いつかどこかでおこること「あ、えっと…取り込み中すまない」
いつものように定期連絡を持ってキャンプ・ドラゴンヘッドへ足を運ぶ。あの冷たき大地へ赴くのにもそらそろ慣れはじめた。しかし今日は終末関係の事で若干書類が多い。作業を足早に済ませようと挨拶もなく二枚扉を開けると、先客がいたようでいくつかの視線がこちらを向いた。
「出直そう」
「いやいいよ、別に何してるってわけでもないしな。定期連絡だろ?」
「そ、そうだが…」
視線の圧に踵を返そうとした私をエマネラン卿は声で制止する。促すように手を出していたので、私は視線の中その手に近寄りサイドバッグから書類を出して手渡す。
「定期連絡…グランドカンパニーの方ですか?」
エマネラン卿が書類に目を通しているのを待っていると、そんな声が背後から飛んできた。振り返ると、椅子に座ってドリンクを飲んでいた先客、ミコッテの女性が私を見ていた。どこかで見た顔だ。足元にはアウラの男性がしゃがみこんでいて、同じようにこちらを見ている。
「あぁ、双蛇党所属だが…まぁ半ば冒険者のようなものだ」
「ふふ、お使いのエキスパートをしていた頃を思い出しますね」
「そうだね」
クスと男性に笑んだ女性のその言葉に、全ての合点がいく。この世界を終末から救った英雄たちだ。通りで見覚えがあるわけである。
「え、英雄殿だったか、す、すまない、無知蒙昧な口を」
「あはは、いえいえ、いいんですよ、畏まるだなんて…それに、今は英雄家業をお休みしていますし」
暁が解散したという噂はどうやら本当だったようで、そこに所属していた英雄たちも、皆冒険者という体裁に戻ったのだという。重い肩書が無くなり、少しは休めているのだろうかと他人ながらに気になったものだが、その穏やかな表情を見ればなんとなく安堵した。
「休んでるっつっても、人気者はおちおち横にもなれねぇけどな」
「エマネラン卿も我々のことを言えないのでは?」
「はは!兄貴の方が忙しいぜきっと」
グリダニアに出現していた偽神獣を黒魔道士と占星術師の英雄が鎮めに来たことを鑑みるに、きっとこの二人の英雄も偽神獣討伐に勤しんだのだろう。というか、ここにいるということはもしかして、イシュガルドで一働きしたあとなのだろうか?どれだけ忙しくても心のゆとりがあるなんて、英雄とはますます人間離れした存在のようだ。
「…あの、あなたのお名前は?」
英雄殿は、私をじっと見て尋ねた。
終末という本当の終わりから、文字通り世界全てを守った英雄。それが一人ではないとはいえ、神でも怪物でもない、こんなに普通の人たちだなんて。
「…Miyoだ」
「Miyoさん、これをもらってくださいませんか」
そう言って手を差し出す。少し近寄ると、その手には鈍く光る濃灰色のクリスタルが握られていた。初めて見るが、ソウルクリスタルだ。
「…何故私に」
「私の手に余ったものなのです。私には、これを上手く扱うことはできない。大事な約束を、破ってしまうことになります」
英雄殿が上手く扱えないものを、私が上手く扱えるわけがない。それくらいは私でも分かる。それに彼女が言う約束というのも、当然私の知り得ないことだ。
「あなたが、持っていてください。誰でもない誰かでいられる、あなたが」
でも、英雄殿の願うような顔がつくづく人らしくて。
あぁ、人の子なのだ、この人も。守れなかった人がいて、憎みたかったものがあって、後悔したことがあった。信じていたものに裏切られたことも、力及ばず砂を噛んだことも、無責任に逃げてしまいたくなったことも、怒りをどこにもぶつけられなかったこともあった。
長い旅の中で、本当にいろんなことがあったのだ。
と、他人ながらにそう思った。
「…分かった、受け取ろう」
「ありがとうございます。きっとそのソウルクリスタルの持ち主も、本望でしょう」
