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    ankounabeuktk

    @ankounabeuktk

    あんこうです。オル相を投げて行く場所

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    ankounabeuktk

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    両片思いの潜入捜査、というリク。

    【この話に含まれるもの】
    名前のあるモブ
    別パートナー描写
    ハピエン

    しばらく小説を書いてなかったので
    リハビリを兼ねて行き当たりばったりで書いたら
    やっぱりちょっと長くなってしまいました。
    プロットって大事だなあって思いました。

    結局日和ってR18のシーンはありません。
    行き当たりばったりだ!!!ってのがわかる展開です。
    対戦よろしくお願いします。

    お伽話の続きを【オル相】 会合というのは非常に面倒臭い。勿論情報はあるに越したことはないが、それと面倒ごとに巻き込まれる心労を天秤に掛けたらどちらが下がるか。
     答えは平行線のまま、相澤は今夜他人と恋人のふりをしてとあるパーティーに参加を余儀なくされている。
     他人と恋人のふりをするのは特に何の問題もない。特にこんなパーティー会場においては、別に軽く腕を組んで時折パーソナルスペースを無視するように近づいて髪についたゴミを取るような仕草をするくらいで済む。薬物や手が早い下世話なパーティーならばもっと現場はえげつないし、品のいい恋人のふりなどはそもそも求められない。
    「今日のパートナーが君で良かったよ」
     初老の紳士は白髪を染めて隠す気はないらしい。相澤は雑踏に掻き消されるだろうに、更に周囲に聞こえないような大きさでどうもと素っ気なく返事をし、車を降りてドアを開けるとエスコートのために手を差し出す。しかしながら、紳士はその手を取ることなく車から降りた。年齢の割にしっかりとした体格、相澤とさほど変わらぬ身長の男は宙に投げ出されたままの相澤の手を自分の肘に絡めるように回させた。
     つまり、そういう役割を周囲に見せつけるために。
     そもそも恋人ではないのだから、はたから見て自分が抱く側と抱かれる側、どちらで見られようと興味もない。今日のクライアントがそういう立ち位置を望むなら、従うまでである。
     相澤は黙って紳士の横に立ち、周囲に目を配りながらホテルのパーティー会場へ入って行った。
     今夜の仕事は隣にいる紳士の護衛となっている。
     パートナーと来なければならない制約があるパーティーとは一体何かと勘繰ったが、ある程度の社会的地位のある、同じ性嗜好を持った人々が集まる情報交換会のようなもの、とだけ説明を受けた。
     念の為この相手と案件を紹介して来た塚内に確認を取ったが、そもそも怪しい会合としてリストアップされているわけではないらしい。マイノリティの人々が団結して過激な活動に傾いていくことはままあれど、今のところこの不定期に催される会合に特定の敵の思想を嗅ぎ取ってはいないそうだ。
    『すぐに紹介できて信頼できるアングラヒーローがイレイザーしかいなかったんだ。学校の方も忙しいと思うが俺も恩がある相手なんでね。恋人のふりなんて申し訳ないが、一晩だけ借りを返すと思って助けてくれないか』などと頭を下げられたら、否とは言えなかった。
    (……逆に、地位の高い方々はこの会場にいる写真を撮られてゆすりのネタにはされそうだけどな)
     多様性と持て囃したところでそれは未だ綺麗事に近いので世の中だ。相澤の懸念は尤もなのか、あちこちにきちんとした身なりの警備員が配置されていた。
    「パートナー同伴とのことですが、旦那様は新しい恋人探しが目的ですか?」
     わざわざアングラヒーローに話を通してまでこの会合に出席を望む理由がわからない。そこは相澤の職責から外れるが、思惑がわからなければ適切なタイミングで口を挟めないだろう。
     明け透けに問いかけた相澤に旦那様と呼ばれた男は鷹揚に笑った。
    「私の今の恋人は君だよ」
    「……」
    「そう怖い顔をしないでくれ。折角綺麗なのに」
    「その冗談は失敗していますよ。面白くありません」
    「冗談で言ったわけではないのだけれどね」
     相澤の今日の服は男の見立てて用意されたものだ。依頼料とは別に支給され、返す必要もないと言われている。金持ちの道楽は全く意味がわからない。
    「しかし君に目的を知らせないのも作戦の遂行には支障があるかもしれないしな。もう少し待ってくれ。私のターゲットはまだ現れていないらしい」
     大きなシャンデリアの輝く部屋に通され、ふかふかの絨毯の上を居心地悪く歩く。男は時折周囲を見回しながら、ターゲットとやらを探していた。
     ついでにとシャンパングラスを手渡され、形ばかりにグラスを触れ合わせ男は景気良くそれを煽った。相澤はにおいを嗅ぐとひとくちだけ世辞のように口に含み、唾液に混ぜて嚥下する。よく冷えて高い味がしたが、それ以上のことは興味がない。
     着飾った男と女の群れが相澤の前、騒めきの中を左から右へ泳いで行く。
    「……同性パートナー限定の会合でしたよね?」
    「ああ」
     混じり合った団体は異性の二人きりではなかったから、まあそういうことなのだろう。
     自然と壁際に寄りながら、ターゲットの登場を待った。ちびりちびりと口に含んだシャンパンが、五回ほど相澤の喉を湿らせた時、隣の男が潜めた声を躍らせた。
    「来た。彼だよ」
     嬉しそうな声にドアが開いた方を相澤も見遣る。
     東洋系のモデルのような綺麗な顔立ちの男が、高身長の男の腕にぶら下がるようにしなだれかかりながら部屋に入って来た。
    「……もう一度聞きますが、ナンパ目的でしたか?」
    「私の目的は、彼と仲良くなることさ」
    「経済的に?」
     この会場の少なくとも半分には社会的地位がある。会社の重役だったり学術的な肩書き、インフルエンサー、もしくはそれに準ずる何か。だから利益を求めて人脈を構築するのは何ら悪いことではないし、むしろこの会の目指すところはそこにあるのだろう。
     相澤の問いに男はニヤリと笑った。
     透けて見える下心は仕事からは逸脱している。
    「失礼ですが、お知り合いですか」
    「おや。君はあの子を知らないのかい」
    「流行には疎いもので」
     あの子、と男が呼んだから、ターゲットを絞り込むことができた。
    「モデルのタロウくんだよ。青年実業家として色々な事業をやってるんだ。隣のノッポの恋人は初見だけど」
    「そうですか。不勉強で申し訳ありません」
     相澤は敢えて情報を開示しなかった。
     小悪魔で奔放な恋人を甘やかすような視線を送っているノッポの恋人が、オールマイトの世を忍ぶ姿だということを。





