猗窩煉󠄁ワンドロ「汗」「無自覚」雨音なしの朝を迎えるのは、実に四日振りだった。
猗窩座の日課は、陽が登り切る前の澄んだ明朝の朝を駆け抜ける事だった。天気に恵まれた日は毎朝、出勤前の約一時間をマラソンに当てている。
理由は単純、体力作りの一貫として。学生時代までは運動部に所属していたものの、社会に出てデスクワークが増えると自然と体を動かす機会が失われて行くことが耐えられなかった。自分自身を追い込み、鍛えることは猗窩座にとって趣味であり、良いリフレッシュの一旦を担っていた。
まだ明るくなりきらない部屋で、ランニングウェアに着替える同居人を、ベッドの上から見守る。スマートウォッチを左手首に巻いて、小さなポーチを腰に巻き、少しずつ出発の準備が進んでいく。
「雨、降ってない?」
「雲ひとつなさそうだ。」
「それは良かった、久し振りに走れるな。」
「もう、足がむずむずして仕方がない。」
小雨決行の日課も、土砂降りや強風の朝はお休みしている。
ここ数日は雨降りが続いていて、風の子のように街を駆け抜けることを趣味にしている彼曰く、三日も走れない日が続くと足がむず痒くなるそうだ。
体が、風を切ることを求めて切なくなるとも言っていた。
「一緒に行こうかな。」
「いいぞ、今日はいい日だ。」
「君も、今日はオフだったよな?」
「ああ、杏寿郎も?」
「そう。」
恋人は気紛れに、休日の朝や気が向いた時に、こうして誘ってくる。
杏寿郎が身支度をしている間、柔軟とスクワットをして体をあたためて待つ。
来る日も来る日も朝に出て行く俺を見て、興味本位でついてきたら存外心地がいいと笑った日のことを思い出す。毎朝共に走っても良いぞ、と誘うとそれは即答で断られたものの、なんだかんだ言いながら週に一度か二度、こうして朝から同じ時間を共有できるのは幸福な事だと感じている。
長い金髪をキャップに仕舞った恋人が戻ると、足首を軽く回して早速出かけようとする。
「杏寿郎、準備運動。」
「はいはい。」
「侮るなよ、足攣ったの忘れたのか?」
「覚えてるよ、ちゃんとする。」
気温と湿度を確認して、恋人へタオルを手渡す。
自分一人で走る時は決めたルートをその日の気分で選択し一定速度を守って走り、足が重たくなるくらいに負荷をかけることを好んでいるが、恋人は違う。
杏寿郎は、短い距離を疾走してインターバルを長く取るのを好んでいるようだった。話しができる程度で並走するよりも、集中して走りぬけ、その緊張から放たれた合間に一言、二言交わすのが良いらしい。
好むスタイルが全く異なるので、こうして連れ立って走る時は5km〜10kmを無理なく走ること、出来るだけ景色の良いコースを選択することが自然と約束事になった。
朝焼けに彩られた街を駆ける。
降り続いた雨のせいか土と草の匂いが濃い。遊歩道を抜けて折り返しポイントの公園で冷えた水を喉に流す、猗窩座の手渡したタオルで首元に伝う汗を拭い髪を収めたままのキャップを外す。体温がこもっていた頭頂に風が通ると心地よく、息を吐く。
「気持ちいいな。」
「ああ、今日は暑くなりそうだ。」
抜けるような空の色が濃くなって、眩しいくらいの青色が街を覆う。汗を拭う猗窩座を見て、再び長い髪をキャップの中に整える。
ボトルキャップを締めて、ポーチにしまう猗窩座の手の甲を杏寿郎の指先がつつく。
「今日、しようか。」
「しようか?」
「君、先にシャワーを使っていいぞ。」
「?ありがとう。」