ピアス「あれ、マヨちゃんこんなところにピアスの穴開けてたっけ」
マヨイのドラマの撮影が始まったり、ニキも全国ツアーが始まったりしてしばらく会えない日が続いた後。久しぶりのデートをして、夕食を済ませてから一緒に椎名家に帰って来て、ニキは気が付いた。
「お仕事で必要だったので開けましたぁ。ドラマの時、ピアスつけていたの気が付きませんでしたか?」
「いやぁ……まさか本当に開けてるとは思わなくて。マグネットピアスとか、ぱっと見普通のピアスに見えるアクセサリーもあるんで、そういうのつけてると思ってたっす」
耳の上の部分の軟骨に、塞がりかけたピアスホールがある。マヨイの髪は長くて耳が隠れがちであること、そして今日は特に、出かけていた日中はほぼずっと変装用につばの広い帽子を被っていたから、気が付かなかった。
「え、もしかして刺青も……?」
今第二話まで地上波で放送されているドラマでマヨイが演じたのは、主人公が懇意にしている治安の悪い下町に住む情報屋の役だった。かなり個性的なキャラらしく、マヨイの怪演が巷で話題になっているという話は、ニキも最近耳にした。
今流行っている漫画を原作にしたドラマで、マヨイの演じたキャラは見た目は長い髪を無造作にひとつにくくった、腕に派手な龍の刺青を入れた美青年なのだが、マヨイがキャラのイメージにぴったりだと原作ファンからも好評だという。
「いいえまさか! 刺青はさすがに消すのが大変ですから、それっぽく見えるようにメイクさんに頑張っていただきました」
「消すのが大変って理由で断ったんすね?」
「元々本当に刺青を入れる予定は監督の方にもなかったようですから安心してくださぁい」
「じゃあ、ピアスも、無理に開けなくて良かったんじゃないっすか?」
「そうですけど……でも、前にライブで着る衣装に合わせてピアスつけたときに気が付いたんです。私、どうやらピアスホールが塞がりやすい体質のようでして。すぐに塞がるなら他のお仕事にも支障は出ないかと思って、ピアスの方は本当に開けちゃいましたぁ」
マヨイの口調はいつも通りで、今回のことも仕事だからという感情以上のものはなさそうだ。マヨイは、あまり自分が傷ついたり、痛い思いをすることは気にしていないようで、今みたいに仕事のために必要であればすぐにピアスの穴を開けてしまう。
開けた後も、普段からピアスをつけてオシャレをする訳でもなく、必要がなくなればすぐにピアスを外して、さっさと穴を塞いでしまう。そして、また必要があれば穴を開ける。それを平気で繰り返すマヨイの感覚は、未だにニキには理解が出来ない。
「ショックでしたか? 私が椎名さんに黙って、ピアスを開けたこと」
しばらく塞がりかけた穴の部分から目を離せないでいるニキに、マヨイが声をかける。
「……もしかして、私が傷つけられたと思って、怒ってます? 大丈夫ですよ、すぐに塞がって見えなくなるんですから」
「怒っているというか……すぐに見えなくなるなら自分を傷つけてもいいって思えるマヨちゃんが心配なんすよ。もちろん、マヨちゃんがおしゃれするためにピアスしたいって思って開けるなら止めないっすけど、そういう訳でもなさそうなんで」
「……そうですか。ふふ」
「何かおかしいっすか?」
「いえ。大切にされているんですね、私。……分かりました。これからもお仕事でどうしても必要であればピアスをするとは思いますけれど、特に必要なければ代用品で済ませます」
マヨイは幸せそうに笑った。
「だから、許してくださいね。今回のこと」
「その笑顔はずるいっすよ……」
マヨイが嬉しそうにしていると、何も言えなくなってしまう。同意するように、ニキの腹の虫が鳴いた。
「お腹空きましたか? 帰りに買ったお菓子が私の鞄に入ってますけれど、食べるなら出しますよ」
「食べる! じゃあ僕はお茶淹れてくるっす」
はぁい、とマヨイが返事をする。さっき見つけたピアスホールは、もうマヨイの髪に隠れて見えなくなっていた。