     タロウというモデルは相澤が思うより顔も名も知れているようで、至る所で呼び止められて挨拶をしたり名刺の交換をしている。華やかな男が目立つのは当然として、仲睦まじく歩いているオールマイトが放つ消せないオーラのようなものが、更に場を明るくしていた。
    (あの人一般人の擬態マジでできねえな)
     確かにオールマイトの予定表は今夜外出の色で縁取られていた記憶がある。だからと言ってまさか、同僚のデート現場に鉢合わせするとは想定外だ。
    (……しかしオールマイトさん恋人いたのか)
     ミッドナイトに恋愛の話を振られるたび、夢に夢見がちな女子小中学生のようなリアクションを取るからすっかり面白がられておもちゃにされていたと言うのに、蓋を開ければ歳の離れた若い男にデレデレとぞっこんなのが丸見えだ。
    (帰りてえな)
     オールマイトに恋人がいた。それは至極真っ当なことに思えた。いない方がおかしいくらいに引く手数多の魅力的な人だ。だから、何故か去来する形容できない感情やこの胸が痛む理由など考えたくもない。
     それよりももっと頭が痛いのは、この後あの二人に接触を図ろうとタイミングを探っている相澤の本日の雇い主の隣で恋人のふりをしていなければならないことだ。
    (…………帰りてえ)
     護衛なのだから離れていてもいいですか、という申し出は不可思議な顔で却下された。
     一人で声をかけるのはそれこそナンパと勘違いされ無駄な軋轢を生むからねと諭されれば左様ですかと引き下がるしかない。
    「こんばんは。ご挨拶させて頂いて宜しいですか?」
     にこやかに声を掛けた男にタロウが振り返る。
    「こんばんは!初めまして、でいいですよね?」
     朗らかに名刺を交換する二人の後ろでオールマイトが相澤を見て顔を強張らせた。
     他人のふりをするために視線を逸らす。
     それだけでオールマイトは察してくれたらしい。
     タロウを口説こうという男の口は確かに達者だった。恋人が隣にいるのだから、下心など微塵も感じさせることなく自分の事業の押し付けがましくないアピールをさらりと終えてぺこりと頭を下げた。
    「行こうか消太」
     突然名を呼ばれ、散漫になっていた意識が乱雑に組み合わされる。男は相澤の腰に手を回しスムーズに方向転換させるとそのまま部屋の出口へと向かって歩き出した。行きよりも密着した体を視線が追っている。背に感じる圧は、オールマイトのものだ。
     隣の男はタロウへの第一段階のアクションが上手くいったことで頭がいっぱいらしく、全くそれに気付いていない。
    「あーいいな。ねえ八木さん、俺にもアレやって」
    「タロウくんは甘えん坊さんだなあ」
    (八木さん)
     当たり前の事実が相澤の後頭部を殴る。
    (恋人なんだから本名で呼ぶ。そりゃそうだ)
     オールマイトに本名で呼ぶことを許された男。
     彼はあの体のカラクリを知っているのだろうか。
     会場のドアが閉まったところで相澤は腰に回された男の手を失礼がない程度の勢いでさっさと外した。
    「仕事はここまでで宜しいですね」
    「ありがとうイレイザーヘッド。助かったよ」
    「タロウとやらとのコネクションはあれで良いんですか?」
    「初回なら上出来さ。連絡は来るよ、絶対ね」
     さっきのセールストークのどこで、そこまで自信を持てる確証が得られたのか相澤にはとんとわからない。しかし、ギラギラとした目には野心が溢れている。その自信がベコベコにへこむかどうかはどうでも良かった。
    「では失礼します」
    「どうだい上で一杯。部屋も取ってあるんだけれど」
     微笑む男に相澤はにべもなく答えた。
    「お断りします」
    「おや残念だ。君を満足させられると思うけれど」
    「些か自意識過剰では?」
    「それは試してみなければわからないだろ」
    「ですので、お断りします」
     形ばかりに頭を下げて相澤は足早にホテルの玄関を出た。塚内もとんでもない案件を持ち込んでくれたものだ。恩を返してもあまりある心労が相澤に積み上がる。
     その夜、オールマイトがタロウを組み敷く夢を見た。途中からタロウが自分にすり替わって、年下の恋人を可愛くて仕方のない目で見つめるオールマイトに激しく抱かれ、虚しい気持ちで目を覚ました。
     一度では足りず、二度抜いてから学校へ行くため家を出た。





