singing for you「 〜〜〜♪」
森で素材を集めながら、陽気になんとなく楽しくなって。
うたを口ずさんでいると、茂みからぴょこんとちいさな影が飛び出してきた。
スイカと、愛犬のチョークだ。
「 スイカちゃんも探検中?お揃いだね♬」
問いかけに、元気よく頷いて。
スイカは下から覗き込むようにこちらを見上げてくる。
「 ……うん?どうしたの?」
腰をかがめて視線の高さを合わせてやると、
「 さっきの、おうた」
言い澱むようにそう切り出した。
「 スイカちゃん、今のお歌気に入った?」
教えてあげようか。
その提案に、スイカはキラキラと目を輝かせた。
「 うん!教えてほしいんだよ!」
……この村には、音楽の文化がない。
少なくとも、千空の父が残したレコードが見つかるまでは、そういった文化はなかった。
音楽とは、音を楽しむこと。
目の前の少女が、音を楽しむきっかけになれるなら、それはとてもうれしい。
「 今のお歌はね、のばらっていって……スイカちゃん、ばらの花は見たことある?」
「 お花の名前はよくわからないんだよ」
「 そう、じゃあ見ててね」
きゅっと軽く拳を握ったあと、パッと開くと、ピンクのかわいらしい花がゲンの手元に現れた。花びらが幾重にも重なっており、ふんわりと甘い香りがする。
「 これが、のばら」
ほほえんで花を手渡すと、キレイなんだよ!とスイカは大はしゃぎした。
「 じゃあ、一回通してうたうから。……聴いてくださいますか、お嬢さん」
そう言って、ゲンは気取ったように一礼すると、軽くウィンクをして見せる。
こんなゲンは初めてで、スイカは少し、もじもじしてしまった。
─── 童は見たり 野中のばら
くれないにおう その色愛でつ
飽かず眺む
くれないにおう 野中のばら
歌い終えると、スイカがパチパチと拍手をくれる。それにもう一度、一礼を返して、お粗末様、とわらった。
「 じゃあ、せっかくだから歌いながら歌詞の意味を教えようか」
「 うん!……ええと、わらべ、ってなんなんだよ?」
「 スイカちゃんのことだよ。こどものことを、昔の言葉でそう言ったの。
童は見たり、でスイカちゃんが、みつけたんだよ〜!、って意味だよ」
声帯模写でスイカの声を真似てやると、スイカは大きな声をあげてわらう。
「 くれない、は?」
「 くれないは、赤色のこと。ほら、この色だよ」
そう言って、また今度は赤い花を出してスイカに差し出した。
「 色が、におうんだよ?」
よくわからないんだよ……と混乱気味のスイカの頭を撫でて、
「 きれいなお花を見ると、あっいい匂いがしそうだなって思うことない?」
そう説明すると、得心がいったようでスイカは次の説明を求めてくる。
「 その色めでつ、は目立つとは違うんだよ?」
「 うん、それはね、ああいい匂いだなぁ、キレイな色だなぁって、そのお花を好きになるってこと。愛でる……愛するって書くけど、まだちょっとスイカちゃんには難しいね」
「 あかずながむ、は?」
「 好きなものって、ずっと見ていたくならない?飽きないで、ずっと見てるってこと」
少し難しかったのか。うーん、とスイカが考え込む。そこで、閃いたように。
「 あっ!ゲンはいつも千空を見てるんだよ!あれがあかずながむなんだよ?」
突然の爆弾に、思わず頬に朱が上る。
さて、どう答えたものか。
「 ……ゲンが千空を大好きなことくらい、村中みんな知ってるんだよ?」
そもそも、千空の誕生日をサプライズで祝おうと言い出したのはゲンで。
村中一同、この自称ペラペラの蝙蝠男は本当に村長が好きなんだなあと生暖かい目で見守っていたことを、おそらく本人だけが知らない。流石に赤面してしまったゲンを覗き込んで、スイカはまた無邪気にわらった。
くれないにおう、のなかのばら。
……なんだか、ゲンのことみたいなんだよ。
けれど、そんなことを口にしたら、きっとゲンはまた困ってしまうのだろうから。
「 ゲン、おうた、教えてほしいんだよ」
そう言って、もう一度おうたの先生にほほえんだ。