スーパーソニックラブ【オル相】「……その。君の気持ちは本当に嬉しいんだけど」
「そうですよね。お時間取らせて申し訳ありませんでした。では、また明日」
「え」
「なんです」
「あ。いや。こんなことを言っても何にもならないかもしれないけど。私は君が嫌いなわけじゃないんだ。むしろ好きなくらいで」
「……は?」
「でも君はまだ若い。こんな老い先短いおじさんに感けていないでもっと年相応の素敵な方と恋をするべきだと思うから、私は君とお付き合いできないよ。ごめんね」
オールマイトにそう言って振られた。
有難いことにオールマイトはそれ以降も特に俺に対する態度を変えることなく日常を過ごしている。
俺はと言えば、見込みなしと思っていた告白が中途半端に言葉を紡がれたせいで、振られてスッキリするどころか悶々と考え込む毎日だった。
年相応の素敵な方って誰だ。
俺はあんたが好きなんだぞ。
あんたが俺を恋愛対象として見れないって言うなら黙って引き下がったのに、肝心のところを好きなくらいとか曖昧にぼかして中途半端に断って。
完全にこちらを向いてくれないとわかった相手ならば迷惑をかけない程度にひっそり想い続けることはできる。
なのに今の俺は進むことも戻ることもできない。オールマイトの断り文句を四六時中頭の中でこねくり回して何の形も作れずにいる。
その日も事あるごとに思い出してはむかむかしながら夜警当番を終えて寮に戻ると、ホールでどんちゃん騒ぎが繰り広げられていた。騒ぎの中心には勿論ミッドナイトとマイクの姿が見える。巻き込まれなくないのでこっそり通り抜けようとしたところでオールマイトの後頭部が見えた。否が応でも目に入ってしまうし、見つけてしまえば心は騒ぐ。視線を縫い留めたまま通り過ぎようとすると、流れている音楽に乗っているのは違う独特な揺れ方をしていることに気がついて思わず近寄った。
「オールマイトさん?」
ソファの後ろから声を掛ける俺を、振り返るではなく座ったままぐいんと顎を上に向ける形で仰ぎ見る締まりのない顔が赤い。
「あ、あいざわくんだ。おかえりぃ」
「おい」
俺はそれには答えずマイクを睨み付けた。
「飲ませたのか?」
「差し入れで貰ったチョコが洋酒入りだっただけよ」
答えたのはミッドナイトだった。申し訳なさそうな口調と素振りは見せるが肩を竦めて指を差した、テーブルの上に広げられたチョコレートの詰め合わせはたったひとつ穴が空いているだけで。
一粒でこれか。
「……オールマイトさん。歩けますか?あんたが寝ちまったら誰も担げません」
「歩けるよ?歩いてみせようか!」
立ち上がったオールマイトはテーブルとソファの間から躍り出て、平均台の上を歩くように両手を広げて俺に背を向けて歩き始めた。歩調はゆっくりだが真っ直ぐ歩けていない。これは本当に早く寝せるべきだろうと判断して視線だけマイクに送った。
返事の代わりに一本缶ビールが飛んで来る。片手で受け取りポケットに捩じ込んだ。
「オールマイトさん、そのまま真っ直ぐ階段の方へ」
「オーケー!」
忘れ物がないか腰掛けていたソファの周りを確認してから、まだ俺には見えない平均台の上を歩き続けるオールマイトの後ろについて部屋まで誘導した。
「大丈夫ですか」
「うん……」
念の為に部屋の中まで付き添う。オールマイトの部屋は俺のより大きかった。標準的なベッドでは寝られないこの人用のサイズで作られた家具を入れればそれだけでスペースは埋まってしまうから、まあ合理的だろう。
オールマイトはベッドにぽすんと腰を下ろした。スプリングが効いてぽよんと上にバウンドする様が可愛くて腹が立つ。
そうだ。俺はこの人に訳のわからない理由で振られたんだ。だからって酒の飲めない酔っ払いを放置するのは良心に悖るし、どんな理由であれ一秒でも長くこの人のそばにいられるなら嬉しい。
「さっさと寝てください」
「んー。何で私ここにいるの?」
「間違って酒の入ったチョコを食べたからですよ」
「まだ眠くない」
「じゃあ水でも飲みますか」
「うん」
ミネラルウォーターの常備くらいあるだろうとミニキッチンに移動して棚の下に備え付けてある小さな冷蔵庫を開けた。目当てのものがあって、それを一本手に立ち上がりベッドに戻って俺は途方に暮れる。
「寝てる……?」
さっきの会話から二分経ったか?
眠くないって言ってなかったか?
オールマイトは掛け布団を捲ったベッドに倒れ込むようにすうすうと寝ていた。顔色も悪くないし気を失った風にも見えない。俺は行き先のなくなった冷たいペットボトルを枕元に置いて、世の中の人間がほとんど見たことがないであろうオールマイトの無防備な寝顔を見つめる。
見れば見るほど愛しさ余って憎さ百倍、俺は俺が振られた理由にやっぱり全く納得できていない。
ポケットから貰った缶ビールを出して片手でタブを起こした。喉を潤しながらすうすうと寝入るオールマイトが体調変化を起こさないかしばらく観察して、およそ十五分。
問題なしと判断した俺は全てを酒の勢いにしてオールマイトのシャツのボタンを上から外す。ズボンもベルトを外して、パンツだけは迷って履かせたままにした。流石にセクハラだ。
そうして、ひとつずつ玄関から我慢できずに脱いだように偽装工作をする。仕上げにベッドの足元に俺はヒーロースーツを脱ぎ捨てた。
我ながら大胆な試みだと思う。
でも、どうせもう振られている。今更傷がひとつやふたつ増えたところでどうってことはない。だったら往生際が悪いと言われようが足掻いてみようじゃねえか。
最後に、胸の高さに持ち上げた手から脱ぎたての下着を離す。
するりとベッドに忍び込めば、何も知らないオールマイトはむにゃむにゃと呑気に俺の体に緩く腕を回して抱いた。
軽く汗を混ぜたオールマイトの体臭に俺は表情を険しくする。これは、違う意味で寝られない。
自分自身を必死に鎮めながら目を閉じる。
こんなことで騙される男だと思っていないし、騙されないでほしいと願う。でももし騙されてくれたら、多分それが一番地獄だ。
そして、いつしか眠りに落ちていた俺を明け方の淡いの中に起こしたのは血相を変えたオールマイトで。
「あ、あいざわくん」
「おはようございますオールマイトさん」
「あの。これ。ゆうべ。わたし」
何をやらかしたのか想定して泣きそうな顔を見てちょっとだけ心が痛んだ。
でも、ちゃんと振ってくれなかったあんたが悪い。
「責任とってくれますよね?」
オールマイトの口から悲鳴は上がらなかったけれど、窓の外で何故か一斉に鳥が飛び立つ音がした。
ナンバーワンは超音波も出せるらしい。