    「おはようございます」
    「おはよう相澤くん」
     こんな日に限ってオールマイトの出勤が早い。
     相澤は内心舌打ちしながらパソコンを立ち上げ授業の準備を始めた。オールマイトが何か言い出すかと思ったがそれは相澤の杞憂のようだ。
    (……見なかったことにした方が良いんだろうな、お互い)
     相澤があれは仕事だとオールマイトに言い訳めいたことを言う必要がどこにもない。相澤に恋人がいようがいまいが、オールマイトには関係がないからだ。
    (関係はないが)
     誤解されたまま、というのは、どこかもやつく。
     そのもやつきの原因を見ないふりしたまま憂いを解消するのは難しい。
     昨夜のことは互いに触れないまま昼になった。
     オールマイトが作ってくれる弁当を仮眠室で食べながらミーティングとするのが昨今の日課だ。幾分晴れない気持ちで、生徒の質問に答えていて遅くなった分を取り戻すように急足で仮眠室のドアを開ければオールマイトがお茶を入れているところだった。
    「お疲れ様」
    「お疲れ様です」
     弁当を広げ連絡事項をやり取りしながらさっさと食べ終える。不意に会話が途切れた瞬間、やはり相澤の胸をよぎったのは何とも言えない居心地の悪さだった。顔に出てしまっていたのか、オールマイトが薄く微笑む。
    「誰にも言わないよ」
    「……いえ」
     何と答えるのが正解だったのだろうか。
    「君は、年上が好みなのかい?」
     曖昧なまま逃げようと背を向けた事実にオールマイトが無邪気に槍を突き刺す。
    「あなたこそ、随分と年下が好みなんですね」
     関係の否定より先に返す刀が本能で狙ったのは、相澤のやっかみのど真ん中だった。
     オールマイトは少しだけ目を丸くして、それからははっと面白そうに笑った。細めた目とここにいない誰かを思った柔らかい笑みに胸が締め付けられる。
    「パートナーに私と君のことを?」
    「言うわけないでしょう。面倒臭いことはごめんなんです」
    「なるほど、君のパートナーは嫉妬深いのかな」
     パートナーじゃありません、仕事の数合わせです。
     そう告げようとした言葉はオールマイトの言葉で打ち消された。
    「うちのは嫉妬深いのが玉に瑕でね」
     うちの。
     オールマイトの内側にいる、そんな呼び方をされるあの顔のいい男を羨ましいと思った。
     羨ましいと思ったと、自覚した。
     すっと血の気が引く。寒気がする。
     目を背けていた事実が肉体という物証を伴って相澤を追い詰めに来る。
    「君のパートナーの事業に興味を持ったようだったよ。またパーティーがあれば顔を出すだろ?」
    「……繋がりができたなら俺はあの場に行く必要ないでしょう」
    「そんなこと言わないで。タロウくんは夢中になると一直線でね。あの場で一人きりになるのは気が引けるし、パートナー同士が商談しているなら君と話しているのが一番安全だもの」
     狙っている男がいると公然とのたまったその口で他の男を口説く男に信用は置けない。オールマイトの誘いに消極的に否定しながらも相澤は結局、次の週末また塚内を通して依頼をして来た男の腕に手を絡め、あのホテルへ行かなくてはならなかった。
     商談は土俵に乗る権利を得たらしい。






