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    ■現パロ
    港町に夜逃げしてこっそり生きてる猗窩煉に思いを馳せています

    ミモザと猗窩煉 「海が見える街に住もう。できれば陽の出が見られる部屋」そう言ったのは彼奴あいつの方で「雪が降る町がいい」と返したのは俺だった。

     海から吹き付ける風はいつまでも真冬の厳しさが付きまとっている。
     体感気温をぐっと下げる冷たい風に、鼻の奥の方が冷やされる。涙を堪えている時のように、鼻の奥の方にツンと響く痛みがある。潮風に混ざる冬の気配は、雪の香りと共に色濃く残されていて、曇天に隠れた太陽を恋しく思わせた。

     この街に辿り着いてからというもの、閉め切ったままのカーテンを見上げて「雪のにおいがする」と忌々しく呟く朝が何度もあった。カーテンを開けずとも分かる、真冬らしい乾ききった空気の先にある妙な湿っぽさと、古い本を開いた時のようなあの埃を被った懐かしさ、そんな匂いを感じる時は決まって外に雪景色が広がっている。
     この感覚を、何度説明しても彼奴は一向に理解を示さない。きっと、分かろうともしていなかった。乱暴なほどの勢いでカーテンを開き、曇天を突き抜ける陽光で俺の目を焼きながら「正解」と頼んでもいない答え合わせをしてくる。まさに、今朝がそうだった。

     砂粒のように小さな粉雪が、強い潮風に吹かれて北へと流れていく。家路を急ぐ自分へ吹き付ける雪粒と、体を押し返すように迫る向かい風に自然と体が強張って息が詰まってしまう。呼吸の仕方を忘れてしまいそうな大自然の一端を前に、なすすべなく白く小さな攻撃を浴び続けると、全身の中で唯一露出している顔面が、その被害を一番被る。鼻先や耳の先など出っ張っている個所から感覚が失われていき、冷たいという感覚が超えると、痛いに変わって、それから何も感じなくなるのだと知ったのも、この街に来てからだった。

     三月といえば、住み慣れた町ではもう春の兆しを感じられる頃合いであったし、もう少し街並みも浮かれていたように思う。まだまだ冬の風合いが濃く、まるで追い立てるように吹き付ける粉雪が音もなく消えていく街では、春はまだ遠い。
     顎の先を埋めていたマフラーを引き上げて鼻下まで覆い隠すと、持ち主である同居人が好んで燻らせる煙の香りがした。真夏の陽射しを思わせる、コントラストのキツい彼奴の姿が、太陽を直視してしまった後のように目蓋の裏に焼き付いて離れない。

     まばたきの度にちかちかと目の前で爆ぜる黄金の輝きは、今ごろ部屋で暖を取っている盛夏の彼の幻に他ならないが、目蓋の裏に住み着く幻によく似た花が、自分と同じように降り注ぐ粉雪に打たれながら佇んでいた。

    *

     街全体が放熱しているような夏の盛りの頃、空気の淀んだ故郷には別れも告げずに宛てもなく飛び出した。
     幸も不幸も目が眩んでよく見えなくなればいいと安直な考えが半分、手を取ったパートナーがそれはそれは夜が似合う男であるのが気に入らず、いっそ陽に焼いてやろうと思ったのが半分。無策に目指した浜辺の町に、そのまま住み着くとは露とも考えていなかった。

     点けっぱなしで眠り付いたエアコンの温風では、到底感じ得るはずの湿度と温度にちょうど心地よく落ちていた眠りの縁から引き上げられる。目を瞑っていても分かる明るさに陽が高いことを悟り、同時に未だ起きるには早いと怠惰な思いが膨らむ。目を開かなければ再び夢の中に戻るのも容易だろうと、重たくて苦しいくらいの毛布を引き上げ直す。
     綿が潰れた布団も、悪趣味な花柄の毛布も、決して眠れたものじゃないと文句を言っていたのは三回目の晩までで、今では捨て置いて退去した前住民に感謝をするほどに体に馴染んでいた。

