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    kumohare72ki

    ついったに上げようとしてチキったものをここに投げます。

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    kumohare72ki

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    月夜に猫を見送るため海へ行く、少し寂しい話。
    書けたはいいけどカテゴリは何がいいか、どういうタグを付けるかを悩んでるやつです。すこしふしぎでいけるのかファンタジーといっていいのか。

    #ファンタジー
    fantasy
    #すこしふしぎ
    somewhatStrange
    #猫

    月夜に猫を見送る話 月のきれいな夜だった。虫も眠るような真夜中だ。安アパートの住民は全員寝静まり、寝返りの音すらきこえない。静寂の中、一人眠れない私は、白湯を手に窓辺に寄りかかっていた。最上階の角部屋からは、空がよく見えた。空の真ん中に陣取るのは、まん丸の、よく太った月だった。
     月を眺めてぼんやりしていると、窓の外、狭いベランダに小さな訪問者が現れた。ととっと軽い足音を立て上がってきたのは、スモーク柄の猫だ。赤い首輪から、飼い猫であることがわかる。お月様みたいな金色の目で私を真っ直ぐ見ると、猫は言った。
    「約束だ」
     猫が話していても、私は不思議だなんてちっとも思わなかった。寧ろ、ああそうか、と納得した。いや、思い出した。彼との約束を。
    「約束だったね」
     うなずいて、私はベランダへ出た。夜気はひやりとしていたけれど、上着は必要ない。ベランダの柵を乗り越えると、私は猫のような軽やかさでアパートの二階から飛び降りた。そして、猫のようにしなやかに地面に足をつける。痛みはない。音も立てなかった。
     ベランダに残る猫は、私を見下ろし満足げに目を細めた。柵の間からするりと抜け出ると、自分も飛び降り、爪の音すら立てず着地した。
    「行くぞ」
    「行こうか」
     うなずき合い、アスファルトの地面を歩き出した。
     てくてくと、とことこと、歩いて駅へ向かう。アパートの近くに駅はない。普通の駅ならば、ない。だが夜には夜の世界がある。
     夜中に動く、夜の生き物だけを運ぶ電車。その電車を受け入れるのは、夜の駅だけ。夜の駅は、真夜中の一番影が深い場所で口を開けている。
     最寄り駅は、アパート近くの公園の、一番大きな遊具の影にあった。黄色い歯を覗かせた駅の口をひょいとくぐり、私と猫は駅に入った。改札前でひっそり佇むのは駅員だ。暗い構内では向こうの顔も見えないが、すり切れ古びた制服だけは、なぜかやたらとはっきり見えた。
     古びた駅員に、猫が行き先を告げる。
    「海まで」
    「そう、海まで」
     どちらかが先に寿命を向かえるときは、見送る約束だった。私は先に寿命を向かえ、彼に見送られた。今度は私が彼を見送る番だった。
     駅員からすり切れた切符を渡された。それが示すホームへ行き、私と猫は電車を待った。ホームはベンチも時計もなく、月明かりがうら寂しくコンクリートを照らすだけだった。
     寂しいホームへ、音もなく電車が滑り込んできた。車体は窓すらも黒く、しかしどこか青みを帯びていて、窓といわず車体といわず、そこかしこで微かに星が瞬いていた。
     電車の中も、似たようなものだった。心地よい暗闇と、わずかな光。お陰で誰がそばにいるかもわからない。微かに感じる呼吸の気配と、時折触れる柔らかな毛の感触。彼が隣に座っているのか、それとも違う誰かが隣にいるのか。柔らかな毛を持つ誰かを想像し、私は暗闇でふふと笑った。
     がたごとと音を立て、電車が揺れる。窓の外は星が瞬く以外は真っ暗闇。「宇宙にいるみたいだね」と私が言うと、隣にいたらしい猫は、くしゃみみたいな鼻息で笑った。
    「夜も宇宙もおんなじだろうに」
     それもそうかと私は恥じ入り、あとは黙って、自分たちすら映らない窓の向こうを眺めていた。
    「次は、夜の海。次は、夜の海」
     ため息のようなアナウンスが、私たちが降りる駅を告げた。猫が「行くぞ」と招く声を頼りに、真っ暗闇の車内で乗客をかき分け、どうにか駅へ下りる。触れた乗客は、時折ぬるりとしていたり、もふもふしていたり、ざらざらしていたり、およそまともな感触の持ち主はいなかったけれど、その姿は終ぞ拝むことができなかった。
     ホームを抜け、改札前で佇む駅員に切符を見せる。切符を受け取った駅員は、古い帽子を軽く持ち上げ、ため息のような声で「いってらっしゃい」と見送りの言葉をかけてくれた。
     駅を出ると、欠け一つ見当たらない月が私たちを出迎えた。月に照らされ、私たちはアスファルトを歩く。少し行くとアスファルトは砂に覆われていって、私たちはゆっくり、砂浜へ足を踏み入れた。
     さくさくと、砂を踏みしめる音がする。とすとすと、砂を踏みしめる音がする。軽い足音を立てる彼は、もう寿命を迎える。なのに老いを感じさせない、軽やかな足取りだ。
    「まだ、もう少し」
     私はつい、彼を思いとどまらせようとしてしまった。
    「もう少し、いいんじゃないの。足だってしっかりしてるし、頭もぼんやりしてないみたいじゃない」
    「寿命ってのは、そういうもんだろう」
     彼の言うとおりだ。年老いて、何もできなくなったから死ぬわけではない。寿命を迎えるから死ぬのだ。
     口を噤む私を見上げもせず、彼は淡々と話す。
    「海に還るんだ」
    「うん」
    「悲しくない」
    「うん」
    「寂しくもない」
    「うん」
    「また会えるんだ。泣くな」
     目からは涙、鼻からは鼻水。なんてみっともない。けれど止めようと思ったって止まる涙や鼻水ではない。止めどなく流れる涙と鼻水を拭いながら、改めて自分が人に生まれたことを意識した。人として生まれて以来、どうも私は感情というものに引っ張られている。猫の頃はもっと、今の彼のようにドライだったのに。
     ずびずびと泣いていると、彼がよじ登ってきた。私が屈まなくとも、器用に足から背中、肩まで軽々登る。そうだ、彼は昔から、私以上に身軽だった。
     頬にざらりとした感触が走る。老いてなおこれだけざらざらしている彼は、生前の私をよくからかった。
    「お前のその舌じゃあ、毛繕いが下手なのもうなずけるよ」
     彼のざらついた舌の感触も、あの嫌みでありながら親しみ溢れる口調も、今日でお別れ。この頬の痛みを感じることは二度とないのだと思うと、また涙が溢れた。
     彼を肩に載せたまま、私は歩いた。彼も私の肩に乗ったまま、潮風を感じていた。
    「高い目線は気分がいい」
     のどを鳴らし、彼は言う。
    「お前より高い目線を持てることを祈るよ」
     私は感情がのどを塞いでしまっているものだから、何も言えず、首に巻きつく彼の尻尾の感触だけに集中した。
     波打ち際に来て、彼はようやく肩から下りた。とすとすと歩く後ろ姿は堂々としていて、振り向く様子もない。しかし彼は振り向いた。波の中に一歩前足を踏み入れて、そのまま私をじっと見た。
    「またな」
     そう言って、私の返事も待たず、彼は月夜の海を進み、沈んでいった。私は「待って」と追いかけたくなるのを堪え、見送った。そういう約束だった。
     彼が尻尾の先までとぷんと沈んで、海は静かになった。彼を迎え入れ、満足したような静けさだ。
     声もなく泣きながら、私は波打ち際にしゃがみ込んだ。涙も鼻水も拭わず、彼の堂々とした後ろ姿を忘れまいと、顔を覆って今し方乃光景を脳に焼き付けた。
     気の済むまで泣いて、私は鼻をすすって立ち上がった。夜の電車が動くのは、夜だけ。宵の口と夜明けの合間だけ。友を見送ったのだから、私は人として、昼の時間へ帰らなくては。
     駅が閉まってはかなわない、と私は砂を踏みしめ急ぎ歩いた。
     隣で聞こえていたとすとす軽い足音は、もう聞こえなかった。
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    kumohare72ki