    「商売の場でしょう。パートナー同伴じゃなきゃいけない理由ってなんですか?」
    「その点に関しては私も疑問がないわけじゃないけど、いいじゃない。楽しそうなんだし」
     グループデートになりそうな場を、用事がある二人とそうではない二人にさりげなく分けてくれたのはオールマイトだ。テーブルに向かい合って座った当事者はタブレットを間に挟み、しきりに議論を交わしてはメモを取ったりと有意義な時間を過ごしているように見えた。オールマイトと相澤はと言えば、盛り上がる二人のよく見える席を案内され、値段のわからないアイスコーヒーを前に雑談に終始している。
     時折タロウがこちらに視線を投げてはオールマイトに可愛らしく手を振ってはそれに振り返す仕草は完全にバカップルのそれだ。
     呆れた眼差しを送れば、オールマイトは相澤の表情に気が付いて口元を押さえて笑う。
    「君、そんな顔もするんだね」
    「俺はあんたの意外な一面を目の当たりにしてどんな顔をしたら良いかわからないだけですよ」
    「意外?」
    「天下のオールマイトが年下男にベタ惚れかと」
    「はは。タロウくん三十歳だよ。若く見える?」
    「小児性愛者じゃないようで安心しました」
     オールマイトを見ずに答える。
     絶えず、居心地の悪さが相澤を苛んでいた。
    「……知ってるんですか」
    「何を?」
     漠然とした相澤の問いが何を指しているのか気付かないほど鈍い男でもあるまいに、敢えて尋ね返すオールマイトはわざと、相澤を知りたくもない内側に踏み込ませる。
    「……あなたの正体」
     オールマイトは静かに目を伏せた。ゆっくりと上がった口角は肯定も否定もしない。相澤は眉を顰める。
    「恋人なのに隠し事を?」
    「彼にとって私はヒーロー事務所でデスクワークをしている八木俊典だからね」
     コーヒーカップを持って口元に運ぶ仕草すら美しい男は、どう見ても事務職員ではない。
    「長いんですか」
    「いや。気に入られただけさ」
    「気に入られれば誰でも付き合うんですね」
    「なんだか棘があるなあ。そういうわけではないさ。君こそ、ダンディな彼氏じゃない」
     恋人ではない。ただの護衛役だ。ていのいい数合わせだ。
     どうしてそれだけのことが言えないのだろう。
    「そうですね。年上が好きです」
     適当に吐き出した言葉はどうとでも取れるものを選んだ。
    「ボディスキンシップのお好きな方のようだったし」
     帰り際腰を抱かれた話だ。やはりあの視線はオールマイトで間違いなかった。
    「隣に恋人がいるのに人のケツジロジロ見るのマナー違反ですよ」
    「……ごめん」
     てっきり、見てないよとかはぐらかすと思っていたオールマイトがバレていたことを気まずそうに謝った。相澤は話を振っておきながら拍子抜けする。
    「……俺は浮気は嫌いなんで」
    「私もさ」
     またしばしの沈黙。苦ではないけれど、仕事の話をするわけにもいかずいたずらにコーヒーを飲んで埋めたせいで既にカップの底が見えていた。
    「言わなくていいんですか」
    「言う必要はないよ」
    「それで恋人だと?」
    「全てを教えることが正解かなんて、本人が判断することだろ」
     オールマイトがそう考えているのであれば問題ない。ただ、相澤がすっきりしないだけだ。
     そしてそれは相澤の個人的な問題であって残念ながらオールマイトには関係がない。
    「この茶番、まだ続くんですか」
    「ビジネスパートナーマッチングは今回で成功するんじゃないかな」
    「ならこんな時間の無駄は今日で終わりですね」
     相澤がほっと胸を撫で下ろす。他人と恋人のふりをするより、恋人に夢中のオールマイトを見る方がつらい。
     何しろ、勝手に夢に出て来て勝手に抱かれたので勝手にオカズにするくらいには。
    「相澤くん」
    「──はい」
     思考の海に沈み込んでいた意識がオールマイトの鋭い声で浮上する。
     見れば、商談を終えたらしい二人が揃ってこちらに手を振っていた。オールマイトに続いて席を立つ。その場の全員にこのあとお茶でもというタロウの誘いをオールマイトは仕事があると断った。三人の視線が相澤に向かう。
    「俺も予定があります」
    「そうか。じゃあ、タロウさんをお借りしてもよろしいですか。次回にしようと思った打ち合わせをもうひとつ終わらせられるかもしれないし」
    「いい?」
     恋人以外の男と二人で出かけてもいいか?と上目遣いで伺いを立てるタロウにオールマイトは微笑んで頷いた。雇い主は相澤に尋ねもしない。
    「ごめんね、彼氏さん借りますー!」
     相澤に手を合わせてしおらしく謝るタロウは一度頭を下げたあとパッと表情を変え、じゃあさっき話したパンケーキの店行きましょう、と歩き始めた。
     オールマイトが店員に視線を送る。おそらく全てのテーブルの支払いはそれで済んだはずだ。
     ホテルのレストランの前で目当ての店に向けてしっかりとした足取りで歩き始める二人の後ろ姿を見ながら、どっと押し寄せた疲れに相澤の背が丸くなる。
    「大丈夫?」
    「疲れました」
    「そうじゃなくて。君的にあれ、浮気じゃないの?」
    「さあ。手の早い男のようですが流石に彼氏持ちを即食いするような倫理観の無さではないと思います」
     他人事のような相澤の分析にオールマイトは黙って見つめてくるだけだ。
     見上げた相澤の怪訝な顔に、オールマイトはぱっと表情を取り繕って指を一本立てた。
    「まだ早いしデートしよっか相澤くん」
    「は?浮気が嫌いって言った舌の根も乾かねえうちに他の男に粉かけるんですかあんた」
    「ただの同僚とちょっと出かけるだけだよ」
    「……はあ。どこへ?」
    「イイトコ」
     ぱちん、というウィンクが腹が立つほど似合っている。訳がわからないままの相澤を引っ張ってオールマイトはスマートフォンの画面に視線を幾度となく送りながら相澤の手を引いて大股で歩き出した。





