短冊に願いを込めて梅雨が明けて早2週間が経過し、ジリジリと太陽が肌を刺すような暑さが続く7月。本当に人間の体が発火して死んでしまうんじゃないかと勘違いしてしまいそうな昼下がり。
今日は組織として何かがある訳じゃないけれど、暑さを凌ぐためにマアナと2人でアジトに避難していた。
「マアナ、だいじょうぶ?」
「……うん。スゥも大丈夫?」
「うん、お茶……のも?」
そう言って2人で冷蔵庫に向かい扉を開けるとエアコンよりも冷えた風がふんわりと私たちを包み込んだ。
「なに飲もうか……オレンジジュースもある……」
「マアナ、スゥと同じの飲む」
「うん、じゃあオレンジジュース飲もっか」
紙のパックを手に取り、オレンジジュースをグラスに注いでいく。オレンジ特有の少しだけ酸っぱい匂いが鼻をくすぐる。
2人分のジュースを注いだ後、ソファを指さしあっちで飲も?と声を掛けるとコクリとうなづいて移動をする。その時、ガチャりという音と共に誰かが入ってきた。
「お、シーレとマアナ。来てたのか」
「!!犬神さん、こんにちは……?」
「うん?どうした、なんか不思議そうな顔して」
「……えっと、天津さん……いないので」
「俺がいつでもヨシカゲと一緒だと思うなよ……?」
「……ごめんなさい」
「まぁ、別にいいけどよ。で、2人はどうして今日はここ来てんだ?」
「おそと……暑いから……おやすみしてた」
「なるほどな、今日は本当に死んじまうくらい暑いからなぁ」
そう言うと犬神さんもまた、冷蔵庫を開けて飲み物を取り出し喉を潤していた。
「……犬神さん」
「ん?どうした?」
「えっと……七夕のお願い何か……しますか?」
「お願いなぁ…」
そう言って犬神さんが考え込む。難しい問題だったろうかと少し不安そうな表情をしていると、犬神さんがわたしの頭を優しく撫でた。
「そんな不安そうな表情しなくても、無いわけじゃないからな」
「そう……ですか。でも言うのは恥ずかしいんですか……?」
「いや、別にそんなことない」
「なら……短冊書いてくれますか?」
「短冊?まぁいいけど……どこか吊るす場所あんの?」
「スゥと笹もらいに行く……」
「貰いにって……2人だと結構大変じゃないか?」
「そんなに大きいんですか……?」
「まぁ大きくはないはずだし、大丈夫……か?」
「わたしとマアナ……ふたりでできます……!」
自信はあると意気込んでいるが、犬神としてはやはり少しだけ心配で顔が曇る。
「何かあったらすぐ言うんだぞ?」
「はい……!マアナ、いこ」
「うん」
2人の小さな子どもたちはパタパタという足音を鳴らしながら玄関を出ていく。扉が閉まる直前、扉の隙間から少しだけ心配そうな犬神さんが見えた。
「笹……より先短冊……?」
「スゥ……あそこ、笹あるよ」
そう言われ見てみると、笹が売られていた。
「ほんとだ……!マアナ、いこ?」
「うん」
2人で手を繋いで買いに行くと遠くで見ていた時はそこまで大きくは見えなかった笹。確かにこれは2人で持って帰れるだろうか……?と考えていると声を掛けられる。
「やっぱり、大きいだろ?笹」
「あ、犬神さん…天津さんも」
「シーレ、勘違いするんじゃないぞ。ヨシカゲとはそこ出会っただけだからな。一緒に来たわけじゃないからな?」
「レオはまたそんなこと言って〜、待ってたんじゃねぇの?」
天津さんがいつもの調子でニヤニヤとしていると、騙し討ちをされ天津さんがヘタリと倒れ込んだ。
「えっと……その……大丈夫です?」
「大丈夫、大丈夫。ヨシカゲだしな」
そう言って天津さんを無視をして犬神さんは笹を1つ手に取った。
「シーレ、笹これでいいか?」
「えっ……あ、はい……」
そう答えると犬神さんは店員さんに声を掛けて、支払いを済ませた。
「あ、あとで……お返ししますね」
「あー別に気にしなくてもヨシカゲの財布からスった分だし気にしなくてもいいぞ」
「……え?」
そう言ってヨシカゲさんの方を見るとやれやれと少し困り顔。本当か嘘かはさておき、お金は後でヨシカゲさんに渡さないといけない……と考えていると服の袖をちょんちょんと引っ張られる。
「ん?マアナ……どうした?」
