まるでふわふわのパンケーキ「修行の旅に出て気づいたんです。探していた本当に大切なものはすぐ近くにあったんだということに……。どんな新しいスイーツよりも、あなたの作るチョコレートやクッキーやキャンディが、私にとっての究極のお菓子でした」
森の奥深く、木々に囲まれた小さな丘。
星の瞬く夜空の下で告げた言葉は、どう考えても最高のプロポーズだった。
天才パティシエを自称するパティにとっては、他のどんなものに称賛の言葉を贈るよりも、それが響くに違いない。そう踏んでアークは言葉選びをしたつもりだった。
パティもまんざらでもなさそうな顔をしていた。翌朝目を覚ますと温かくてふわふわの出来立てのパンケーキがテーブルにあったし、ビターなホットココアはパティがアークのために甘さを調整してくれたものであることは明らかだった。
これはもう、成功したと言っても過言ではない。そう思ったから抱き寄せて頬に口づけをした。ほんの挨拶くらいのつもりで。
それなのに、パティはアークを押しのけたかと思うと、明らかに言い訳めいた用事を口にしながら出て行ってしまった。一人残されたアークの横では、ふわふわしていたはずのパンケーキがすっかりしぼんでしまっている。
「ううっ……、ううう……」
泣きながらパンケーキにフォークを刺す。普段ならきちんとナイフで小さく切ってから口に運ぶが、今はそんなことをしている精神的な余裕がない。持ち上げて端からかぶりつく。
冷めてもしぼんでもパンケーキはおいしかった。アーク好みの、控えめで優しい甘さのパンケーキ。少し焦がしたバターの香ばしい風味のするところも好きだった。
俺の味に文句をつけるな、なんて言いながら、パティは結局アークが好んで食べる味に寄せてくれる。それは好意だったのではないのだろうか?
「え……、えええ~……! ちょっとグレーテル、またアークさんに酷いこと言っちゃった?」
「なんでそうなるんだよ! それじゃあまるで、僕がいつも酷いことばっかり言ってるみたいに聞こえるじゃないか!」
「そういうわけじゃないけど、グレーテル、最初に会ったときにもアークさんのこと泣かせてたし……」
「あ、あれは、僕にも悪いところはあったけど……っ、でも、アークさんだって僕のクッキーまずいって言ったりしてて結構酷いし、あっ、そう、それに今回は僕じゃないし!」
ドアの方からにぎやかな声が聞こえてくる。
顔を上げると、ぼんやりと子供たちが見える。にじむ視界を袖で拭って、アークは笑顔を作った。いくらなんでも、子供たちの前でべそをかいたままではいられない。
「やあヘンゼルくんにグレーテルくん、どうしたんだい? パティを探しているのかな?」
「あっ! そう、そうなんです! 僕、今日パティさんにカップケーキの作り方を見てもらうことになってて……」
「そうだったんだね。でもそうだな、今はちょっとパティは外に出ていてね……」
「うん、知ってる! だってパティさん、さっきケモノみたいな声を上げながら森の奥の方に走ってってたもん!」
「すごかったよね、何かあったのかな?」
「どうだろ、手懐けの笛とか、吹いた方がいいかな?」
「ヘンゼルが? パティさん、ヘンゼルの笛で落ち着いてくれるかなあ……?」
「ディシーさんなら落ち着いてくれるよ! 最近はヘタクソって言いながらも優しく教えてくれるようになったんだぁ」
「……それはディシーさんだからじゃないかなあ?」
「そう? でもやってみないとわからないし、パティさん探しに行く?」
「うーん……、でもあれ、そっとしておいたほうがよさそうな顔だったと思うよ?」
「そうだった? 全然見てなかったけど」
「ヘンゼル、ディシーさん以外のことはよく見てないでしょ」
「えっへへ……、そうかも」
子供たちの気の抜けるようなやり取りを見ながら、アークは思わず笑みをこぼした。これまでは魔女のエサ程度にしか思っていなかった子供たちだが、今では森の仲間たちと同じように愛着を感じている。それはきっとパティも同じなのだろう。二人のことをまるで本当の子供のように可愛がっていた。
「……ねえ、アークさん、本当に何があったの?」
眺めていると、グレーテルが心配そうな顔で言う。そんなにひどい顔をしているのだろうか。どう答えたものかわからず、アークはそっと笑みを浮かべた。