ただいま、僕らのワンダーランドアリス、アリス、僕はアリス
ここは僕の理想郷
ここは僕の望む世界
少しおかしなワンダーランド
さぁ、君もおいで
此処の住人になってよ
歓迎するよ。楽しいよ。全て忘れられる
全てが、僕の思い通り。
「アリス!庭の手入れやっとけって言っただろ!」
ある日のこと。
そんな白うさぎこと、アタリの怒号が響く。アリスと呼ばれたこの世界線の零夜は、本から視線を逸らすことなく口を開く。
「庭の手入れは君の担当じゃないか」
「分担した方がいいって言い出したのはアリスの方だろ!だから分担したのに!」
「毎日毎日やらなくても、花は枯れたりしないさ」
「毎日毎日やらねーと花は枯れるんだよ!」
アタリはずんずんと零夜の方へ歩み寄ると本を取り上げる。不機嫌そうな緑の瞳がじとりとアタリを見つめた。
「とにかく!今からでも遅くねーからやっとけよ!」
「……でも、もう夜だから」
「え?」
零夜が指さした窓を振り返ると、先程までの昼間の晴れた空が星々が輝く夜空に変わっていた。
この国の天気や時間帯は、零夜の気分によって変わる。つまり今彼は意図的に、時間を夜にしたのだ。
「やりたくねーからって夜にするなよ!!いいか!明日はぜってーやれよ!!わかったな!?」
「……何でもやるって言ったのは君なのに」
「それとこれとは別だろ!明日やらなかったらマジで怒るからな!ったく、チェシャ猫みてーにだらけて、みっともねーな」
この国でトップレベルに頭のおかしいチェシャ猫ことサーティーンのようだと言われたのが気に食わなかったのか、零夜はアタリを強く睨みつける。
「何だって?僕があのチェシャ猫のようだと?」
「そうだぜ。つーか、森の管理してる分チェシャ猫の方が働き者なんじゃねーの?気分屋のアリスと違ってさ!」
ムキになったアタリが言うと、零夜はムッとして鎌を出現させた。
「へぇ、そんなに首を斬られたいのかい?白うさぎ」
「いいぜ、今回ばっかりは引かねーから!斬ってみろよ女王様!」
この国では、アリスが大鎌を持つとハートの女王と呼ばれる。が、実際中身は変わっていない。
零夜はいつものようにアタリが怯えないのを見てはぁ、とため息をつくと大鎌をしまって自分の部屋へ歩き出した。
「逃げるのかよ!明日ぜってーやれよなーー!!」
返事もせず、苛立ちが抑えられないまま廊下を歩く。足音がやけに大きく響くのは気の所為じゃない。
(いちいち口煩いんだ、白うさぎは。僕の世界なのだから、僕がどうしようと勝手じゃないか。全く……)
夜空が曇っていく。雨が降り始め、ゴロゴロと雷が鳴り始める。
……その時零夜はふと、呟いてしまったのだ。
「……白うさぎなんか、いなくなればいいのに」
そんな、恐ろしいことを。
「……」
太陽の位置を見れば、それが昼だということはすぐに分かった。
いつもなら朝同じ時間にアタリが起こしてくれるはずなのに……と辺りを見回す。
しかし、アタリはいなかった。
「……白うさぎ?」
寝起きの目を擦りながら起き上がり、城中を歩いたが、アタリの姿はなかった。
「白うさぎ……?昨日のこと、まだ怒ってるの?庭の手入れはちゃんとするから、出てきておくれよ」
離れていても零夜が呼べばすぐに駆けつけてくれるはずだが、その様子はない。それどころか、違和感があった。
……アタリの気配が、しないのだ。
「……」
心がざわついた零夜は、城を飛び出した。
コンコン、と木造の家の扉を叩く。出てきたのは、マッドハッターこと、マルコスだった。
「!? アリス!どうしたの!?君から来てくれるなんて!」
「ねぇ、白うさぎを見なかった?」
「白うさぎ?見てないけど……あの頭のおかしいうさぎがどうかしたの?」
「……」
「あっ!ちょっとアリス!?」
今度はすぐ傍の森の中で、サーティーンを呼ぶ。
「チェシャ猫!」
「ほーい、アリスのチェシャ猫だぜ♡どうした?今朝は随分とお寝坊さんなんだな?」
零夜の背後からするりと現れたサーティーンはすかさず零夜を捕まえようとするが、それを避けながら、
「白うさぎを見なかった?」
そう訊く。
「あァ?白うさぎ?あいつが来たら迷路で迷ってぎゃーぎゃー喚くから、来てたらわかるはずだぜ」
「……」
「どうした?まさか逃げられたのか?」
「……そんなはずはない。白うさぎが、僕の元からいなくなるなんて」
