Happy Halloween 夏休みが終わると街のショーウィンドウは一気に秋へと模様替えをして、ハロウィン先取りの賑やかなディスプレイを見かけるようになった。
無宗派に限りなく近い仏教徒が占める日本におけるハロウィンはある種の新しい節気のような扱いで、クリスマスまでの繋ぎとしてみると商業的にはおいしいのか、急な広がりを見せているらしい。
それもここ数年の話だよ。かの少年はそういって苦笑したが、ななつそこそこであるはずの子が口にするにはやはりちぐはぐで、敢えてそのまま聞き流したものの、その気の緩みが嬉しくもある。
米花商店街でもハロウィン人気に乗っかって、遠目からでも目立つジャックオーランタンの提灯飾りや、買い回りスタンプラリーのポスターが賑やかしい。店舗ごとの特典をみるといつものポアロも参加しており"仮装して来店されたお客様にはクッキーのプレゼント"があるらしい。
噂をすればなんとやら。商店街の中心近くまでくると、角の小さな花屋の前に見慣れた姿をみつけてなんとなく声を掛けてみた。
「安室さん」
「……沖矢さん」
滲み出る不機嫌さを隠しもしない彼はデニム地のポアロのエプロンをつけたままで、仕事中であることが窺えた。店内に飾る花でも買いに来たのだろうか。
「こんなところで会うとは珍しいですね、お遣いですか」
「ええまぁ。……沖矢さんはお買い物に?」
「今日は出掛けていたので、そのまま早めの夕飯の買いだしといったところですね」
ほとんど社交辞令的に返された言葉に笑っていると、奥から店員がゴロゴロと台車を押しながらやってきた。荷台に載った段ボールにはごろっとしたおおぶりで橙色の球体がふたつほど覗く。
「わざわざ来ていただいてスミマセン、人手が足らなくて」
「店はすぐそこですから。台車は後ほど返しに来ますね」
台車を受け取ってポアロの方角に歩き始めた安室になんとなく肩を並べる。着いてくるなと言いたげな冷えた視線を向けられたが、あいにく八百屋は同じ方向なのでと先手を打てば、つまらなそうに肩を竦めてそのまま前を向いた。
「これはランタン用ですか?」
台車にどっしり鎮座する橙色の球体はいわゆる西洋カボチャで、八百屋ではなく花屋から調達しているところからも食用ではないだろう。商店街の店舗はハロウィンに乗っかったディスプレイも多くみられるから、バイト中らしい彼が運ぶこのカボチャもおそらくはそういう用途と思われた。
「そんなところです」
ジャック・オー・ランタンを模した飾りは型抜きのプラスチック製のようなものもあるだろうに、気合が入りすぎた梓にホンモノのカボチャで作るように頼まれたらしい。
フェイクならそのまま来年も使えるのに、なんでわざわざ。
〝彼〟のキャラらしくもないうっすら中身がはみ出したぼやきと溜め息が可笑しくて思わず吹き出した。どうやらお疲れであるらしい。
「大きいと中のワタを取るのも面倒ですからね」
なかなか立派で大きなカボチャだから、柔らかめの品種と言えどそれなりに骨が折れそうだ。それをひとりでふたつも作るのであれば、溜め息のひとつも出るだろうか。
「……ふぅん、知ったような口ぶりじゃないですか。沖矢さんは経験がおありで?」
「ええ、幼い頃に。ほんの少しですが」
やったことがあると言っても、父の手伝いでスプーンを手に中のわた取りをしたことがあるというぐらいのことだが。
やがて目的地の八百屋が見えてきて、予告した通り軽く声を掛けて別れようとしかけた時、手首をがっしり強い力で掴まれた。
「沖矢さん、どうせこのあとお暇でしょう、もちろん手伝っていきますよね?」
「……」
僕は他にも戦うべきカボチャがたくさんあるので。
「できましたよ」
「流石、経験者は手際が良いですねぇ。子どもたちも喜びますよ」
少し手伝ったことがあるというだけで、経験者などではないのだが、子どもたちのためだと適当な理由で頼まれて結局ふたつともランタンを作らされてしまった。
笑顔で差し出された蝋燭風ライトを中に仕込むとなかなかにそれっぽい。どちらも軒下に飾るということで、均一な厚さを意識してくりぬくのに苦労したが、完成してみればそれなりに達成感がある。
すっかり冷めたカップを傾けてひと息つくと、ふわりと甘ったるい匂いが漂ってきて鼻腔をくすぐった。そういえば、自分は別の作業があるのだとか言って丸投げしてきた彼が引っ込んだカウンターからは、時々硬いものを切る音がしていた。
「……いい匂いですね」
「キャンペーン用のクッキーですよ。おかげさまでこちらも何とか作り終えました」
なるほど、あれはカボチャを切る音だったのか。頷いているとあいたカップにお替わりが注がれて、ことりと小皿もテーブルにのる。……パンプキンクッキーだ。
「これは仮装をしてきた人へのプレゼントなのでは?」
「あなたの変装も似たようなもんでしょう」
「……はて」
つまり、お礼ということかな。ランタンそっくりの形の鮮やかな橙色をひとつ摘まんで放り混む。出来たての温かさは甘みをより引き立てて、口の中でほろりとくだけた。