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    かなすけ

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    かなすけ

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    ひととせの秋と、バンドのプロデューサーの話

    懐かしい記憶は、雨音と共にじめっとした湿気に溢れた部屋で目が覚める。そばに置いていたスマホで時間を確認すれば、時刻は8時を少しすぎた時間。私にしては少しだけ、早起き。

    じめっとした部屋を抜け出し、リビングに向かうと雪がソファで寝転んでいた。

    「来てたんだ、おはよう」

    「あ、アセナ。ご飯作って〜」

    「は?なんでよ。てか私も寝起きなんだけど。雪が作ってよ」

    「めんどくさーい」

    「……はぁ、分かった。フレンチトーストあるからそれでいい?」

    こくりと頷くのを確認し、冷蔵庫を開ければ浸していたパンが見える。昨日食べたくなって浸したはいいが、量が多くなってしまったしマヤにでも上げようかと考えていたが、ちょうどいい残飯処理ができたなどと内心思いながら冷蔵庫から取り出す。

    一晩じっくり浸したパンは卵液を吸い上げ、真っ黄色になっていた。いい感じに仕上がったのではないか?と少しウキウキしながらをフライパンに乗せて焼く。

    甘い香りが部屋に広がる。甘い香り、幼い時には知らなかった幸せの香りに満たされる頃にお皿に移し替える。

    「ほら、できたよ」

    「ありがとー」

    そう言って出したフレンチトーストをモグモグと食べている。私もジャムを添えて食べていると携帯のアラームが鳴る。それと同時にLINEが入り、お姉ちゃん、今日覚えてる?の文字が見えた。

    携帯を手に取り『大丈夫。覚えてるよ』と返すと、『いつもの場所で』とだけ返事が来る。
    アジトから駅はそう遠くはないが、天気予報によれば今日は雨が降るらしい。

    早めに出なければ、雨に打たれてしまう。そう思い、早めに支度を始めた。ワインレッドのシャツに、黒のスカートを履く。プライベートで足を出すなんて久しぶり過ぎて少しだけ恥ずかしい。

    鏡でおかしくないか確認するが、どうしても切り傷に目がいく。タイツを履いても、自分の目には嫌になるくらい傷跡が見える。苦しくて、吐き出したいのに何も吐けなくて、泣いていた自分が脳裏に浮かんだ。

    その日も雨が降っていた。テストが終わって、言わいる高得点を取れた。遊ばずに勉強していたから、できた。頑張った。苦手なところも落とさないようにって……頑張っていたのに。

    お母さんにとってそれは"あたりまえ"でできない方がおかしいと言われていた。
    洗脳みたいだった。だけど、この人に捨てられたら私もマヤも肩身の狭い思いをする。これ以上、狭くなればうっかり身を投げてしまう。

    そう思って、頑張っていた。だけどある日それがぷつんと、音をたてて切れた。

    もう無理だよ、頑張れない。どうしたらいい?わかんない。たすけてほしい。だけどマヤは……もうお母さんに嫌われてる。私が頑張らなきゃいけないのに。ごめんマヤ。もうお姉ちゃん……ダメだよ。

    胸の内から吐き出た言葉。ルーズリーフを破いて、参考書を切り裂く。ノートも全部…破いた。壊せるものは壊した。それだけでは、この気持ちは収まらない。

    ふと、自分の手を見た。まだ、壊していない物が残ってる…。試しに足を切る。痛かった。だけどなぜだか痛みよりも、気持ちが楽になるのを感じた。






    これだ、これだ……私が求めていたのは……。そんなことを思ってしまった。







    その日から私の切り傷が増えた。楽になりたかった。ただ……楽になってしまった。本当にその一心だった。




    嫌な思い出だ。思い出す度また刃物を手に取って傷をつけたくなる。切り裂いてそれを燃やして、無かったことにしたいとたえ思う。




    「……無かったことになんて、ならないのにね」

    じめっとした空気に独り言をひとつ落とす。

    時間を見てみれば、もう少しでアジトを出る時間。嫌な記憶を思い出したせいで気分は乗らないが約束は約束…そう自分に言い聞かせアジトを出た。

    雨はもう降り出していて、足元が悪い。服が濡れないように車道側に近づかないように歩きながら目的地に向かう。

    rainy townという可愛らしい看板が掛けられた扉を開けばカランカランと優しいベルの音がする。窓際にあるカウンター席にはマヤの姿はなかった。

    「いらっしゃいませ、1名様でよろしかったでしょうか?」

    「あ、2名で。後から人が来ると思います」

    「かしこまりました。お席の方どちらに致しますか?」

    「カウンター席で」

    「かしこまりました。お好きな席どうぞ」

    そう言われてありがとうございます、とだけ伝えいつもの席へと向かう。メニューを取り注文を考えていると、後ろから声をかけられる。

    「お姉ちゃん、遅くなってごめん」

    「別に待ってないよ。はい、メニュー」

    「お姉ちゃん決まったの?」

    「私選ぶのいつも一緒だから。マヤは違うでしょ?」

    「なら、有難く借りるね」

    そう言ってマヤがメニューを見る。季節限定と書かれたパンケーキや、1番人気などの文字を見ながらキラキラと目が輝く。

    「決まった?」

    「うん、すいませーん。注文お願いします」

    そう声をかければ店員さんが駆けてきて注文をする。人とあまり話したがらないのは私たち姉妹の似てしまったところだと思っていたのに少しだけ私より大人なマヤが代わりに注文をしてくれた。

    「ねぇお姉ちゃん、最近大丈夫?」

    「大丈夫って?」

    「仕事とか」

    「まぁ大丈夫かな?別にしんどい事ないし」

    「なら、いいけど。あ、今度ライブあるんだけど見る?ネチケもあるけど」

    「行こうかな。久しぶりに」

    「ほんと?ならとっておくね!」

    そう言って笑う笑顔になるマヤを見ると不思議と胸にあったものが溶けていく。

    マヤは……笑顔で過ごせている。その事実がどうしようもないくらい幸せに感じる。外はまだ雨が降っている。

    「あ、お姉ちゃん寒くない?これ着な」

    そう言って持っていたカーディガンを掛けられる。少し前まで着ていたお陰か、少しあたたくて幸せな気持ちになる。

    「マヤ」

    「うん?」

    「……ありがとうね」

    雨も、たまには悪くないかもしれない。
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