    「なんなんです一体」
     道中オールマイトが何かを確認しながら急ぐ姿と真剣な顔つきに口出しもできず、握られた手を振り解く理由もなく付き従った相澤はようやく緩んだ歩調に愚痴と溜息を混ぜ込んで流した。
     カフェらしき店内の大きな窓の向こうにはテラス席がある。オールマイトは店員にその席を希望して、転落防止と景観美化を兼ねた木製のおしゃれな柵の張り巡らされた外へ案内された。大きな傘で日差しは遮られ、初夏とは言え容赦無い照り付けを防いでくれるのはありがたい。それでなくとも相澤の私服は黒が基調で、炎天下には向いていない。
     出されたメニューブックを広げ、どれにしようかなと楽しげなオールマイトは店員が去っていったと同時にメニューに視線を落としたまま声色を変えた。
    「向かいのビル、カフェ。一階の窓際」
     柵の隙間から相澤が階下を見遣る。二階の高さのこの位置からはオールマイトの単語の意味が良くわかった。
    「……尾行ですか。悪趣味極まりないですね」
     先程別れた二人が楽しそうに会話を弾ませている様子が見て取れた。テーブルの上にはクリームが山盛りのパンケーキとパフェのようなものが見える。
     手をつけ始めたところだろう。ほとんど量は減っていない。
     吐き捨てるように感想を漏らしてから、オールマイトの纏う気配に相澤は軽口を引っ込めた。
    「何か?」
    「……君さ。彼と何処で知り合ったの?」
     気配がヒーローオールマイトだと思ったのは相澤の勘違いだったのか。切り込まれた色恋沙汰に相澤は見当違いの落差から思い切り顔を歪めた。
    「それ、あんたに関係あります?」
    「ん……あると言えばある」
    「どんな風に?」
    「君が彼に騙されてる可能性とか」
    「は?」
    「セックスが上手いだけの男に快楽で籠絡されてない?」
    「俺のこと馬鹿にしてます?」
    「そこに愛はあるのかなって」
    「あんたね」
     オールマイトとは思えない不躾な言葉遣いに苛立った相澤がキレかけた時だった。
     ビシ、と何かが軋み崩壊する様な音。複数人の悲鳴。
     反射的に向けた視線の先、あの窓ガラスに放射状に入るヒビと、その蜘蛛の巣の中心の穴。
     二発目が放たれる。
     一発目の真横に穴を開けた弾はタロウのお冷やのコップを壊した。事態を理解しないカフェの中の女が一斉に騒ぎ始める。
     言葉を交わすことなくオールマイトは真上を向き相澤はテラスから飛び降りた。
     ガラスの向こうで青ざめるタロウとあたふたしながらもタロウを庇おうとする雇い主を背に狙撃ポイントを逆算し周囲のビルと屋上を見回した。
     ポケットに忍ばせた捕縛布を手に巻き付け、野次馬の集まり始める路上で次弾に備える。
     やがて頭上から呑気な声だけが降って来た。
    「犯人捕まえたよ。引き渡してくるからそこ任せていい?」
     怯えた恋人を置き去りかよという嫌味は飲み込む。ヒーローはヒーロー業を優先するべきだ。少なくとも、信頼できる仲間にその場を任せられるなら。
    「代わりましょうか?」
    「君、空飛べないだろ」
    「……なるべく早いお戻りを」
     恋人を任せるに足るという信頼は、嬉しくもあり悲しくもある。
    「了解した!」
     相澤の心境などお構いなしにセリフだけはちゃんとオールマイトの声で、さっさと事件を解決したらしいナンバーワンは姿を見せずに飛び去った。遠ざかる気配に相澤は緊張を解き、ガラスの破片が飛び散ってもう食べられなくなったパンケーキを前に怯えた顔をしたタロウに事情を聞くべく店内へ足を踏み入れる。
     遠くにパトカーのサイレンが聞こえる。
     面倒ごとは勘弁して欲しかったが、この状況で見て見ぬふりをして帰れる面の皮は相澤には備わっていない。