「あっ!おいアリス!」
零夜は走り回った。国中を探し回り、くまなく見て回った。昼の時間を伸ばしてまで。
しかし……アタリは何処にもいなかった。
「白うさぎっ……何処……!?」
黒い雲が太陽を隠していく。すっかり雲に包まれた不思議の国は暗く、次第に雨が降り始める。土砂降りになっても零夜はアタリを探したが……
「……」
アタリは、何処にも居なかった。
まるで───────最初から存在していなかったかのように。
「……白うさぎ……何処に、いるの…………」
己の罪に気づくことの無いアリスは、力無くその場に蹲った。
「……うわっ!?アリス!?そんな間抜けな姿して座り込んで何してるの?」
「……マッドハッター………………」
城の前で座り込んだ零夜を見つけたのは、マルコスだった。傘をさしてここまで歩いてきたようだ。
「ふふっ、その無様な姿も似合ってるよアリス。ていうか、この雨何?こんなに降ったこと今まで無かったのに」
「……」
「……まさか、白うさぎがいないから?」
「……」
不思議の国は今までずっと晴れていた。零夜がアタリと喧嘩した時や、マルコスやサーティーンに不快な思いをさせられた時に曇ったり数分間小雨が降る程度で、こんなに長く大荒れの天気になったことは今まで無かったのだ。
つまり今の零夜の精神状態は、かなり不安定ということだ。
「……ねぇアリス、城の中に入ってもいい?雨宿りしたいんだよね。今日はここでお茶会しようよ」
「……」
マルコスに連れられて、零夜は城の中に戻る。トランプ兵達が零夜が指示した通りにタオルと着替えを持ってくる。
いつも、この役目はアタリが担っていたのに。
「……」
「もうアリス、何も言わなくなっちゃってさ。つまんないから何か喋ってよ」
こんな時でもお気楽な様子のマルコスは、部屋に入るなりベッドに倒れ込んだ零夜に唇を尖らせる。しかし零夜は何の反応もしない。
はぁ、と深く溜息をついたマルコスは、「仕方ないなぁ」と肩を竦めた。
「教えてあげようか?どうして白うさぎがいなくなったのか」
「!」
その言葉にガバッと零夜は起き上がる。マルコスはその姿にふふ、と笑みを浮かべて零夜の前まで歩み寄った。
「アリス、本当は君もわかってるんでしょ?どうして白うさぎが居なくなったのか、自分が何をしたのか」
「……何が言いたい?」
「ふふっ、そんなに認めたくないんだね?でも僕はこの真実を知った時のアリスのことが気になって仕方ないから、気づくまで待つなんて面倒なことはしないよ、だから言うね」
マルコスはぐっと零夜に顔を近づけ、その狂気的な翡翠の瞳を光らせた。
「───────白うさぎは、君が消しちゃったんだよ」
「……え?僕が、消した?」
「そう。君が白うさぎを消したんだ。思い当たること、あるでしょ?」
「……」
思い、当たること。
そんなのわかりきっていた。認めたくなかっただけだ。
だって、本当に、
……あんな少し思った程度のことまで、本当になるわけが。
「昨日だって雨降ってたし……きっとその時だよね。白うさぎと喧嘩とかしたんじゃないの?」
「で、も……白うさぎを、僕が消すなんて、そんな……」
「だってそれしかありえないじゃない。いきなり人が忽然と姿を消すなんて……この国でそれができるのは、チェシャ猫の臭いか……君くらいのものだよ」
「だがっ、っ……!!」
次の瞬間、マルコスが零夜をベッドに押し倒す。両手首を掴んで、逃げないように覆い被さる。
「認めなよアリス。チェシャ猫は君以外に興味を持たない。なら、この国でそんなことができちゃうのは……もう君しかいない」
「ちが、う、僕は、そんなこと……!!」
「あぁ、可哀想なアリス!自分の罪を認めることすら君には出来ないんだ!なら……もう一つ教えてあげようか?」
「っ、やめろ……!!」
マルコスは零夜の耳元で、悪魔のように囁いた。
「この国は君自身だ。だから、君が消えろって念じた存在は全て排除される。君の自己防衛の為に」
「っ……!」
「本当はわかってるんでしょ?」
「やめろっ……!!」
「君が」
「やめてくれ……!!」
「───────白うさぎを消しちゃったんだ」
「ちがう!!!!」
ピシャーン!!と、雷が落ちる。強く風が吹きつけ、雨は横殴りとなる。ガタガタと窓が揺れる音がする。
零夜は震えていた。その様子をマルコスは満足そうに見下ろすと、そっと頭を撫でて、頬にキスを落とした。
