幕間の楓恒㊷ くしくしと手で目を擦りながら丹恒は布団の上でむくりと体を起こした。
窓から差し込む光は既に夕方と呼ぶにふさわしい程暖かみのあるものになっていて、お昼寝をしすぎてしまったと丹恒はぱちぱちと瞬きをして、普段は既に部屋に居るはずの丹楓の姿を探す。きょろきょろと辺りを見回しても丹楓の姿はなく、丹恒はこてんと首を傾げた。
今日はどこかへ出かけると言っていた覚えはなく、屋敷に居るはず。そんな丹楓が部屋にいないのはどうしてなのかわからないが、もしかしたら何か問題がおこったのかもしれないと丹恒は部屋の扉に手をかけると、きょろきょろと辺りを見回して誰もいないことを確認すると丹楓と普段眠っている部屋から抜け出した。
龍師に見つからないようにぽてぽてと屋敷の中を歩く丹恒は、普段丹楓が仕事をしている部屋の前まで来ると重たい扉に手をかけた。
「ぅ…ふーに…?」
丹恒が精一杯の力を込めて扉を開けると、仕事の書類を机の上に広げた丹楓が、頬に手を当てた姿勢で座っている。
小さな声で丹楓の名を呼んだが、丹楓は聞こえていないのかぴくりともせず丹恒の声に応えない。
丹楓に聞こえなかったかもしれないと、丹恒はおずおずと部屋の中に入ると丹楓の傍へとゆっくりと近寄った。
「ふーに…?」
丹楓の隣まで近寄り、再び名を呼ぶが丹楓は返事をしない。
自分が何かをしてしまったのかもしれないと不安を感じながら丹恒が丹楓の顔をおずおずと覗き込んだ。
「ふーに…ねてる…?」
「………」
頬杖をついたまま瞳を閉じている丹楓は丹恒が名を呼んでも動くことはなく、規則正しい息遣いだけが聞こえてくる。
普段から持明族の為に働いている丹楓もきっと疲れ切ってしまったのかもしれない。
ぐっすりと眠っている丹楓を起こしたくない丹恒はじっと丹楓を見つめたままどうしようかと考えこんでいたが、何かを閃いたのか尾を小さく揺らめかせて丹楓を起こさないためか足音を立てないように部屋を出ると、数分後ずるずると大きな白い布団を引きずりながら部屋へと戻ってきた。
丹恒がよく縁側で眠ってしまう時に丹楓がよく自分にしてくれていることを丹恒も丹楓にしたいと考えたようだったが、丹恒の小さな体で普段使っている布団を運ぶのは大変で尾を使って布団を運んでいるのにどうしても布団を引きずってしまっているようだ。。
「ふ、…ふ…、はふ…」
顔を紅く染めながら丹楓の肩に布団を掛けた丹恒は、布団を運んだ時に荒くなってしまった息を整えるように丹楓の体に自分の体をぽてんと寄りかけると達成感からゆっくりと瞼を閉じた。
仄かに汗を掻いてしまう程布団を運ぶことに疲れてしまった丹恒がそのまま眠ってしまったのは偶然だったのか必然だったのかはわからない。
丹楓に寄りかかりながら丹恒がすやすやと寝息を立て始めた頃、寄りかかってくる重みと暖かみに丹楓の瞼がゆっくりと押しあがった。
「……寝てしまっていたか」
特に忙しかったというわけではなかったが、普段から絶えず訪れる来客に疲れが溜まってしまっていたのだろうと丹楓は小さく息を吐き出した。
そんな己の体を暖める布団と、その布団の向こう側に感じる重みへと視線を向ける。
仕事をしているこの部屋で寝てしまったのだから己が布団を運んでくるわけはない。
そう考えれば、自分を暖める布団を運んできたのは寄り添って眠っている丹恒だろう。
よほど疲れたのかすやすやと寝息を立てながら眠っている丹恒の体が冷えないように何か布団をかけてやらねばとは思うが、自分の体にかかっている布団をとろうとするとその動きで丹恒は起きてしまうだろう。
ふ…と息を吐き出しながら、丹楓は尾で丹恒の頬や頭を撫でる。
部屋が寒くなる前に起きれば良いが起きなければ起こさなければならない。
だが、そんな考えもゆるゆると開いた丹恒の瞼に杞憂に過ぎないのだと感じた。
「うぅ……、ふ、に…?」
「起きたか」
「ぅ……? ねてた……?」
「そうだな、其方も寝ていた」
どうやら自分も眠ってしまっていたことはよくわかっていないようで、くしくしと目を擦りながら首を傾げている。
そんな丹恒の頭を尾でゆるゆると撫でながら丹楓は小さく笑みを溢すと、丹恒にだけ聞こえるように小さな声で囁きかけた。
「此れを余に届けたのは丹恒、其方だろう?」
体にかかっている布団に視線を落としながら丹楓がそう言うと丹恒はこくんと頷く。
「此れのおかげで余の体は冷えずにすんだ…、此れを届けた其方に褒美を授けようと思うのだが」
「……ほ、うび…?」
「そうだ、何か欲しいものはないか?」
丹恒は褒美がよくわかっていないのかきょとりとした顔でぱちぱちと瞬きを繰り返していた。
そんな丹恒の頬に丹楓は手を伸ばし、指先で頬をなぞる。
「余にできることならばなんでもしよう、丹恒」
「……ふーにぃ…」
丹恒は、なにか思い浮かんだのかじっと丹楓へと視線を向けたが緩く開いた唇から何かを言うことはなく、ゆるゆると口を閉じると丹楓の服をぎゅっと握りしめた。
「丹恒」
「…ぅ…」
なにをしてほしいのか言えない丹恒はゆっくりと丹楓の体に小さな手を回してぎゅっと抱きしめる。
それだけされれば丹楓でも丹恒がなにを望んでいるのかわかったのだろう。感じた気持ちのまま緩く目を窄めながら、自分を抱きしめてくる小さな体をそっと抱きしめた。