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    あんこうです。オル相を投げて行く場所

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    相澤くんが最近キスしてくれない、がテーマのオル相の字書きを当てろ企画に参加した小説です。

    #オル相
    orbitalPhase

    齟齬【オル相】 最近、相澤くんがキスしてくれない。
     最後にしたのはいつだっけ。
     何か怒らせるようなことをしたかな、と最近の我が身を振り返ってみる。すると一週間も遡らないうちにもう三回も怒られた記憶が蘇って来て私は記憶の蓋を一旦閉じた。
     気まずさの漂う脳内を一度リセットし、それはそうとして、と棚に上げる。横に置く。なるべく意識から遠ざける。
     少なくとも相澤くんは学校生活において、私が書類を出し忘れたり何かを壊したり指導の仕方が良くなかった時に厳しい指導はするけれど、それを私生活に持ち込まないことに関しては割と徹底している方だ。
     だから、提出期限一週間を過ぎた国に出す書類が真っ白だったことに雷を落とされた三日前のことも、技の手本を見せる時に訓練施設の基幹システムの埋め込まれたエリアごと吹っ飛ばした一昨日のことも、また緑谷ばかり贔屓して!と反論もできず渾々とお小言を頂いた昨日のことも多分関係がない。
    (……いや、ないとは、言い切れない、けど)
     目立つ記憶がそれらというだけで、奥を探ればもっと積み重なるものはあるのだけど全部の記憶を呼び起こすには私の蚤の心臓が保たない。こうも続け様に引き起こした事件に流石の相澤くんの堪忍袋の尾も切れてしまったかな、と私は萎びていく気持ちと顔を手で覆った。
    「はあ……」
     溜息しか出ない。
     ずるずるとソファにずり落ちるように腰掛け、背凭れの上で天井を見上げる格好で起き上がる気力もなくひたすら溜息を量産し続けた。
     どのくらいそうしていただろう。
     深夜の寮のホールを行き交う人の姿はない。私だってこんな情けない姿をさらけ出すのは部屋に帰ってからだと重々承知しているが、少し腰掛けて涼むつもりの風呂上がりの爽やかな気分と恋人とのキスの連想からこんな急転直下で落ち込むなんて思いもしなかった。
    「何してるんです?」
     真上に人の気配と聞き慣れた声に私が顔を覆っていた手の、指の隙間を開けた。
    「……あいざわくん」
    「酔ってんですか?ひとりで?」
    「あー、いや。そういうわけではないんだ」
    「のぼせたんですか?」
     私の格好が風呂上がりだと察した相澤くんに曖昧に笑って返す。いいタイミングだ。部屋に戻ろう。
     私はだらけた格好から勢い付けて立ち上がる。
    「君はこんな時間まで残業?」
    「ええまあ」
     階段に向けて歩き出すと、相澤くんも隣をついてくる。お疲れモードなのは見てわかるから早く休んでもらいたいが気怠げな相澤くんからしか得られない独特の色気というのもあって、ちらちらとどうしても唇に目が行くのを止められない。
     したいと思ってるのは私だけかな、相澤くんはそうでもないのかな、なんて女々しい思考が頭の中を染めていくから、私は違う違うと首を左右に振って弱気な思考を追い出す。
     相澤くんからキスしたくなるような立派な男になるまで、しないぞ。
     そのためには書類も完璧、設備も壊さず、少年少女に分け隔てなく接する私にならなければ。
    (やるんだ俊典、プルスウルトラ!)
     ぎゅっと決意を込めて小さく手元で握った拳を相澤くんが興味もなそうに眺めた。
    「じゃあ、おやすみなさい」
    「うん。ちゃんと休むんだよ。おやすみ!」
     相澤くんの部屋があるフロアの入り口で爽やかな挨拶をして別れようとする。一歩踏み出した私から視線を逸らさず動こうともしない相澤くんに、私は階段の次の一歩を登ろうとしたところで足を止めた。
    「……どうかした?」
    「…………いえ」
     しばしの沈黙の後、おやすみなさいと小さく言い残して踵を返す相澤くんの表情がどことなく暗くて、私は直感的に手を伸ばし相澤くんの手首を掴む。
     その所作に私を見つめるでもなく振り解くでもなく、背を向けて目を合わせないまま立ち尽くした姿を本能で攫った。
     階段の内側に引き入れて、廊下から見えない壁に追い詰める。面白くなさそうに下唇を突き出した顔は、先生とは一線を画した私の相澤くんだ。
    「何か思うところがあるならちゃんと言って?」
     不安をそのままにしたくないと訴える私に、相澤くんは眉間に皺を寄せたまま見上げて呟く。
    「…………キスくらい、するかと思ったんで」
     可愛過ぎて爆発するかと思った。
     したかもしれない。
    「えっえっえっ、だって、」
    「最近、してくれないじゃないですか」
     した。
     爆発した。
     今度こそ間違いなく、した。
     私にそんな個性備わってたんだなってくらい、顔とこめかみと頭皮から伸びる全毛髪が一瞬でストレートパーマがかかったなってくらいに直線に伸びたはずだ。
    「……それは、その、君がしていいよって空気全然見せなかったからで……」
     あとなんかやらかしが重なって申し訳なくてキスしたいって言い出せる雰囲気でもそれとなくキスする空気にも持っていけなかったってのもあったし……。
     私が口の中ではっきりとも言えずもにょもにょと繰り返す言い訳は相澤くんには関係がない。なんてことはない、キスしたいって訴えかけられない私のムード作りが下手くそだっただけじゃないか、と。
     相澤くんがしてくれないって拗ねる前に、私がやるべきことは他にあったんだ。
    「……学校ではダメって言ってますし。ここだって敷地内ではありますが、その」
     部屋の中なら、キスくらいは治外法権でもいいと思いますが。
     消え行く語尾と対照的に白い肌が赤く色付いていく。
     この譲歩を決して逃してはいけない。
    「うん」
     手を引いて階段を昇る。
    「オールマイト、さん」
     喉にかかった声色は甘えたい君のサインだ。
    「鈍い私でごめんよ」
     自室のドアを開けて相澤くんを連れ込んだ。抵抗なく内側に入った体をドアに押し付けて腰を屈め顔の高さを合わせる。
     近さに驚いた顔をして、でも視線は絡ませたまま。
    「……私もね。実は君が最近キスしてくれないって、ちょっとだけ拗ねてた」
    「そうですか」
    「土曜日、外泊届出せる?」
    「キスだけじゃ我慢できないんですか?」
    「残念ながら」
    「言って、そろそろ俺も限界なんで」
     どうにかしますと告げた相澤くんの腕が私の首に回って、近づいた唇の最後の距離を詰めたのがどちらかなんてわからない。
     次は、寮なのにキスだけで終われない問題が当面の課題になりそうだった。
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