    「ヒーローなんですか?」
    「一応ね」
     相澤が免許を見せるとタロウは何度もそれと相澤本人を見比べた。今日はめかし込んでいないので、写真と良く似た顔があるはずだがどうにも信じられないのか、五往復ほどされたところでもういいだろうと相澤は強制的に免許をしまう。
     何故か得意げな雇い主を無視してタロウに再度問いかける。
     元いた席のあたりでは割れたガラスを片付けるのに店員が箒とちりとりで床を履いている。大きな窓ガラスは全部張り替えになるだろう。
    「で?」
     どういうことか説明しろと促せば、出入り口付近に移動したタロウはぽつぽつとこれまでのことを語り出した。
     何者かに脅迫されていたこと。幾度となく命を狙われていたこと。原因はおそらく仕事絡みの怨恨と思われること。たまたま襲われた現場で救ってくれた八木に一目惚れしたこと。守ってほしいとお願いしたら二つ返事で了承されたこと。
     そこまで聞いて相澤は目を細める。
    (付き合ってたんじゃなくて、付き纏わせて犯人捕まえようとしてたんじゃねえかあの人)
    「どうして相澤さんはここに?」
     タロウの疑問ももっともだが、相澤的に答えは今の説明の中に含まれている。
    「八木さんに頼まれてボディーガードのようなことをしていた」
     何も説明しないままオールマイトはいなくなったが、結果として間違いではない。余計なことは言わないに限る。
    「八木さん……」
     目を輝かせるタロウの感動とは正反対に、気の毒な気持ちが増して行く。オールマイトの行動は愛に起因するものではなく、事件を解決したかったからの割合が相当に高いはずだ。
     オールマイトなら多分そうする。
    (いやオールマイトさんが本気でこいつを愛してる可能性はまだある、まだ)
     自分の中で一気に萎んだ選択肢をなんとか奮い起こしたところで、雇い主の様子がおかしいことに気がついた。
    「でもあなたが恐怖を感じた肝心な時に彼は居ないじゃないですか。私なら君を命を賭けて守るのに」
    「……!」
     目の前で突然始まった茶番に相澤は黙って一歩引いた。
     口説かれたタロウもなんなら満更でも無い様子で、今の今まで命を狙われていた危機感は簡単に新しい愛にすり替えられそうな気がしている。
     身長は違えど体格は細くもなく、醸し出す空気、少なくとも表向きの紳士的な雰囲気は八木と同じ系統だと言えなくも無い。
    (そういや、吊り橋効果とかなんとかって前にマイクが恋愛テクの話してたな)
     しかしオールマイトの恋人が簡単に乗り換えられていいのか。それはそれで面白くない感情に眉間に皺を寄せていた相澤の耳に聞き慣れた声が届く。
    「おや。イレイザー……と」
    「塚内さん」
     相澤と雇い主の声が重なる。現場に駆けつけた刑事は他の誰でも無い塚内だった。
     ポケットのスマートフォンが小刻みに震える。
     雇い主が状況の説明を塚内に始めているのを流し聞きしながらポケットから取り出し画面を見れば、オールマイトからの任務完了のメッセージが届いていた。
    「無事終わったようなので俺は帰ります」
    「イレイザー、すまないが署に寄ってくれ」
    「……わかりました」
     まだ不安そうなタロウの肩に雇い主が手を添える。もうそこの関係には触れずに、相澤はさっさと現場を後にした。





