幕間の楓恒⑰ 一度あることは二度あるとは言うが、一度あったのならばもう少し警戒をすべきではないかと丹楓は目の前の小さくなってしまった丹恒を見ながら思っていた。
今回は前回のように星が飲もうとしたものを被ってしまったわけではなく、ルアンメェイから丹恒宛に小包が届いたのだ。同封されていた手紙には不朽の星神の末裔にこの薬はどの程度の効果を示すのかの実証を行いたいと書かれており、始めは丹楓が口にしようとしていたのだが丹楓が薬を手に取るより早く丹恒が薬を飲んでしまったというわけである。
前回と違い、空気が弾けるような音と同時に煙のようなものが立ち上り丹恒の姿が見えなくなった。煙が散り丹恒の姿が見える頃には小さな姿になった丹恒がその場に座っていたというのが簡単な筋書きである。
「丹恒」
持明族本来の姿になった丹恒の長い耳がぴくぴくと揺れる。前回同様まさか言葉が喋ることができない可能性を視野に入れながら丹楓は、ぶかぶかになってしまった服を纏った丹恒を抱き上げた。
「余は丹楓だ、丹恒」
「……たんふ」
「! うむ、そうだ、丹楓だ」
「たんふ」
前回とは違う薬だったようで言葉を発することはできるようだ。だが、記憶はやはり無くなっているのか自分の名前には首を傾げている。
薬の効果で一時的にこの姿になっているであろう丹恒の背を撫でながら丹楓はラウンジへと向かう。
すぐ戻るにしろ、戻るのに時間がかかるにしろ丹恒の服を準備しなくてはいけない。
「パムはおるか」
「なんじゃ? って、丹恒! その姿は…また、星にやられたのか?」
「星ではない…そんなことよりも、丹恒に合う服はあるか」
「子供用の服か? 少し探してくるから、お前たちはここで待ってるんじゃ」
特徴的な足音を響かせながらラウンジを後にしたパムの後ろ姿を見送りながら丹楓は近くのソファーに腰を下ろした。普段使っていない服を探すのだから、時間がかかるのことはわかりきっている。
ふ、と息を吐き出し丹楓が丹恒へ視線を向けると丹恒はじっと自分の尾を見つめていた。この丹恒がどの程度の年齢なのか丹楓にはわからないが、かなり小さい頃ではあるようだ。
自分の尾さえ珍しそうに見る丹恒の視線の先に丹楓は自分の尾を顕現させ、ゆらりと動かした。
「! たんふ、しっぽ!」
「そうだな、余の尾だ」
「…!!」
キラキラと目を輝かせている丹恒が丹楓の尾へ手を伸ばす。その手に捕まらないように丹楓が尾を動かすとそれに合わせて丹恒も手を伸ばしてきた。
「…う!」
「丹恒」
勢いをつけすぎて転びそうになるのを、尾で支えると丹楓の尾をぎゅっと抱きしめてくる。精一杯の力を込めているようだが、痛み等は感じずただ丹恒の温かさのみを感じて丹楓は頬を緩めていた。
「あれ? 丹恒、また小さくなってるの?」
そんなことを繰り返しているとラウンジに三月がやってきたようで、小さくなった丹恒に気づき真っすぐにこちらへ歩いてくる。
尾を抱きしめ続けている丹恒の頬を尾先で撫で、三月の方へ顔を向けさせるが、三月が誰なのか覚えていない丹恒は首を傾げているだけだった。
「また、星に何かかけられちゃった?」
「いや、今回は別だ」
「そっかそっか! 丹恒―! 三月なのかだよー!」
にこにこと破顔させながら丹恒の目線に合わせてしゃがみこんだ三月に、丹楓は自分の尾を仕舞う。尾ばかりに意識を向けている丹恒が三月と話をしないと思ったからだ。
腕の中にあった尾が無くなって驚いたような顔をした丹恒は三月の方へ顔を向け、それからまた丹楓の方へ顔を向ける。そしてまた三月へ顔を向けたのだが、ふいっと顔をそむけてしまった。
「丹恒ってば、こんな美少女を前にして恥ずかしいのかな?」
普通の者ならば顔を背けられたことを気にするところだが、三月は気にすることなく手に持っていたらしい袋の中に手を入れがさごそと何かを探している。
「これを食べれば丹恒もうちに懐いてくれるでしょ! じゃーん!」
赤いパッケージの小さな箱を取り出した三月は丹恒にそれを手渡す。小さな箱には星型が入っていれば幸福が訪れると信憑性の欠片も無い文字が書かれている。
「さっき買ってきたの! うちの分しか買ってないけど、特別に丹恒にあげるね!」
小さな箱を小さくなった手で受け取った丹恒は箱へ視線を落とした後に、丹楓の方へ視線を向ける。瞳はキラキラとしていて丹恒が目の前にあるそれを食べたいのだということが手に取るようにわかる。
「余はいらぬ、其方が食べよ」
元より甘いものは得意な方ではない。三月が買ってきた甘味と思うと若干の心配事はあったがこのような小さな子に変なものは食べさせないだろうと丹楓は頷いた。
丹恒が小さな手で箱を開ける音が部屋に響く。箱の開け方は三月が教えているのだろう、首を傾げながらなんとか開けていた。
かぱりと小さな箱を開けることに成功した丹恒は箱の中身を見ると何故か視線を丹楓に向ける。
「たんふ」
「どうした」
「たんふ、これ、ほし」
とたとたと短い足で丹楓に駆け寄る丹恒の持っている小さな箱の中に確かに星型の者が入っている。今の丹恒は漢字を読めないはずだが、三月あたりが教えたのだろう。丹恒は嬉しそうにふくふくの頬を緩ませている。
「良かったではないか」
「ん、これ、たんふにあげる」
「……余に?」
小さな楊枝に星型のそれをさして、丹恒は丹楓へ渡そうとしてくる。どうして自分で食べないのかわからない丹楓は首を傾げながら、丹恒の体をアイスも落とさぬように尾を使いながら抱き上げた。
「其方のものだろう? 食べればよい」
「んん、ほし、しあわせだから、たんふにあげる」
幸せを分けようとしてくる丹恒の愛らしさに丹楓は何も言葉が出なくなるが、ふ、と小さく笑う。
「そうか、余に幸せをくれるのか?」
「ん」
「其方は誠に愛いな、丹恒よ」
「うい?」
「嬉しいという意味だ」
「ん」
丹楓は丹恒が持っている楊枝から星型のそれをぱくりと口に含み、丹恒の頭を撫でる。丹恒は丹楓が笑ったのを見て頬を緩ませると、他のアイスを口に含み始めた。
「うーん? 結局うちじゃなくて丹楓に懐いちゃった」
「ふ、それも仕方あるまい」