幕間の楓恒㊽ 読み終わった書物を抱えながら、次の書物へと手を伸ばす。普段であれば苦も無く届く位置にあるそれが今日は触れることすら難しい。
ん…と、爪先で体を支えながら指先を伸ばしてどうにか書物を取ろうとするが、俺の指が書物に届くよりも早く後ろから伸びてきた手がそれを取り上げた。
「たんふう…」
「無理をするなと余は言わなかったか?」
「これくらい、できる…」
「そのようには見えなかったがな」
「…たんふうにたよりきりなのも、だめだろう…」
「今朝も伝えたが非常事態なのだから、仕方あるまい」
事の発端は今朝方、白珠が持ってきた曰く付きらしい書物を俺が運ぶ途中で落としてしまったことから始まる。
子どもが欲しかった作者の念が籠められているのか、その書物を開いてしまったものは一定期間子どもの姿になってしまうという書物で、丹楓に言われ運んでいう途中にたまたま龍師とぶつかってしまった俺は目的地へ辿り着く前に書物を落とし、落とした拍子に開いてしまった書物のせいで子どもの姿になってしまっていた。
書物は無事に封印することができたが、子どもの姿のままいつ戻るかもわからない俺は丹楓に今日ばかりは大人しくしていろと言われていたのだが、1人で部屋に居てもすることは無く、丹楓が読むようにと持ってきた書物もすぐに読み終えてしまったので、書庫へと書物を戻し新しい書物を取りに来たのだが。
普段と違う姿なせいか常であれば届くはずの場所には手が届かず、かと言って踏み台のようなものがある場所でも無く。
それでもどうにかしようとしているところで丹楓に見つかってしまった。
「其方は大人しくしていることもできないのか」
「……、…」
書物を読み終えたならば他のことを部屋でしていれば良かったのだろう。それがわかっているからか、丹楓の言葉に言い返すこともできず、気まずさから視線を逸らした。
「わかっているならば良い。余は其方にこれを届けようと戻ってきたのだ」
「……?」
「何処へ行っても余がすぐにわかるように術をかけてある」
衣擦れの音を鳴らしながら首に巻かれ緩く結ばれたのは、灰色のリボンだった。
体を僅かに動かしただけでもチリリッと小さく鈴の音が鳴る。首元にあるせいでよくは見えないがきっと、中央に鈴がついているものなのだろう。
子ども扱いをされているような気持ちになり、なんとも言い難い顔をしてしまったが目の前にいる男はどこか満足そうに頷いている。
「おれには、ひつようない」
緩く首を振って伝えるが丹楓は納得してはくれない。
小さく息を吐きながら、巻かれたリボンに丹楓の指先が触れた。
「其方に必要なのではない。余の為に、其方に其れが必要なのだ」
「……? どういうことだ?」
「其方もなかなかに鈍いな」
俺が鈍いのか、丹楓の言葉が足りないのか。
どちらの可能性もあると思うが、それを丹楓に言っても納得はしないだろうと瞳を伏せた。
「其方が心配である以上の理由などないだろう」
「…たんふう」
見た目は確かに子どもの姿になってしまっているが、中身は普段の俺と同じである。
読めない字も無く、常識も分別もわかっている。
だが、それでも心配なのだという丹楓が心配しているのはきっとそういうことではないのだろう。
普段と違う姿になってしまった俺が怪我をしないか。何かに巻き込まれやしないかとそういうことを心配しているのだと、リボンに触れていた筈の丹楓の指先が頬を撫でたことで気づいてしまった。
「…何故紅くなる?」
「……、てれてなどいない」
双子故にお互いが過剰に心配することなど今まで無かった。
それが普通で、過剰に心配をしている今の丹楓が心配しすぎだとわかっているのに。
どうしてか、嬉しいと感じてしまって口元を手の甲で隠してしまった。
この姿になって不便しか感じていなかったのに、なって良かったかもしれないと思ってしまうなど。
「…そういうことにしておくが、…戻るぞ、丹恒」
伸ばされた丹楓の手を握る。己よりも大きな手をぎゅっと握ると、手を引かれ丹楓に抱き上げられてしまった。
「たんふう…!」
「今しかできないのだから、良いだろう」
嬉しげに抱き上げられれば、文句を言おうとした口を閉じることしかできない。
俺のかわりに文句を言うように首元の鈴がチリリっと鳴った。