     体温の移った毛布を抱き締めて、離れていきそうな夢の端に往生際悪く縋り付いて二度寝を成し遂げようと試みるものの、部屋に漂う食欲そそる香りに阻まれる。狭いワンルーム、キッチンで煮炊きを行うと直ぐに部屋中にその香りと熱気が広がっていく。掴みかけた夢の一端は、空っぽの胃袋から聞こえる鳴き声をとどめにして、手の届かない遠くへ去っていく。

    「起きたか、杏寿郎」
    「起こされたんだ」
    「腹の虫にか、それは可愛そうに」

     開いているか疑わしいほどに細められた目で、しっかりとキッチンを捉える。二人で並ぶには小さいスペースに、同居人の影が動いている。冬眠明けの熊のように、ゆったりと重たい足取りで、決して遠くないはずのキッチンを目指す。
     もともと癖のある金髪が、横臥した向きを示すように右半分だけ大きく跳ね上がり、重心がブレた歩みに合わせて揺れる。一度では飽き足らず二度目の鳴き声を上げる腹を撫でてやると、着古して毛玉のついたスウェットのざらざらとした触り心地が珍しく何度も手の平を往復させた。

     隙間風の吹く部屋、草臥れて毛玉のついた服、食事や他人の生活音で目覚める昼。万年床、煙草の匂い、白鳥の鳴き声。どれもこれも馴染みがなく、褪せた色彩の日々がこれほど豊かなものだとは知らなかった。

    *
     シンクの中に直接落とされた卵の殻と即席乾麺のパッケージ、乱暴に潰された発泡酒の空き缶はプルタップが丁寧に取られている。寝癖を直す気もない煉獄が、匂いの正体が味噌ラーメンのそれだと知るのとほぼ同時に、荒んだままのシンクに似付かわしくない彩りに気が付く。

     狭小のシンクには、小さな出窓がついている。窓枠に並ぶのは、二人暮らしにしては少なすぎるカラトリーを放り込んだワンカップの空瓶と、灰皿代わりに使いこんでいるエナジードリンクの空き缶。
     この部屋に馴染んだ二つの空き容器のとなりで、味噌の香りとインスタント麺特有の油っぽい匂いにつつまれながらも、色鮮やかさを失わない黄金色が揺れている。

    「たんぽぽ?」
    「うそだろ」
    「菜の花か」

     ぐつぐつと煮える味噌ラーメンを割りばしで掻き混ぜていた手が止まる。ゴミ受け代わりになっているシンクで顔を洗う煉獄の後頭部に、信じられないものを見るような視線が向けられているが、当の本人は気が付かない。
     濡れたままの顔を、濡れたままの手で拭いながら、煉獄の頭の中には知っている黄色い花弁の花が巡っていた。カーネーション、ひまわり、水仙、そのどれもが、目の前にはある花とは似ても似つかない。たんぽぽか菜の花、このどちらでもないとなれば、もう頭の中の花図鑑には載っていない。

    「ミモザだ」
    「ふうん」
    「ミモザサラダの」
    「知らないな」

     濡れた指でスマートフォンを操り、割れた画面の中に彩り豊かで食欲をそそるサラダの写真が並ぶ。レタスの緑を引き立たせる炒り卵と真っ赤なトマト。小さなサムネイルがモザイクタイルのように敷き詰められた検索画面と、目の前でコーラの空き瓶に活けられた花を見比べる。
     手元と目線の先とを見比べる間、整えられることなく主張する寝癖が頭の動きに合わせて跳ねていた。三往復したところで、三度目の悲鳴を上げた腹の虫に顔を見合わせる。

    「お前のぶんはないぞ」
    「構わない。君のを貰うからな」

     フリーペーパーの地方紙を折り畳んで、その上に鍋を置く。見慣れた紫煙よりもずっと優しい色合いの湯気が鍋の近くを漂い、猗窩座が細く吹き掛ける息で瞬く間に散って、何事もなかったかのように直ぐにまた湯気が漂う。
     煉獄が小さな火種を頼りに煙草に火を点けると、より深く、往生際悪く部屋の中に残る紫煙が昇り、部屋の酸素がすこしだけ薄くなった。

     窓の外、あれほど吹き荒んでいた風も雪も姿はなく、ただ鈍い色をした雲が街を覆っている。夏はまだ遠い。
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