浮かれポンチラブビーム【オル相】 視線は言葉より雄弁だ。
それは常々、オールマイトが相澤対して抱いている感想である。相澤は饒舌ではないが必要以上に会話を拒むわけでもない。用があれば話すし、なければ沈黙を苦としないタイプだ。しかし、つとアンコンタクトとなれば一瞬の視線にとにかく情報量を詰め込んで送ってくる。会話のできない現場では重宝する技術だよねと褒めたことがあるが、あそこまで的確に読み取ってくれるのはあなたとマイクくらいですよと珍しく上機嫌に返されたことを覚えている。
だから相澤は、その目が何を訴えたいかオールマイトに伝わっていることを知っている。
(うう。視線が痛い)
ちりちりと遠くから投げかけられる視線にオールマイトは気づかないふりをする。目の前にいるのは緑谷で、きっとまた特別扱いはやめてくださいという教師としてあるまじき振る舞いへのお小言だ。しかしこれは必要な言伝なのだとオーラを発して視線を無視した。圧がふと途切れる。相澤が背を向けて遠ざかる気配がした。諦めてくれたらしい。
ほっと胸を撫で下ろす。知られなくない秘密の会合ならばもっと人の来ないひっそりとしたところでやるべきだった。
職員室に戻っても相澤は先程のことには触れもせず、オールマイトが戻ってきたことに気づいているだろうが話しかける用がないようで、ただ無言でパソコンに向かっている。放課後の賑やかな職員室の中で、相澤の周りだけが静かだ。
「オールマイト、ちょっといい?」
ミッドナイトに声を掛けられ、オールマイトが立ち上がる。ミーティング用のテーブルに近づくと、訓練場のリニューアルについての意見を求められた。担任の相澤の意見は求めなくていいのか、とオールマイトが不思議そうな顔をするとイレイザーにはさっき聞いたわ、と返された。
それならば、と目の前に出された資料に基づきいくつか難易度について意見を述べる。
視線を感じた。相澤がこちらを見ている。
先程の緑谷と一緒にいた時とは違う気配だ。振り返って顔を合わせれば相澤の意図を読み取れるけれど、今はそれができない。
オールマイトが意見を述べ終わる頃にはやはり視線はもうこちらに向けられてはいなかった。
それから数日。
(……うーん、今日も見られてる)
ここまで来ると、何かやらかしたのに黙っているのを咎められているような気になってきた。
(相澤くんを怒らせるようなこと何かしたかな)
気になるなら面と向かって聞けばいい。
情報量の多い視線をぱっと受ければいい。
それだけで済むのに、相澤はオールマイトが振り向けない瞬間ばかりを狙っている。
(何も言わないなら、言いたくなるまでこのままでも良いんだけど)
察して欲しいわけでもなく、明確な要求なわけでもなく。見ていることに気づいていると理解しながら能動的には動かない相澤の仕掛けに対してどうするべきか。
怒らせたのなら謝罪が必要だろう。しかし何で怒らせたのか全くわからない。わからないなら謝りようがない。スケジュールを確認したが、土日は泊まりで都会に行かなければならず恋人同士の夜にはできない。せめて何かしらのヒントをと願い、夜一緒にご飯食べない?と誘ってみたが仕事が終わらないのでとにべもなく断られた。
しょんぼり肩を落とせばすみませんと謝られる。
謝るということは、食事には行きたいと解釈して良かろう。つまり嫌われてはいない。
「土日は私が無理だし……また今度だね」
「……そうですね」
ますます、相澤の視線の謎が深まる。
週が明けても雄弁な視線は止むことがなかった。
(一体なんなんだろう)
相澤は無駄なことが嫌いだ。過程が必要とあらば回り道を厭わない。ならば、これは相澤にとって過程なのだ。オールマイトが視線を受け取れない、そのタイミングにだけ何かを訴え続ける。
(まるで私、焦らされてるみたいだ)
すれ違い続けるプライベート。恋人としての関係を一切表に出さない学校生活。寮制に移行してからはなおのこと、四六時中禁止だらけの制限の中ではキスすら遠い過去の話だ。
(…………まさか、お誘い、だったりして)
怒らせたのかと心配していた頭は幸せ一杯の閃きに不安の全てを吹っ飛ばした。恋は人を馬鹿にすると言うが、まさにその通りである。
(落ち着け私。相澤くんがそんなまさか浮かれポンチラブビームを校内で送って来るはずがないよ)
ないないない。
お花畑にふわりと移動した頭を冷静になれともう一人の自分が諭しにかかる。
こうなると、俄然気になって仕方がない。相変わらず相澤の視線はちょくちょくオールマイトの背に刺さるが、本当に絶妙に他人との会話を打ちきれないタイミングばかり狙われて、まるで熟練のだるまさんが転んだをしているようだ。
じりじりと、試されてすり減って行く忍耐力。
いつしかオールマイトの関心は相澤が何を訴えたいのかより、その捕まえられない尻尾をどうにかして捕らえたいにシフトしていく。
しかし、相澤がその口で言いたくなるまで放置もしたい。
攻めるべきか守るべきか。
どちらとも決めきれないまま次の週末がやって来る。
(……相澤くんの予定表には、夜警当番とは書いてないし多分イケると思うんだけど)
「ねえ相澤くん」
「はい」
机の上のカレンダーを確認してオールマイトが話し掛ける。相澤は手を止めてオールマイトを見た。
そう、普段の会話ではしっかりと目を見て話してくるし、何も匂わせはしない。恐ろしくセルフコントロールができている。
オールマイトは手元のスマートフォンを操作して用意していた文面の送信ボタンをタップした。
「今、メッセージを送ったから確認してもらえるかい?」
「……はい」
相澤がカチカチとマウスを操作して、校務システムの方のメッセージの新着を確認している様子が見える。その表情が困惑したのは、そこにメールが届いていないからだ。何かに気付いたのか相澤はポケットからスマートフォンを出し、その画面に視線を落とした。
そしてオールマイトをぱっと反射的に見上げた、その表情にこれまでの答えを一瞬で悟る。
目を丸くしたオールマイトから相澤は何もなかったかのように視線を落とし、さかさかと指を動かした。ぽこんと新着のお知らせがオールマイトのスマートフォンの画面に出る。
『土曜十八時頃お邪魔します』
了解の代わりに右手だけを上げて振る。
撃沈したのは焦らされてちりちりと炙られ続けた正解の、たった一瞬の浮かれポンチラブビームを真正面から食らったオールマイトの方だった。