同僚リテラシー【オル相】 仲がいいなあ、とは。昔から思っていたことで。
でも、学生の時に先生という人達に持っていた距離感から見ていた世界と、同じ肩書で呼ばれるようになってからのそれはまた少し違うというか。
「おい緑谷」
「はい!」
あの頃出入りする事に少し緊張していた職員室が今は僕の職場になっている。
終業時間を知らせるチャイムが流れたのは結構前だ。相澤先生は僕に早く帰れと言いながら、引き出しから出したウェットティッシュで自分の机の上を拭く。ついでに無人の隣の席も腕を伸ばして手早く拭いた。
今、その席にいるはずの人は遠いアメリカにいる。
オールマイトは以前の縁か、向こうのヒーロー界やサポートアイテム業界との協力関係の仕事をすることになったと数ヶ月前に機上の人となった。職を辞して行くつもりだったけど根津校長に辞職願を出したら冷ややかな笑顔で突き返されたらしい。その後二人の間にどういう話し合いが持たれたかは知らないけれど、結局オールマイトは雄英高校に籍を置いたままだ。
いつ戻ってくるかはわからないけれど、いつ戻って来てもいいようにという配慮なのかもしれない。
「あ、そういえば最近オールマイトから連絡って来てますか?」
何気なく振った話題に机を拭き途中の相澤先生は僕の方を振り返る事なく、いや、と答えた。その答えが予想と違ったので次にどう切り出そうか迷っている顔を振り向きざまに見られる。眉間に寄った皺に僕の下手な探りを見抜かれた気がして一気に焦った。
「……」
相澤先生は苦々しい顔つきで何か言いたそうにしていたけれど、ゴミ箱にウェットティッシュを捨てるとこれ見よがしな溜息を吐いた。
「お前が俺に『オールマイトから連絡はあったか』と尋ねる。俺の反応が想定外だった。つまりオールマイトから俺に連絡が来ていないとおかしい何かがある。ということは当然お前には連絡が来ていてお前はそれが何か知っている。そして俺が知っているかどうかのカマをかけたってことでいいか?」
「いやカマをかけようとしたわけではなくて本当に世間話の一環と言うかなんと言いますか」
しどろもどろの言い訳をする僕を相澤先生は片目になっても鋭い眼力から解放して、あの頃からは随分と短くなった頭を掻いた。
「……帰って来んのか?」
カマをかけ返されたし、僕もまた嘘が吐けない。頑張っても上手くできない。
相澤先生はさっきより深くて長い溜息を吐いた。やれやれといった顔つきの、口元にほんの少しだけ見える笑みに似たかたち。
「緑谷。お前、どこまで知ってる」
相澤先生は、何を、とは口にしなかった。
でも何を聞かれているかわかったから、僕はせめて胸を張る。
「何も知りません」
「ンなわけねえだろ」
「オールマイトは何も僕に言ってませんよ。僕は僕の目で見て耳で聞いたことを推測として積み上げているだけなんで」
「……お前の観察眼には恐れ入るよ」
「いや多分先生とオールマイトがわかりやすすぎるだけです、学生時代にも芦戸さんとか女子は結構絶対そうだって!とか言ってたけど僕はその辺の機微に疎いので聞き流していた部分も正直あったんですが一緒の職場になってあの時みんなが言ってたのってコレか!みたいな閃きが至る所に散りばめられていて特に給湯室で見かけたマグカップがさりげなくお互いのモチーフとカラーを取り入れたサイレントペア仕様になっ」
ゴッ、と僕の脳天に真顔の相澤先生は出席簿の角を落とした。
「タイムカード切って早よ帰れ」
「ふぁい」
オールマイトに謝らないといけない。一時帰国サプライズ、僕のせいで失敗しましたごめんなさいって。
帰り道にポチポチとスマホに打ち込んだメッセージは寝ている間に返事が来ていた。
帰って来るなら予定を教えろと怒られたので飛行機の時間を知らせたよ、と書き込まれた日本時間の着予定。出勤して立ち上げたパソコンのアプリの本日の共有スケジュールに、昨日までなかった相澤先生の夕方四時からの時間休の表示がある。
迎えに行くんだ、と勝手に想像して胸を熱くした僕の頭を、平たい出席簿が上から二度叩いた。