手のひらに乗せられた濃灰色には、不思議な重みがあった。簡単に手放してはいけないような、そんな気がした。
「待たせて悪いなMiyo、これだけ頼む」
「ん、あぁ、了解だ」
エマネラン卿は全ての書類に目を通し終え、署名が必要なものにだけさっと筆を通し私に返す。私は側に寄り、それを受け取ってサイドバッグにしまった。
「では私はこれで」
「おう!」
今度こそ踵を返しその場を後にする。去り際英雄殿に微笑まれ、私もぎこちなく返した。
建物を出ると陽はすでに傾き掛けていて、一層冷たい風が全身に吹き付ける。流石にそろそろ寒くなってくる頃だ。防寒具を見繕わなくては。
「よう」
アドネール占星台の方へ坂を降りていると、真正面に黒い渦が立った。瞬く間にそれからZhu-yanが顔を出す。少し遅れてマザーも出てきた。もう見慣れた光景だ。私は足を止めることなく視線だけで追った。
「Zhu-yan、どうかしたのか?」
「いや別に、ただ変わったケが見えたから気になった」
『久しぶりねMiyoちゃん』
「あぁ」
第一世界での一件のあと、Zhu-yanは時々私を気にかけて様子を見に来るようになった。それは別に私が心配だからというわけではない。ただ彼のことを邪魔してまで生きている私が、せめて納得できる人生を生きているのかと、それだけのこと。少し前までは私の命を狙っていたのに、不思議な話もあるものだ。
「それで…変わった気、と言ったか?心当たりは…そうだな、これくらいしかないのだが」
私は足を止めずに、先程英雄殿からもらったソウルクリスタルを見せる。Zhu-yanとマザーは二人してそれを覗き込んだ。
「間違いなくこれだな。ソウルクリスタルか?」
「あぁ、先程英雄殿にもらったんだ」
『英雄殿?それってもしかして光の戦士のことかしら?』
「そうだ」
私の掌から取り上げてまじまじと見ていたZhu-yanは少し驚いたように私を見た。
「英雄サマからプレゼントなんて、お前一体いつの間にそんな立場になったんだ?」
「いやそんな、たまたまなんだ」
私が顔の前で手を振って否定した。
すると突然Zhu-yanの手にしていたソウルクリスタルが赤く発光する。
「!」
「何だ?」
チカ、チカ、と何度か強く光を帯びると、それはふいに浮かび上がり、そして私の槍に飾られた赤い石へ吸い込まれるようにして溶けていった。あっという間のことで、目で追うのがやっとだった。
「…ふん、そういうことか」
「どういうことだ??」
わけが分からず思わず立ち止まった私の横でZhu-yanは腕を組む。分かったふうに頷くので、私は言葉の続きを求めた。
「あのソウルクリスタルには鎌を扱う奴の記録が詰められてた。少し変わった技術だが…まぁともかく、俺が触れたことで中身は俺のもんになったが、俺の存在はお前に帰属するから、クリスタル自体はお前のもんになった…と、そういうことだ」
「えっとそれはつまり…良かったということか?」
「ま、悪かねぇだろ」
あそこに私が居合わせたのは英雄殿にしてみれば本当に偶然だったし、ましてやZhu-yanの存在まで読めていたとは思えない。このソウルクリスタルが私以外の人間の手に渡る可能性だって十分にあった。それなのにこのクリスタルは私と、そしてZhu-yanを選んだ。
「正直俺としては、お前と縁ができればできるほどこっちにいられる時間が伸びるから、悪いどころか良いんだけどな」
「……そうか」
「…何笑ってんだ」
笑っていたらしい。だとしたら、きっとそれは嬉しいということだ。
「いいや、それなら良かったと思って」
『ふふ、良かったわねZhu-yan』
「おい、なんかその言い方だと俺がこいつを許してるみたいになるだろ、違うからな」
英雄は、本当に多くを救ってくれるんだな。