「 せーんくーうちゃーん!!!」
帰宅するなり、そんな呼びかけと同時にすさまじい勢いで同居人が抱きついてきた。
「 おかえり!おっ疲〜!!ねえねえ、ご飯にする?お風呂にする?それとも……俺にする?」
いつもにもましてテンションが高い。酒でも入っているのだろうか。
「 着替えてメシ。それから風呂」
べたべたしてくる同居人をあしらいながら、部屋に戻って。
ひとまず楽な服装に着替えた。
「 え〜!!せんくうちゃん!俺は?俺は?」
先ほどの選択肢から自分だけが除外されたのが心外だったのか、袖を引きながら抗議してくる。……間違いない。酔ってる。
ひとつ息をついて振り返ると、くしゃりとあたまを撫でてやった。
「 おう、そういや言ってなかったな。……ただいま、ゲン」
そう言って、軽く額にくちびるを落とす。
ゲンはしばらく固まったあと、一気に耳まで真っ赤になった。
そんなゲンの背を押しながら、キッチンにむかった。……食卓には、ビールの空き缶とカップ麺。ノンアルコールのものと同じパッケージの銘柄だったから、おそらく間違えたのだろう。
けれどもともと酒を嗜む習慣のないゲンが、自らこう言うものに手を出すのは珍しかった。
テキパキと空き缶を片付けて、炊飯器と冷蔵庫を確認する。卵、ネギ、鶏がらスープの素、今朝炊いた白飯。……中華粥だな。
とりあえず酔っ払いに飯を食わせねぇと。
そう思って準備を始めると、後ろからまたゲンが抱きついてきた。
「 最近せんくーちゃんつめたぁい」
……ああ、ここ数日大学に泊まり込んだりしていたから、それで拗ねていたのかと思い当たる。視線だけそちらを振り返って。
「 飯作ってやるから待ってろ」
そう声をかけると、パッと表情が喜色に塗り替えられる。
「 わあ!せんくーちゃんのごはん!」
本人が覚えていたら布団から出て来なくなりそうな壊れっぷりだ。実に喜怒哀楽がせわしない。ゲンはそこで一度、ぴたりと押し黙って。……それからまたぎゅう、と抱きついてきた。
「 せんくーちゃんはぁ、わかってなぁい……ふつかも帰ってこないし〜、連絡もないし〜
どんだけ俺が寂しかったか、全然わかってなぁい…… 」
恨みがましく言われて、はたと思い当たる。
「 ……テメー仕事で電源切ってたろうが」
「 えっ?」
「 あ"ぁ?」
そこで一瞬、おかしな間があって。
三たび背中に張り付かれた。
「 せんくーちゃあん……好き好き大好き大愛してるぅ…… 」
ぐにゃぐにゃになったゲンを背中に貼り付けたまま、手早く材料を鍋に入れて火にかける。あとはしばらく煮込むだけだ。
火加減を調節して、冷蔵庫からミネラルウォーターの瓶を取り出す。
それをグラスに注いで、居間に移動した。
「 出来たら起こしてやるからテメーはこれ飲んでちぃっと寝てろ」
ミネラルウォーターにリキッドレモンとはちみちを加えたものを両手で持たせると、ゲンはくいっとひと息に呷って。
そのまま、ごろんとソファに横になった。
しばらくすると、すうすうと健やかな寝息が聞こえてくる。
その間に、ゲンの携帯を手に取って、通話履歴と機能を確認した。
やはり、着信履歴も通信履歴もない。
また、外部から細工された形跡がないことも、一応確認する。
……GPSも正常だ。
さっきは妙な流れになって、危うく携帯について突っ込まれそうになったが、なんとかことなきを得た。
一通りチェックを終えて、携帯をリビングのテーブルの上に置くと、ソファで眠るゲンに視線を戻す。
「 ……寂しがってんのがテメーだけだと思うなよ、ばぁーーーーーーーか」
可聴域ギリギリの声でそうつぶやいて。
もう一度、ゲンの額にくちづけた。