「アリス、アリス、僕達のアリス。今の君は罪人。けれど僕は君を許そう。君に慈悲を与えよう。僕はこの罪を償う方法を知っている」
「……つぐなう、ほうほう…………?」
揺れるライムグリーンの双眸が、マルコスを捉えた。マルコスは零夜のすぐ傍でふふ、と笑うと、懐から、
ナイフを取りだした。
「さぁアリス、このナイフで喉を刺すんだ」
「……は……なにを、いって」
「刺すんだよ!このナイフで一気に君の喉を!貫いて!血を溢れさせ!出血死するのさ!」
「どうして、そんな、ことを」
「だって、消えた白うさぎはもう取り戻せない。なら、この国を一から作り直すしかないじゃない?君自身がこの国なら、君が死ねばこの国は崩壊する。君が新しく不思議の国を造りあげれば、また元通り。哀れな罪人のアリスには、これがピッタリさ!」
起き上がり、マルコスが差し出したナイフの柄を両手で握る。
……恐らく、マッドハッターの言うことは、合っている。
彼が何故零夜しか知らない事項を、それも零夜ですら自覚していないことを知っているのかはわからない。
だが……大荒れの天気で壊れ始めているこの国も、零夜も、
限界だった。
幼い頃から一緒に居た、零夜をずっと支えてくれていたアタリを、
些細なことで、自らの手で、消してしまったのだから。
(白うさぎ……僕は……君を……)
震える手でナイフの先を喉に当てた時。
そのナイフが弾かれた。
「っ……!」
「……おじゃま虫め」
現れたのは、サーティーンだった。サーティーンは物凄い剣幕でマルコスを睨みつけた。
「こりゃ一体どういうことだ?マッドハッター」
「さぁ?アリスにきけば?」
「お前が頭おかしいのはわかりきったことだが、今回ばかりは目に余るぜ」
「君こそ、何にも知らないくせしてアリスの邪魔をするなんて頭おかしいんじゃないの?……ねぇ?アリス」
「!!」
サーティーンが振り返った時には、零夜は弾かれたナイフを手にしていた。
そしてそれを、喉元へ……
「っ、アリス!!!!!」
サーティーンが手を伸ばすより先に、ナイフは喉へ───────
……カシャン。
「……え?」
「は……?」
しかし、ナイフは刺さらなかった。喉に当たった瞬間、柄の方へ刃が押し込まれたのだ。
「……これ、おもちゃ…………?」
「マッドハッター、これは……」
「ふふふっ……あははははっ!凄い焦りようだったねチェシャ猫!それはただのおもちゃさ、本当に刺さったりしないよ」
「てめぇ……!!いい加減にしろよ!!アリスが死んだらどうなるのかわかってんだろうな!?」
サーティーンがマルコスに詰め寄り胸ぐらを掴むと、マルコスは怯む様子もなく手を大仰に広げた。
「けど、刺さらなかったでしょ?アリスに死ぬ意思がなかったから、あのナイフは本物にならなかったのさ」
「何言ってやがる!わかるように言え!!」
「君にわかるように説明するのは僕でも難しいけど……つまり、アリスは元から死にたいなんて思ってない。ただ罪から逃れたくて、「僕から差し出されたナイフを喉に刺す」という行動をするだけに留まった。アリスが本当に死にたいと願っていたなら、あのおもちゃは本物の刃となってアリスの喉を貫いていた」
「アリスに死ぬ意思があったらどうするつもりだった……!?」
「世界が作り直されるだけさ、何の問題があるの?」
「……お前の頭のおかしさにはついていけねぇ」
ニコニコと笑みを崩さないマルコスの胸ぐらを乱暴に放す。そして零夜の方を見ると、
「!」
零夜は倒れていた。
「アリス!!」
サーティーンが駆け寄った時には、零夜はもう、気を失っていた。
雨は、まだやまない。振り続けている。
森も住人の家も、これ以上は嵐に耐えられない。限界が来ている。
そんな中、零夜はベッドの上で目を覚ました。
「アリス」
「……チェシャ猫…………」
目を開けると、サーティーンが隣で寝ていた。零夜に腕枕をしていたようだ。
「大丈夫だ、あの頭のおかしいのはトランプ兵共にとっ捕まえてもらったぜ。えらく怒ってた、そりゃそうだ。アリスに手を出されたんだから、あいつらだって怒る」
「……」
零夜の目は黒く澱んでいた。
白うさぎは戻ってこない。
しかし、自分には世界を壊す意思も度胸もない。
このまま……白うさぎが居ないこの世界で生きていくしかないのか?
