情熱の【オル相】 困ったなあ、とオールマイトは独りごちた。
それは、困った気持ちをどうにか昇華しようとするための行為であったし、困っている自分を客観視して少しでも気持ちを落ち着けるためのおまじないのようなものでもあった。
人助けにはパニックとなった被害者の個性暴走がつきものだ。こればかりは制御できるものではないから仕方ないと理解しているし、慣れっこでもある。大体の人は泣きそうな顔で謝罪をし、自分の個性と解除方法を詳らかにしてくれるのであまり長期化や大事になることはない。オールマイトが今回被った個性事故は解除方法が時間経過しかないのが難点だがやはり周囲に対し実害はないのが救いだった。
個性名は大きさと向きを持つ量、つまりベクトルと言う。そしてそこに乗るのは感情であり色である。
具体的にどういうことか、と言えば。
他人が自分に向ける感情の種類が色になって見えた。
好きと嫌いのグラデーションが赤と青の間で目紛しく色を変え自分に向かって突き刺さる。小さいものから大きなものまで、普段の視界を一枚別のシートが覆ったみたいにチカチカチカチカ、脳が処理を拒否するほどの賑やかな世界だ。
「おはようございますオールマイト!」
緑谷の挨拶が元気を表すオレンジが特大の大きさで飛んで来た。矢印はオールマイトの体に吸い込まれる。通り抜けはしない。なんだか元気をもらった気持ちになってオールマイトは更に口の端を上げた。
「おはよう!」
(うん、これなら大丈夫そうだな)
多少視界が煩雑なだけで、学校生活にそこまで影響はなさそうだ。そう思ってオールマイトは職員室のドアを開けいつも通りの挨拶をしながら自席に辿り着く。
「おはよう相澤くん」
「おはようございますオールマイトさん。今日は遅刻しなかったんですね」
「ああ。今朝は平和でなにより……だ、ね」
パソコンの電源ボタンを押して相澤の嫌味とも事実とも取れる挨拶に返事をしようとして顔を上げ、目を疑った。
赤い矢印が、それも特大の、とんでもない大きさの矢印が高速で向かって来た。概念だから痛みも何もない。ただ、矢印はオールマイトの体にするりと吸収されて消えた。
「オールマイトさん?」
動きを止めたオールマイトを訝って相澤が呼びかけて来る。
「あ、いや。明日も……遅刻しないように頑張るよ」
「はあ。良い心がけですね」
見間違いかと思ったのに、やはり相澤の発言に合わせて真紅の矢印がこちらに向かって来るからオールマイトは今度こそ息を止めてそれを真正面から受け止めた。
「……オールマイトさん?」
「ごめん。ちょっと保健室へ行って来るよ」
「怪我ですか」
「いや。少し、心の整理が」
「はあ。様子がおかしいのはいつものことですが、またなんか個性事故に巻き込まれてるんじゃないでしょうね」
「まさかまさかハハハ」
不自然な歩き方でそそくさと職員室を出ようとするオールマイトを相澤は不審者を見る目で眺めている。
職員室を出てやっと探りがちな視線が途切れた。はあ、と息を吐けたから緊張で呼吸が狂っていたのだとわかる。
(赤)
赤というよりは紅に近い色だった。紅は。
『感情は色になります。好きであればあるほど濃い赤に。嫌いであればあるほど濃い青に』
先日の、申し訳なさそうな被救助者の女性の声が脳裏に蘇る。
愛を告げる薔薇のような色だった。
「……困ったなあ」
それがどういう困惑なのか。
まだオールマイトは上手く説明できそうになかった。