羅針盤の魔女 旅館紅薔薇編魔女の死を求め彷徨い歩く彼女らにも、一時の安寧は必要だろう。
今回は過酷な旅路の中に訪れた、休息のお話───────。
「困ったわね……」
「困りましたね……」
羅針盤の魔女一行は羅針盤に導かれとある街に来ていたのだが、ここはどうも魔女や使い魔が好かれる場ではなく。何処の宿にも宿泊を断られてしまったのだ。
「野宿しかないかしら」
(えー!最近宿にしか泊まってなかったから今更野宿なんてやだよ!)
(仕方ねーだろ、泊まれるとこがねーなら……)
(俺様もお布団で寝たいぜ〜)
(魔女をそこら辺の地面で寝かせるのはね)
(どうしましょうか……この近辺にはもう宿屋はないのですか?)
「もう一度聞き込みして参ります。夜までまだ時間はありますし」
「……」
「魔女様?」
「……バラの香りがするわ」
「えっ?ま、魔女様!?何処へ!?」
どうするかと頭を悩ませていれば、魔女が急にふらりと歩き出してしまった。ついて行くと、辿り着いたのは……
「旅館、紅薔薇……」
「旅館……?こんな所にもあったのですね」
美しい風装の旅館だった。周りには赤い薔薇が至る所に咲いている。
「入ってみましょうか」
(だな!もうここしかねーし!)
(泊まれるといいね)
(いい感じのとこだな〜!温泉はあるのか?)
(? アダム、どうしたんだい)
「……」
(兄様?)
「どうかしたの?」
「……いえ。きっと、気のせいです」
アダムが何やら足を止めたが、そう返され気にせず入ることにする。魔女達を出迎えたのは、緑の短い髪に着物を着た綺麗な女だった。
「旅館紅薔薇へようこそ。お一人様と……使い魔6名様ですね」
「泊まってもいいの?」
「もちろんです、大事なお客様ですから。我々紅薔薇は、お相手がどなたであろうと差別致しません。そういう時代は終わったのです。……そうでしょう?消えた騎士団長の坊や」
「えっ……?」
緑の髪の女は穏やかな表情から一変、鋭い視線を魔女の隣にいるアダムに向けた。
「……何故貴様がここに」
「あの戦争の後、生き残った面々でこの旅館を建てたのです。……団長の提案で」
「そうよ。私が考えたの、素敵でしょう?」
その声と共に後ろから出てきたのは、これまた美しい赤い髪に赤い瞳の着物の女だ。
「やっぱり生きてたのね」
「……お前もか」
「アダム……?知り合いなの?」
(か、かつての、敵国の猟兵団です!)
(敵国の猟兵団?)
(それって、アダムとソーンが巻き込まれた戦争の……)
「……あら。貴方の弟、どうしたの?そんな所にいるなんて」
どうやらこの女達にはソーンがアダムの中に居ることもわかっているらしい。恐らく、相当な手練だ。
「貴様には関係ない。早く手続きを済ませろ」
「んもうっ、こんな冷たい男が隣にいて貴女大丈夫なの?私が今日……熱い夜にしてあげましょうか?」
「魔女様に触れるな!穢らわしい!」
「貴様こそ気安く団長に触れるな!」
(にっ、兄様をバカにしたら僕だって怒りますよ!)
突然始まった四人の喧嘩に遠い目をする魔女と使い魔4人。途中で見かねた魔女が間に入ることにより、手続きの話に戻すことが出来た。
「部屋まではあの子……アミスターが案内してくれるわ。使い魔専用のお風呂もあるから、利用してちょうだい。ただし人の姿には戻らないこと、いいわね?」
(はーい!)
「夕食は18時からうちのシェフが食堂で振る舞うわ。食べ放題だから好きなだけ食べてちょうだいね」
(マジかよ!最高だな!!)
(旅館なのにシェフって……)
「それと……魔女さん。貴女のお風呂なんだけど」
「?」
女将が申し訳なさそうに眉を下げる。
「この間、女風呂の方が一部設備が壊れちゃってね。指定された時間以外は混浴になってるのよ。いつ入るか教えてくれたら」
「問題ないよね、魔女」
「混浴で構わないわ。この人と入るから」
(はっ!?いつの間に!?)
(反応速度えぐ)
話を聞き付けいつの間にかアダムが猫に、零夜が人の姿に入れ替わっていた。それを見た女将は目をぱちくりとさせ、口を手で抑える。
「あらあら、もしかして……そういう関係?」
「えぇ。この人は私が人生を捧げた人よ」
「もし出来るなら、時間は言うから他の客を入らないようにして欲しい。魔女の体を他の男に見られるなんて言語道断だからね」
「ちょっと零夜、そんな無理を言っちゃ」
「いいわよ。調整してあげる」
「えっ」
「団長!!また貴方は勝手に!」
「団長じゃないわ、女将よ、女将。……君達に興味が湧いたわ。夕飯の時、ぜひ話を聞かせてちょうだいね。アミスター、案内してあげて」
女将はニコニコとしているが、反対にアミスターは深く溜息をついた。そして「こちらへどうぞ」と魔女達を案内する。初めて来た場所だが、アミスターがあの女将に苦労させられているのは今のを見ただけでわかった。随分好き勝手している女将のようだ。だが、魔女や使い魔への偏見が多いこの街で、ここまで手厚くもてなしてくれるのは有難くもあった。
(なんか色々と騒がしい場所だけど……泊まれてよかったね、魔女様)
「そうね」
(何だか腑に落ちませんが……まぁ、魔女様が良いなら良いです)
(今は敵意もないようですし……戦争は終わりましたからね。争う必要も無いです)
ふと、零夜が魔女に手を重ねる。魔女は慌てて手を引っ込めた。
「零夜、まだ人がいるから」
「……すまない。久しぶりに君とゆっくり過ごせそうだから」
「お部屋はこちらになります」
アミスターに案内された部屋は、綺麗な畳の部屋だった。広々としていて、ゆっくり寛げそうだ。
「時間になりましたら布団を敷きに参りますので。それまでは心ゆくまでお寛ぎください。何かありましたらお電話の方でお願いします。それでは」
ストン、と襖が閉まる。瞬間使い魔達は各々好きに寝転んだり走り回ったりした。
(うおーー!!広い部屋!!)
(畳だ!!懐かしいな〜!!)
(飯はまだか!?)
(落ち着いてください皆さん……)
(兄様!変わった床ですね!!うわぁ、景色もとても綺麗です!!)
(お前も少し落ち着け)
気が向いたらえちくする