絶望した眼は、何も映さない。
「……アリス。今は何も見なくていい」
その視界を、サーティーンの大きな手が覆った。
あぁ、そうだ。もう一度眠ってしまえば……
「代わりに、一つ聞きたいことがある」
「……?」
「お前は、どうやって白うさぎと出会ったんだ?」
「え……?」
「思い出してみろ。何か、あいつを取り戻す手がかりになるかもしれねぇ」
「……」
……白うさぎと、出会った時のこと。
闇のアリスは、浮かび上がる記憶を辿る。
それはまだ、不思議の国に来る前。
あの酷い世界にいた時のことだ。
「……う…………」
痛む体を起こして手を伸ばした先には、ボロボロの絵本があった。
不思議の国のアリス。それが、唯一自分に与えられた、娯楽だった。
「……」
弱々しい小さな手で捲る大きなページ。暗い瞳に映す誰かの空想の物語。零夜は、この本が好きだった。
破れたりしないように、いつも安全な場所に隠していた。大きな姿鏡の後ろ……誰にも見つからない場所に。
(……ぼくもふしぎのくににいけたら、こんなぼうけんができるのかな)
零夜はふと、鏡を見る。そこには傷だらけの自分が映っていた。
鏡に掌を合わせる。
「……つれてって」
か細く呟くと、瞬間。
「!?」
鏡の中に、手が入り込んでしまった。力無く吸い込まれていく体……
気づけば、何も無い場所にいた。周りは暗いが、自分の周りだけは明るい、そんな場所に。
「……ここ、どこ?」
本をぎゅっと抱きしめる。不安に泣きそうになると、
「おまえ、だれだ?」
「!」
零夜に話しかける存在がいた。ぼやっとしたシルエットは、それが一体何なのかは判別できない。
ただ、同じくらいの歳の少年の声が聞こえた。
「おまえ、なに?どうぶつなのか?」
「……たぶん、にんげん、なんだけど……にんげんらしいあつかい、されたことないから、にんげんじゃないかもしれない。でも、どうぶつでも、むきぶつでもないよ」
「ふーん。じゃあなんなんだ?」
「……わからない」
俯いて本を抱き締めると、その存在は本を覗き込んだ。
「これなに?」
「……えほん。不思議の国のアリス、っていうんだよ」
「へー。じゃあ、おまえはアリスなんじゃねーの?」
「……ぼくが、アリス?」
「ここ、なんもねーのに、それはあるから。だから、おまえはアリス!」
「…………ぼくは、アリス。なら、きみは?」
「わかんねー。なんだとおもう?」
首を傾げる存在に、零夜はアリスの物語に出てくる登場人物を思い浮かべた。
アリスの次に、出てくるのは……
「……じゃあ、きみは白うさぎ」
「しろうさぎ?」
「うん。アリスを、不思議の国にみちびく、白うさぎ」
零夜がそう言った瞬間、黒が晴れた。
目の前には、白うさぎがいたのだ。
「オレは……白うさぎ!」
「……! うん、きみは、白うさぎ……!」
白うさぎは嬉しそうに跳ねると、零夜の手を握った。
「白うさぎ……ぼくを、不思議の国につれていって」
「いいぜ!いこう、アリス!オレを追いかけてくれ!」
「うん……!」
その背中を追っていって……それが、一番最初の白うさぎとの追いかけっこだった。
それからだ……不思議の国ができたのは。
「!!」
「!? アリス!?」
目覚めたアリスは走り出す。見えない背中を追いかけて。
彼と最初に出会った場所。それは……
城の最上階にある、鏡だらけの部屋。そこの奥……真ん中にある大きな鏡。
「はぁ、はぁっ……う、けほっけほっ……!」
胸を抑えながら、零夜はふらふらとその鏡の前まで歩き、手をついて額を当てる。
「……僕を、白うさぎの所へ連れてって」
すると、鏡が揺らめき……零夜は鏡の中へ吸い込まれた。
「……!」
その場所は、あの時……幼い頃、鏡に吸い込まれた時に見た、あの場所だった。
「……白うさぎっ、どこ…………!?」
暗闇を走る。あの、小さな背中を探して。
手探りで、居ることを願いながら。
「っ……!!」
躓いて転ぶ。座り込んだ零夜は、ただ強く願った。
───────白うさぎ。君に、会いたい。
「……何やってんだよ、アリスに足で走るのは向いてねーって」
「!!」
待ち望んだ声がした。顔を上げると、そこにはしゃがんでこちらを見つめる、アタリがいた。
「……白うさぎ」