    「いやー、フラれちゃったよー」
     満面の笑みで告げるセリフとは思えない言葉で先に警察署に到着していたオールマイトは相澤を出迎えた。
     会議室のドアを開けるなりデレデレとしたオールマイトの緊張感のない発言に相澤は眉をひくつかせ睨み付ける。
    「そりゃあ良かったですね」
    「相澤くんも別れた?」
    (も、とはなんだ、も、とは)
     イラつきながらもそうですねと答えればオールマイトの浮かれっぷりは輪をかけてひどくなる。
     少なくとも恋人と別れた相手に向ける顔ではない。
    「何がどうなってるんです」
     雇い主は本懐を遂げたようだからこれ以上触れたくもないし、オールマイトが恋人と別れたなら相澤の溜飲も少しは下がる。
     せめて、起伏するだけ感情があるんだなと自分自身を顧みる機会にもなったこの二週間の辻褄合わせくらいして貰わなければならない。
    「いやあ、活動限界の後に彼が襲われているのを見かけてね。助けたら懐かれちゃって」
    「そして若い男を手籠にしたと」
    「してない!人聞きの悪いこと言わないで!」
    「してないんですか?守ってほしいって言ったらオーケーされたって言ってましたけど」
    「君その顔、わかってて私で遊んでるだろ」
    「鬱憤を晴らしているだけです」
    「正直だなー!そういうとこ好きだぜ!」
     不意に投げ込まれた単語に仰々しく反応しそうになる自分を押し留める。その沈黙ですら訝られるとわかっていても、冷静になるために僅かな時間が必要だった。
    「……言葉遊びはこれくらいにしてください」
     むっとした相澤を見てオールマイトもまた平静を取り戻した。全てが演技だったかもしれないが相澤にはまだそこまで読み解く力はない。
    「彼が命を狙われているのを知ったからには、はいさようならとはできなかったからね。しかもこの姿で出会ってしまったものだからオールマイトが出張るわけにも行かなくて。私のできる限りでサポートしていたんだけれど、その場に現れたのが君と君の元カレさ」
     オールマイトの中で既に雇い主は過去の男にされていた。
    「……俺は塚内さんの仲介であの人とパーティーに行っただけですよ。元々、タロウさんとビジネス的、ゆくゆくは性的な繋がりを持ちたかったそうなので」
    「元カレさんが?」
    「そもそも彼氏じゃないんです。あのパーティーが恋人同伴じゃないと入れないと謳っていたからそれっぽくしただけで」
    「……じゃあ、君は彼氏をタロウくんに取られた、わけじゃない?」
     執拗に気にしていたのはそこかと相澤が額に手を当てる。
    「一応聞きますけどオールマイトさん的にタロウくんは恋人だったんですか」
     ふるふると左右に頭が振れる。遅れて動く二房の前髪が妙に可愛らしく見えて相澤は笑ってしまった。
    「笑うとこ?」
    「すみません。先程フラれたと仰っていたので」
    「便宜上ね」
    「オールマイトさんはタロウさんの件を塚内さんに相談していなかったんですか?」
    「してたよ」
     予想していた通りの答えに疑問が浮かぶ。
    「……じゃあなんでわざわざ塚内さんは俺をあの人に紹介するような真似を?タロウさんへの人脈はオールマイトさんを通じて、既にあったわけでしょう?」
     タロウと知り合いたいがためにパーティーへの同伴相手を探していた雇い主。
     タロウを狙う犯人が現れないかとパーティーに同伴したオールマイト。
     タロウを紹介する伝手を持っていたにも関わらず、オールマイトに秘匿し何故か相澤を紹介した塚内。
     事件の要の男は、待たせたなと息を切らして会議室のドアを開けた。