「短冊……あれ」
「あ、あれにしようか」
そう言って短冊と七夕飾りがセットになっているキットを買い犬神さんの元へと帰る。
「……買ってきました」
「そうだな、じゃあ帰るか。みんなには連絡入れといたから」
その言葉を聞いた2人は顔を見合わせて、にっこりと微笑んで、来た道を戻っていく。小さな影が2つとそれを見守る影もまた2つ。
家に帰れば、飾り付けと願い事をみんなに……そんな事をふんわり考えていた。
「みんな同じ願い事だと……いいな」
そんな言葉が零れた。
「スゥ……だいじょうぶだよ」
「……マアナ?」
「きっと、みんな同じ……マアナはおなじ」
「……そうだよね。大丈夫だよね」
先程まで太陽のように明るかったはずの笑顔が少しだけ陰る。同じお願い……それは私が勝手なお願いなのかな。不安は少しづつ胸の中にじんわりと広がって、闇が深くなるのを感じていた。
気がつけばアジトについていて、そこには鬼嵜さんとエニシダさんがおかえりと優しく出迎えてくれた。わたしはただいま、と返事をして早速七夕飾りを笹に括りつける。
マアナはと言えば、それぞれに短冊とペンを配ってわたしの代わりに書いてとお願いしていた。
「スゥも、かこ?」
「……うん、そうだね」
そう言ってマアナから短冊を受け取り、願い事を書いてみる。みんなとずっと一緒に…と書いているところで声がかけられる。
「シーちゃん、これ吊るす場所どこでもいいの〜?」
「あっ、えっと……すきな場所でいいです……」
「うん、わかったぁ」
そう言って笹の高い場所へと短冊が吊るされた。
「鬼嵜さん、願い事…何にしました?」
「うん?みんなとずーーーーーっとなかよしでいられますようにって書いたよぉ?」
その言葉を聞いて、不安が薄まる。
「俺もできた!」
そう言って犬神さんが続いて短冊を吊るす。今度組織全員で飯食いに行けますように…と書かれた短冊が揺れる。
「スゥ…みんなスゥとおなじお願い…」
「おなじ…そうだよね、きっとおなじ」
風に揺れる短冊を見て、お願いをそっと書き換える。
「あら?シーレお願い変えるの?」
「あっ、えっと…そんな感じです」
「なら、私の使いなさい」
「エニシダさんは…お願いいいんですか……?」
「私はアスキが居れば大体は叶うし、今はほら面白そうなものを撮れそうだから…ね?」
そう言って見つめる先には、天津さんと犬神さんが隣合って話している後ろ姿。
天津さんの背中には1枚の短冊がひらひらと風に揺られて笹という文字と、早死しにませんようにという願いが見え隠れする。視線に気づいたのか、犬神さんがこちらへと近づいてきて悪戯な笑みを浮かべながら近づいてくる。
「あれ30分経ったら剥がそうと思うんだけど、シーレはいつ気づくと思う?」
「えっ?うーん……なら最後まで気づかないと思います…!」
「なら、最後まで気づかなかったらシーレと俺の勝ちだな!」
「……はい!」
「なら私はそれを記録しておこうかしら」
「あっ、それいいじゃん!あとで笑いものにしようぜ」
そんな悪巧みを仕掛けてるのを聞きながら書いた願い事をそっと笹の高い場所へと吊るす。
「あ、シーちゃん。頑張って背伸びしてる〜」
「高い場所に吊るしたら、よく見てくれるかな…って思って……」
「そっかぁ〜なら、おんぶしてあげるからもっと高い場所に吊るしたらぁ?」
「……はい!」
そう言っていつかのようにおんぶをしてもらい高い場所へとわたしとマアナ2人分の短冊を吊るした。
「んで、シーちゃんはお願い何にしたの?」
「えっ、えっと……みんなのお願いが叶いますように……です」
少しだけ恥ずかしそうにそう答えれば、鬼嵜さんはにこりと微笑んだ。
年に一度しか逢えないなんて、離れ離れなんて今の私たちからすれば程遠い話だけどみんないつかはいなくなる。天津さんみたいに行方不明になったり、私みたいに記憶を無くしてしまったり、死んでしまったり。
いなくなるは、色んな形で存在している。だからどうか、みんながここにいる間だけはずっと一緒にいてご飯が食べれる……そんなあたりまえの日常みたいなお願いが叶いますように。この小さな短冊に願いを込めて。