「来るのがおせーよ、どれだけ待ったと思ってんだ」
呆れたような顔をするアタリに、零夜は堪らず抱き着いた。強く抱き締めた。
大切な存在が、大切な友達が、確かに、ここにいる。
「白うさぎっ、白うさぎっ……!!」
「……アリス、また服の着方間違ってる。いい加減覚えろよな」
「白うさぎ、ごめんね……僕が、僕があんなこと、望まなかったら……!!」
「いいよ、もう。オレこそごめんな」
アタリも零夜を抱き締め返す。
身を離すと、零夜の涙をアタリは指で拭った。そして立ち上がると、手を差し出す。
「帰ろう、アリス。オレ達のワンダーランドに」
「……うん」
その手をぎゅっと握った。離さぬように、離れぬように。
そして……黒の世界は、白の世界へ変貌した。
「……」
カーテンの隙間から差し込む太陽の光が、手を握りあって眠る零夜とアタリを照らしている。
アタリはむくりと起き上がると、零夜の体を揺らした。
「アリス、アリス、オレ達のアリス。起きてくれ、朝だ」
「……ん…………」
零夜はゆっくり起き上がると、白うさぎの方へ凭れた。
「おはよう、オレ達のアリス」
「……おはよう、白うさぎ」
お互い頬に口付けし合うと、白うさぎは「よし!」とベッドから抜け出した。
「準備して外出るか〜。今日の予定は……」
「……庭の手入れ」
「え?」
「一緒に、やるんだよね」
零夜の言葉に、アタリは嬉しそうにぱあっと笑顔を咲かせた。そしてベッドに戻ると、零夜の指と自分の指を絡ませてニッコリ笑う。
「そーだな!一緒にやろーぜ!」
「……うん」
その手をぎゅっと握り、零夜も微笑んだ。
零夜とアタリが城の白いバラに赤いペンキを塗っているのを木の上で遠目から見つめるサーティーンは、下に居るマルコスに訊く。
「……お前、こうなるってわかってたのか?」
「何のこと?僕はただ、アリスがどういう反応をするか、どういう行動をするか見たかっただけだよ」
「俺が止めに来ることも想定済みだったんだろ」
「さぁね〜。でも、能力の応用でアリスの過去の記憶を引き出したのは君でしょ?そんなの非常識だ、何でそんなことしたの?」
「アリスが元に戻らなきゃ嵐は止まねぇ。あの時点で俺様の森は崩壊寸前だったんだ、だから賭けたんだよ。この国は……アリスが望むことは全て叶うからな」
「ふーん」
「つーか、お前があんなこと言わなきゃもっと早く済んでた話だろうが」
「あれはアリスが変わる為に必要な事だったのさ。成長、ってやつ?本に書いてあったから興味が湧いたの」
「よくわかんねぇが……だからってあそこまでするか?ったく、頭おかしいヤツだぜ」
やれやれとサーティーンが首を振ると、
「チェシャ猫、マッドハッター」
「アリス!!」
「アリス!?」
零夜がこちらへ歩いてきた。服と顔がペンキまみれだ。零夜の後ろから、アタリが二人を睨みつけている。
「僕らにアリス自ら声をかけるなんてこんなに頭のおかしいことは無いね!どうしたの?お茶会する?」
「退け!俺がアリスと話すんだよ!」
「……二人に言いたいことがあるんだ」
「?」
零夜は微笑むと、この国で浸透していない言葉を口にする。
「僕の罪に気づかせてくれて、ありがとう」
「?」
「僕の過去を思い出させてくれて、ありがとう」
「?」
「アリス、ありがとうって何だ?」
後ろからアタリが訊くと、零夜はふふっと笑った。
「この言葉の使い方も、皆に教えないといけないね。でもそれはまた今度。今は庭の手入れをしないといけないから。またね、二人共」
「二度と来んなよ!」
そう言って立ち去る2人の背中を見ながら、マルコスとサーティーンは顔を見合わせて首を傾げた。
はしゃぎ疲れて隣で眠る白うさぎを見ながら、零夜は手に持った本にペンを走らせる。
それは、アリスの本。アリスにしか開けない、アリスのことを綴る為の本だ。
アリス、アリス、僕はアリス
僕の罪に気づかせてくれた彼と
僕の過去を思い出させてくれた彼と
僕をアリスにしてくれた彼と
これからも、このおかしな国で過ごし続ける
不思議の国は僕
僕は不思議の国
僕が変われば国も変わる
これも一つの経験だ。糧にしよう
こうして一つずつ変わっていく
僕らのワンダーランドは、今も変わり続けている