    「なんでって……」
     塚内は三茶の持ってきた缶コーヒーを一気に飲み干して勢い良く会議テーブルに置いた。小気味良い、カンという甲高い音が部屋に響く。
     ちら、と塚内の視線がオールマイトに注がれる。
    「その方が丸く収まると思ったからさ」
    「丸く?」
     首を傾げる相澤に塚内は頷いた。
    「タロウ氏が命を狙われるのと、タロウ氏が八木俊典を諦めるのを同時に解決するためには、犯人の逮捕と同時にタロウ氏が八木俊典以外に恋をする必要があった」
    「……そこへあの人がタイミング良く現れたと?」
    「犯人の可能性も考えたけれど、そこは裏取りでシロだとわかったからね。イレイザーだってちょっと絆されるくらいには、雰囲気似てたろ?」
    「絆されてません」
     即否定する。塚内はただ笑っている。
    「だから、彼はタロウ氏を狙っているみたいだったし、それならそこが相思相愛になれば八木俊典は一方的な恋慕から逃れて晴れてフリーになれるって筋書きさ」
    「警察はオールマイトのシモの世話までしなきゃいけないんですね」
    「語弊があるな。これは友人としての助け舟だよ」
    「それで駆り出された俺の身にもなってください」
    「そう?結果は大団円だと俺は思ってるけど」
    「あの人とタロウさんが上手くいくことを願ってますよ」
     相澤は聞くことは聞いたと席を立つ。
    「イレイザー。登場人物は四人いるんだぞ」
     背に投げかけられる声をその場に投げ捨てた。
    「意味がわかりません」
     部屋を出る相澤の後ろをぱたぱたと小走りで追ってくる足音。
     あの話を聞いて塚内が最初から何を狙っていたのか、最後の方に何を示唆したのか気付けないほど疎くはない。
     疎くないのが、恨めしい。
     それではまるで。
    「相澤くん待って。一緒に帰ろう」
    「方向が違います」
    「フラれたもの同士慰め合おうよ」
    「あんたはフラれたかもしれませんが俺はフラれてません」
    「似たようなものだろ」
    「大違いです」
     熱くなる体温を悟られてはいけない。顔色を変えてはいけない。表情に矛盾を含んではいけない。
     オールマイトにまとわりつかれる相澤に通り過ぎる皆が視線を送る。居心地の悪い警察署を出ると空は既に暮れかけていた。
    「もうこんな時間か。ご飯食べて帰らない?フラれたもの同士」
    「どうしてもその括りにしたいんですか?」
    「うん」
     はあ、と諦めの溜息は誘いへの許可と同じ。
     オールマイトは相澤の手を握ってお店はあっちだよ、と歩き出す。
     相澤はやっぱりその手を振り解く理由が見つからないまま、赤くなった顔がバレないよう早く陽が沈めと祈った。





    「相澤くんさ、タロウくんって覚えてる?」
     オールマイトが示した名前に相澤は興味がない。
    「ベッドの中で他の男の話をするんですか?」
    「君もそういうこと言うんだね」
    「いちいち感動せんでください。タロウさんってあんたが助けた青年実業家でしたか」
     冬の朝は寒い。勿論暖房の効いたオールマイトのマンションの寝室は裸でいても風邪を引かないくらいの室温は保たれていたけれど、それでもやはりぬくぬくとした布団に包まれていたいものだ。
     ふあ、とあくびをした相澤の頭を二度撫で、オールマイトは相澤と同じく枕に頭をつけたままでうんそう、そのタロウくん、と続ける。
     相澤にとっては名前を呼ばれるまで記憶の向こう側にあった存在だ。
    「あの人と結婚の話が出てるんだって」
     あの人、とは相澤をモノにできないかワンチャン狙いつつタロウを口説いたあの雇い主で良いのだろうか。
    「それはめでたいことですね」
    「でも、揉めてるらしくて」
    「また泣きつかれたんですか?」
     話の流れに相澤が機嫌を悪くする気配を察知してオールマイトは違う違うと笑う。
    「タロウくんさ、苗字、桃島って言うんだよ」
    「……はあ」
    「だから、ちっちゃい時から桃太郎ってあだ名で呼ばれるのすごく嫌だったんだって」
    「何がどれだけ嫌かは人によって違いますからね」
    「そう」
    「しかし……」
     相澤は記憶を掘り起こして言葉を濁した。その仕草でオールマイトは相澤が察したことを察する。
    「あの人の苗字、俺の記憶が確かなら浦島だったはずですが」
    「そう。だから、浦島太郎にはなりたくないって揉めてるんだって」
    「くだらないですね」
    「何がどれだけ嫌かは人によるって君は今言ったばかりじゃないか」
    「好きな人と居られるならどんな名前になろうと俺は構わない、ってだけです」
     そう言って布団を頭から被り二度寝を決め込む相澤をオールマイトは逃さない。顔を暴くととんでもなく抵抗されるのがわかるから腕を伸ばし布団ごと抱き締めて閉じ込めてしまう。
    「八木消太になってみる?」
     囁いた声に、布越しの返事。
    「気が向いたら」
     素っ気無いのに込められた想いはちゃんと伝わって、それがいつか知りたくて我慢できなくなったオールマイトは相澤の名を愛おしげに呼びながら布団の中に潜り込んだ。
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