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    現パロ、狛と猗が兄弟

    ゆりかご 官庁街を進む軽トラック。
     ホロ付きの車体は、お世辞にも新しいとは言えない。しかし、運転手の青年によって丁寧にメンテナンスを施され、走行距離が15万㎞に超えようとしているとは思えないほど、問題なく安定した走行を可能にしていた。

    「お前、いい加減にしろよ」
    「弱いくせに喧嘩を吹っ掛けたほうが悪い」
    「そんな暴論通用しないぞ」

     ハンドルを握る青年が、助手席に座る青年へ声をかける。
    助手席のシートに深く腰を沈める青年は車窓に顔を背けたままで、運転席からは表情を伺えない。しかし、ハンドルを握る青年には、不機嫌を隠さずにつまらなそうに眉間を近付けている顔が手に取るように分かっていた。そういう声色をしているし、それが彼のこどもっぽい癖でもある。



    「そうやって我慢できないうちは、お前も同じ土俵に上がってるってことを忘れるなよ」
    「よし降ろせ、お前も同じ目に合わせてやる」

     運転席の狛治が、わざとらしくその言葉に大針を含ませて返すと、直ぐに額に筋を浮かべて舌打ちが返ってきた。
     たった3分間ほど遅く産まれてきた同い年の弟は、母の胎内に我慢や節度といった、人間社会で生きていくのに重要な心を置き忘れて来てしまったのだと思う。母は、その大切な忘れ物を届けることなく先に逝ってしまったので、弟にこれらの道徳を持たせる術がなくなった。

     喧嘩の際につよく殴った衝撃で出来たのだろう、拳に浮いた真っ赤な擦り傷からは今にも血が滲みだしそうで、視界の端に見えた途端に堪え切れず溜め息が出る。それですら、弟の神経を逆撫でたのだろう、今度こそ口だけでなく明確に自分へ向けて攻撃つもりで強く握られた手指を無視して、更に大きく息を吐き出した。

    「暴れんな、事故ったらお義父さんに殴られる」
    「慶蔵に一発食らうのも二発食らうのも同じことだろう」
    「拳骨で済めばいいけどな」

     信号が青に変わる。停止線を超える時、見た目には分からない程度の盛り上がりがあり、軽く車体が上下に揺れた。
     バックミラーに引っ掛けられた、鈴付きのお守りが軽やかな音を立てる。「安全運転」と刺繍が施してあり、裏面にかわいらしくデフォルメされたカエルが描かれたお守りには、車の所有者とドライバーへ対する愛情が込められている。「いってらっしゃい」と玄関先まで出て見送ってくれた婚約者の花も恥じらう笑顔を思い出す。

    「お前がゲロんなければバレっこない」
    「バレなければ最初から無いのと同じって、最低の理論だぞ」
    「お前らみたいな仲良し家族ごっこよりはましだろ」
    「ぶん殴る。お前が先におりろ」
    「ようやくその気になったか、狛治!」

     嬉々として声を上げる弟の声色は、きらきらと煌めく瞳の色を含んだように跳ねていて、分かり易い大きな釣り針に引っ掛かるのは自分も弟も同じだと気付かされる。大切に隠しているはずの逆鱗は、当人が思っているよりもずっと分かりやすくその場所を示していて、筆の先ていどの擽りようでもすぐに神経が逆撫でられて頭の中が沸騰する。
     ほんの僅かに残った理性で左方向へウィンカーを出し、路肩に幅寄せをして停車する。急ブレーキにならないように、などと同乗者を気遣う余裕はなく、金切り声のようなブレーキ音を立てて軽トラックが減速し、どちらともなく喉奥に空気がつかえた唸り声が漏れた。

     怒りが沸くと目の前が真っ赤に塗りつぶされる。このイメージは兄弟共通のもので、怒りのエネルギーが頭の中で沸騰し、目の奥から血が噴き出してしまう気さえする。こうなるともう、自制が効かない。自分では止まりようもなく、また、誰よりも強く、誰よりも鍛えぬいている自負あるため、制御できるのは師範である義父か、

    「杏寿郎!」

     左側の鼓膜が激しく振動し、怒りに熱せられた脳みそが激しく揺さぶられる。耳鳴りを覚える程の大声を発した弟が、歩行者の迷惑を顧みずに勢いよく扉を開き、そのまま飛び出していく。開け広げられた助手席のドア、弟の跳躍の反動で揺れる車内でチリリと鈴が鳴る。
     額面通り飛び出した弟は春一番の早さで「杏寿郎」の元へ駆けて行く。怒りに支配された体を、抑えられる唯一の赤の他人。

    「おい!」
    「お前の相手は帰ってからだ、狛治!」
    「ゴミはどうすんだ!」
    「その辺に捨てておけ」

     今までの怒りなんて素知らぬ顔で、こちらへ向けて振りかざす寸前だった拳を振りながら、篝火の髪を持つ男の元に駆ける背を見送る。三度目の溜め息は、弟が巻き起こした春風の名残に巻かれて散り散りに流れ、呼気と一緒に自分の熱も抜けていった。

    「お前も、歩けるならどっか行ってくれ」

     助手席の扉を仕方なしに閉める、チリリと鈴の音が鳴ってから荷台を覆い隠すホロを小さく捲り簡易的に作られた暗闇へ向けて声をかける。土と、少しの鉄の香りが満ちる荷台から、車体が揺れていないのに唸り声が漏れた。

     二人分軽くなった車体で、花の宿る許嫁の元へ帰る。
     鈴の音を鳴らして。
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