ウス誕2023/前編ドラウスに呼ばれれば行く。よほどのことがないかぎり、行かないという選択肢はない。御真祖様の場合も然り。そして、皆無に等しくなったがドラルクの場合も然りだ。
それと――稀に、もう一人。
『ノースディン、忙しい中すまない』
「珍しいですね、ミラ嬢。お元気そうで何より」
『あなたも、ノースディン』
多忙なゆえか、ミラからの要件というものは大体封書が届き、あれこれと短くしたためられていることが多い。だからこそ電話でというのは珍しすぎて、今回もまた、ノースディンは着信をとるのを一瞬躊躇していたりする。
「電話をかけてくるなど珍しいこともあるものだ。私に何か御用でも?」
『それなんだが……ノースディン、今日は何の日か知っているか?』
「今日……ああ、もちろん。ドラウスの誕生日のことですか」
『ああ』
声色を伺うに、おそらく今年もまた「行けなくなった」という話かもしれない。だが、普段は直接ドラウスに連絡を入れるはずのそれに、ノースディンは違和感を覚えた。
「ミラ嬢」
ある意味不躾な問いかもしれない。だが、聞いた方が良いと、直感が告げている。
「失礼、先に一つ伺っても?」
『ん?ああ、もちろん』
「今年もお帰りにはなられないのか?」
『ああ……そうなんだ……すまない』
「いえ、私は」
『せっかくプレゼントも用意したんだがな……無駄になってしまった』
「そんなことはない。使い魔でも飛ばせば今からでも…」
『いいや、使い魔ではなく直接渡したかったんだ。ドラウスがとても欲しがっていた物だから…』
「……」
『贈り物は人の手で渡してこそ意味がある。そうだろう?』
少しばかり悲し気にも聞こえる電話口に、ノースディンは押し黙る。言いたいことは痛いほど理解できる。相手が家族であれば――伴侶であれば尚のこと、だ。
「ミラ嬢、私が口を挟むにはおこがましい話ではあるが……もしあなたが良ければ、私が代わりに渡すというのはどうだろう?」
『……引き受けてくれるのか?』
「もちろん………ん?」
『いや、実は……それをお願いしようと思って電話したんだ…』
「なんと」
そういうことか、と合点がいく。突然の電話、祝いの日、どことなく遠慮がちなトーク――聞くべきだという直感は間違っていなかったらしい。
「もちろん、あなたの頼みならば」
『ありがとう。大変感謝する』
「そんなかしこまらず。私もちょうど祝電を送ろうと思っていたゆえ」
『ドラウスの所へはいつ?』
「今夜、21時に」
『それなら間に合うな』
「ん?」
『あなたなら了承してくれると思って……実は今し方使い魔を飛ばしてしまっていたんだ』
「なんと気が早い」
『断られたら引き返させようと腹は括っていたんだがな…事後になってしまってすまない』
「気になさらず。あなたの頼みです。到着後であっても断るわけがない」
『本当にありがとう』
思い立ったら行動に移す。その豪胆ともいえる行動力と優れた思慮があるからこそ、口先とは裏腹に彼女はノースディンを信頼し、託してきたのだ。
(さすがは極東を束ねた吸血鬼――お見通しだな)
腹の底まで知られたような感覚。それでもそこに嫌悪はない。
「あなたには本当……感服する」
『お世辞はいらないよ、ノースディン』
「お世辞ではない。心からの賛辞だ」
『フフ……ありがとう』
「それで、贈り物の中身は?品質の管理が必要なものだろうか」
『いや、必要はないよ。そのまま適当に置いておいてもらって構わない。ただ、ガラス瓶に入ったものだからそれだけは気を付けてほしい』
「わかりました」
『ドラウスに小包のまま渡してくれ。ノースディンから受け取ってもらう旨は、私からドラウスへ伝えておくよ』
「はい」
『それ以外は特に……あ、ちょっと待ってくれ』
と、不意に電話向こうで誰かの呼び声が聞こえ、ミラが慌ただしくそれに答え始めた。きっとまた仕事絡みの呼び出しに違いない。
「お忙しいようですね」
『そうだな……すまない。それじゃあ、また』
「ええ、また」
ぷつりと着信の切れる音が耳に響く。あの調子ではドラウスへの言伝も、しばしの時間を擁しそうな雰囲気だ。
(私から先にドラウスに……いや、それではミラ嬢の面目が立たないな…)
数刻もしないうちに夜の時間は終わる。だがその前にやるべきことがあるならば、棺桶に入る前に済ませておかねばならない。あれとこれとと思慮を巡らしながらノースディンが椅子から立ち上がると、突然、窓からこんこんとガラスを叩く物音がした。
「………本当に早い」
音の方を見遣れば、白じみ始めた空を背にした大きな鳥が、小包を抱えて窓ガラスを突いている。人目でミラの使い魔だと察したノースディンは、口端に笑みを零しつつ窓を開け、使い魔を迎い入れた。
「よく来たな…」
ミラの現在の所在は知れない。だがきっとミラの元から長旅を経て、この鳥は辿り着いたのだろう。羽を震わせ、何かを訴えかけるような大きな瞳でこちらを見据えてくる。その黒色もまた、主に似て思考の底を見透かすようで。
(まずは休息、か)
「……ゆっくり休んでいくといい……私も少し、休むから」
頭が上がらないとばかりに、ノースディンは目を細めた。
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