世界の美しさを歌うそれは、私がこれまで作り上げた恋の概念とかけ離れている。けれど、胸を高鳴らせ、心を浮き足立たせるような輝きに満ちたその感情は、どこか私の性質に近しいような、すっと肌に馴染むように思えたのだった。この歌の主人公が恋に胸をときめかせるのと、私がすていじのことを考えて胸を高鳴らせるのは、きっと根本が少し似ている。
     でも、私にとってすていじは目指す場所であり掴みたい夢で、たぶんそれは恋とは違う。だから、私はこの歌のことも、恋のことも、まだわかりきれていない。彼が感じる胸のときめきというものは、きっともっと違うかたちをしている。
     もうすっかり覚えてしまった歌詞を、音に合わせて帳面に書きつけていく。見知った文字列の意味は知っているのに、詰めこまれた景色はまだ見えない。
     恋について、もっと知りたかった。まだ知らない感情について学べたらきっと今後のれっすんにも役立つし、それ以上に、きらきらとした光が見えるような音楽の源になっているその気持ちには、単純に興味があった。漠然としてはいるけれど、憧れと言ってもいいのかもしれない。
     けれど、その憧れは実際に経験してみたいというような類のものではなかった。私はまだ半人前で、任務とれっすんだけで精一杯だ。きっと私は曲に合わせて紡がれる、恋という名のきらめく概念に憧れているだけなのだろう。
     もっと音楽に触れれば、いろいろなものを目にすれば、いつか私もこの言葉の意味を理解できるようになるのだろうか。それとも、いつの日か私自身にも、未知の感情が芽生える日がやってくるのだろうか。
     帳面に綴られた詞のように色彩を増した世界が見られる日を夢見ながら、私はもう一度頭からその曲を再生し直した。
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    amane_sw

    DOODLEこてぶぜ 顕現したての豊前が篭手切を撮りたがる話 おぼつかない手つきで、人差し指が端末の上をゆっくりと動く。その手が止まって顔が上がるまで、私は自分のものと似ているけれど少し違う、真新しい内番服に身を包んだ刀の姿を眺めていた。
    「そこをたっぷすると、……はい、このように私に文を送ることができます」
     言葉を切ったのとほぼ同時に、私の端末から短い電子音が鳴る。懸命に打っていた文章が表示されたその画面を向けると、顔を上げたりいだあは面白そうに目を輝かせた。
    「おー、ほんとだ。すげーな」
    「本丸でもほとんどの刀がこれを連絡手段にしているので、覚えておいてくださいね。余程のことがない限りはどの時代からでも連絡が取れるはずなので」
    「ん、りょーかい」
     りいだあはまた自分の端末に目を戻して、何かの操作をしている。見慣れない機械に抵抗を抱く刀も少なくないけれど、りいだあはどうやら新しいものには興味を抱くほうの刀であるらしい。
    「細かい操作はその都度聞いていただければお教えします。ひとまず今日はここまでにして、お茶にしましょうか」
     説明を始める前に淹れた緑茶は、もう冷めてしまったかもしれない。新しく淹れ直したほうがいいだろうか。湯の入った魔法瓶 2595

    amane_sw

    PROGRESS新刊の一部 頭の整理がしたい きらきらと瞬くような楽器の音が、明るい調子で恋を紡ぐ声が、頭の中に流れ込んでくる。私は今日こそ歌の世界に飛び込みたくて、耳を澄ませて瞼を閉じた。

     一日の終わりや非番の日、自室で文机に向かって音楽を聴くのが好きだった。自分で歌うのも踊るのも楽しいけれど、誰かの歌声を聴くのだって面白いし何より勉強になる。今風の音楽の感覚を掴むにはとにかく聴き込むのが一番だ。
     音を拾うのではなくて、耳の中から直接さまざまな音が鼓膜を震わせるこの感覚にもすっかり慣れてしまった。主の勧めで初めてこれを手にして、私の指先ほどしかない小さな機械から流れるたくさんの音色にいたく感動したあの日が、もう遠い昔のことのように感じる。れっすんのときには手放せない存在になったこの機械も、そして私自身も、新入りとして扱われる期間はとうに過ぎた。
     両耳を塞ぐそれから流れるのは、最近特に気に入っている歌だった。影ができないほど強く当てられた光のように、楽器の音色も、歌声も、紡ぐ言葉も、その曲はすべてが眩しかった。おそらく初恋を題材にしたそれにはどこにも後ろ暗さや切なさなんて見当たらず、ただただ主人公が初めての感情に振り回さ 2058

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