    MOURNING『紺君と楓ちゃん』シリーズ、おまけとして書いてた紺君の弟・碧君による祝辞風紺君の過去です。消えたと思ってたら出てきました。何で!?
    もったいないのでここに投げて供養。いろいろ設定変わったなぁと思いながら読んで下さい。
    狐に嫁入り その後 やあやあ本日はお日柄もよく――なんて挨拶は僕の柄じゃないんでね。とにもかくにも、皆さんよくぞお集まりくださいました。新郎の弟として御礼申し上げます。しっかし皆さんよく来てくださいましたねぇ。狐と人間の式だってのに。僕ならご免だな。いくら身内だからって――ああ、はいはい。真面目にやるよ。やればいいんだろう?
     えー、それではこちら、似合わない羽織袴でかちこちになっているの今日という日の主役であり新郎であり我らが村の長でありこの山の次の神である僕の兄です。ご存じだろう? 説明なんかいらないじゃないか。わかったわかった。そんなに睨むなよ、兄さん。
     はいはい、新郎のお隣をご覧ください。僕と兄の父であり先々代山の神を殺した猟師の孫です。兄さん、考え直せば? 今なら僕ら、喜んでそいつを食べるけど――よせよせ、睨むなって。冗談じゃないか。家長であり村の長であり次の山の神である兄が選んだ花嫁サンです。僕の義姉でもあります。どうぞ皆さん、食べるならバレないところでバレにくい部分から――痛い! やめろよ兄さん! はいはい、雪のような白無垢がお似合いですね。どうぞ兄さん色に染まってください。
    2038

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