幕間の楓恒㉓ カランカランと鐘の鳴る音に丹恒は足を止めた。丹楓に声を掛けて、白珠と長楽天の方へ出かけていたその帰り道。紅い服を身に纏った男女が周りに祝福されている光景が目に入ってくる。
丹恒はその二人がどうして同じデザインの服を着て、その場を歩いているのかわからなかったが二人が誰よりも幸せそうな顔をしていたのでつい気になってしまっていた。
「結婚式なんて珍しいです」
「けっこん…?」
「はい、好きな人同士が愛を誓いあう儀式みたいなものですね! 羅浮では珍しいと思いますよ」
華やかな空気の中で周りの人達から笑顔や言葉をもらっているだろう二人がとても幸せそうに見えて丹恒はじっとその姿を見つめてしまう。
「丹恒も気になるんですか?」
「ん…、しあわせそう」
「それはもちろん! 好きな人とこれからずっと一緒に居れることを誓えるんですから幸せに決まってます!」
「ずっといっしょ…」
「丹恒はずっと一緒に居たい好きな人はいますか?」
白珠に顔を覗き込まれながら言われた言葉にぱちぱちと大きな目で瞬きをしながら丹恒はずっと一緒に居たい人の姿を思い浮かべる。脳裏に浮かぶのはやはりほかでもない丹楓の姿だった。
「…たんふ……」
「あはは、そうですよね! あっ、そうだ」
「…?」
白珠が何かを思いついたように顔をあげてにっこりと笑みを浮かべる。何か忘れ物でもあったのだろうかと首を傾げていると白珠が丹恒の前にしゃがみ込んだ。
「丹楓と挙げちゃいましょうか、結婚式」
そんなことが可能なのか丹恒にはよくわからなかったが、楽しそうに微笑んだ後立ち上り丹恒の手を引いた白珠に連れられるまま一緒に歩く。
結婚式に何が必要なのか、どうすればできるのかは丹恒にはわからない。だが、白珠に連れられて先まで見える透けた布と小さな花束を渡されてそれを受け取った。
そのまま白珠と丹楓の屋敷の前まで戻ってくると、白珠は丹恒の持っている薄い布を頭から被せてくれる。
透けている布のおかげで、先が見えなくなることはないが見づらさを感じて丹恒は頭を振った。
「あっ! 丹恒、ちょっと我慢してください。丹楓の前に行くまでの辛抱ですから」
「む……」
歩いている途中で落ちないようにするためかパチリと留め具を付けられるような音が響く。丹恒は手の中にもった小さな花束をきゅ、と握りしめると布の中から白珠を見上げた。
「それじゃ、行きましょうか」
白珠に手を引かれて、丹楓の屋敷の門を潜る。龍師達の不思議そうな眼差しを感じてはいたが、丹恒はそんなことよりも丹楓の元へ早く帰りたいとそれだけを考えていた。
今日はどんなことを発見して、学んできたのか。それを丹楓に伝えたい。
「丹恒、丹楓のこと幸せにしてあげてくださいね」
「? …ん」
白珠の言葉に首を傾げつつ頷きながらぽてぽてと足を進めていると丹楓の執務室の扉の前まで来ていた。
白珠の方へ顔を向けると大丈夫だと微笑み返され扉が開けられる。隙間からから丹楓の姿が見えて、尾がゆるりと動いた。
「たんふー」
「戻ったか……、丹恒?」
こちらへ顔を向けて驚きで顔を染め上げていく丹楓の元へ足を進める。部屋も中腹のところに来ると白珠の手は離れていたがそれでも丹恒は足を止めることはなく、丹楓の元へと歩いて行った。
「たんふ」
「…何か新たな発見をしたようだな」
「ん!」
薄い布地の中でこくこくと頷いていると、丹楓の指先が顔を隠している布地に触れた。ゆっくりと捲られると、視界が明瞭になり丹楓の顔が良く見える。
「では、私はこれで」
「ああ、大儀であったな」
「いえいえ、それではまた」
手を振って帰っていく白珠に花束を持っていない方の手でゆるゆると手を振り返す。丹恒の手に気づいてくれたのか白珠は小さく笑うとすぐに帰って行ってしまった。
「その姿を見るに、婚儀でもしていたか?」
「…こんぎ?」
「婚礼、結婚式とも言う」
「ん、けっこんしき、みた」
「そうか…それでその恰好はどうした?」
「たんふ、とずっといっしょ」
「ふ…、余とこれからずっと一緒か」
「ん!」
丹楓の手が丹恒を抱き上げる。突然丹楓の顔が同じ高さになり驚きで丹恒は大きな目をぱちぱちと動かした。
「ならば、誓いをしなければならぬな」
「ちかい…?」
「其処までは聞いておらぬのか」
誓いとはなんだろうかと丹恒は先ほど見た景色を思い出す。周りに祝福されていた二人は、にこにこと笑っていていろんな人と話をしていて手に持っていた花束を投げていたような気がする。
花束を丹楓にあげればいいのだろうかと丹恒は手に持っていた花束を丹楓へと向けてみた。
「ん」
「…その花は有難く受け取っておくが、余が言っているのはそういうことではない」
「う?」
「まあ、良い。其方が育った頃に其方から再び誓って貰おう」
「たんふ、…」
丹楓の手が、指先が柔らかな丹恒の頬をゆるりと撫でる。何をされるのかわかっていない丹恒はきょとりとして、丹楓の顔が近づいてきていても動かずにいた。
そっと丹楓の唇が丹恒の角の先に触れて、額に触れて離れていく。
自分が何をされたのかわかっていない丹恒は離れていった丹楓の顔にまたきょとりとした顔を向けた。
「末永く共に居るのだろう? 丹恒」
「ん、たんふーといる」
小さく笑みを浮かべた丹楓の指先が再び頬に触れ、くすぐったさや嬉しさから丹恒は尾をゆるりと動かした。