とびきり【オル相】 朝飯の時から妙に元気のない俊典さんがしおれたまま、じゃあ行ってくるね、と言うので俺は玄関まで見送りつつ心なしか艶のない前髪を見上げて尋ねた。
「今日は病院で定期検査でしたよね?ひょっとして何かあったんですか」
「え?ああ、君が心配しているようなことはないよ、大丈夫」
大丈夫という割には吹けば飛びそうな気配の薄さを醸し出していて、こちらを心配させまいと微笑む表情もなんの説得力もない。大病の可能性でないというなら何故そんなに元気がないのか気になって、ぴかぴかに磨かれた靴の爪先を玄関のタイルにこんこんと打ち付ける仕草をしている俊典さんを引き留めた。
「ん?」
「病院行きたくないんです?」
「あー……いや。行きたくない、わけでは」
「検査が嫌ですか?」
「必要なことだからね」
それは嫌だけれど受け入れるという大人の意思表示であり、立派な心がけだし外でそんな面を見たことがない。
つまりこれは。
「……俊典さんひょっとして、注射嫌いなんですか」
わかりやすく視線が逸らされた。愛想笑いの口元がなんとか誤魔化そうとしているけれど、もう無理だと思う。
「今まで何万回注射されて来たんです?」
「たくさんされたよ!暴れたりしてないし嫌だなんて態度にも出してないし失敗されても文句も言ってないよ!」
言い訳がマシンガンで炸裂し始めた。これが墓穴というやつだ。
「ちゃんと感謝の心を持って受けてるけど、どうしても怖いものってあるだろ?」
オールマイトともあろうものが?
口をついて出そうになった揶揄の言葉を俺は飲み込んだ。嫌なことを頑張っている人に、それを当たり前だと強要するような言い回しはしたくない。
「大丈夫、ちゃんと検査してもらってくるから」
「そうですね。ちゃんと検査して帰って来れたら、何かご褒美をあげますよ」
「ご褒美?」
瞬時に輝いた目に俺は苦笑した。
「とびきりのキスをしてあげます」
「それは頑張れそうだ」
「じゃあ行ってらっしゃい」
「相澤くん」
「はい?」
「……行ってらっしゃいのキスも欲しい」
普段なら言わないようなことを頼み込むくらいには俺にだけ弱り目を見せる俊典さんの心を奮い立たせるため、仕方ないなと俺はできる限りの背伸びをした。