猫耳とベルマル 金曜日の夜、週末の食材の詰め込まれたエコバッグを肩に掛けたマルコが部屋の扉を開けて靴を脱ぎながらただいま、と廊下の先に声を掛けると恋人の足音が近付いてくる。珍しく出迎えかな、とフッと顔を上げるとおかえりの一言を聞く前に頭に何かが乗る、むしろ何かが髪に刺さったと言う様な感覚だ。
「ぉ、え?ちょ、なに、」
「ハッピーハロウィンー」
「………毎年ニュース見ながら呆れてる人、誰だっけ?」
「それは間違いなく僕」
「で、何これ」
「猫耳、今日百均行ったついでに?」
「……ついでに、なに?」
「面白いかなって思って」
「真顔で言う冗談は面白くないよ」
帰宅早々随分なもてなしだと深深と溜息を吐きながらマルコはリビングへと向かう、部屋へと入ると真正面のベランダへ続くガラス戸に映る自らの頭に鎮座した安っぽい黒い猫耳にあからさまにげんなりとした表情になる。
隣のベルトルトの顔は実に、上機嫌だ。
自分達はこういったイベントに浮かれるタイプの人間では無いはずなのにベルトルトの気まぐれにはいつもマルコは困らされている、惚れた弱み。と言ってしまえばそれまでだけど。
エコバッグをキッチンカウンターに置くと一息付きながらネクタイに指を引っかけ緩める。近くで見せて、なんて甘えたような口振りで手を引かれてソファーへ誘われると今更ながらに羞恥心も襲ってくる、20代も半ばになってこんな物を付けることになるなんて思いもしなかったとソファーへ並んで座りながら満足気な様子でこちらを見下ろすベルトルトをチラと見上げてマルコは不満げに眉を詰めた。
「……そもそも何で僕だけなんだよ、お前だって付けたらいいだろ」
「僕が着けたら気持ち悪いじゃないか」
「それなら僕だって、!」
「可愛いよ、にゃーって言ってみてよ」
「……にゃー」
「あ、不機嫌なのが猫っぽい」
「……あのなぁ、」
自らの言葉に次々と返答するベルトルトに反論しようとするもののそれが無駄なこともまたマルコは知っていて、それなら仕返しのひとつでもしてやろうと不意に顔をグイと近付ける、これには反射的にキスでもしてくれるのかと瞼を伏せたベルトルトの唇には何も触れず鼻先に柔らかな感触が触れて閉じていた瞼を開くと触れているのは互いの鼻先だった。
「そこ口じゃないんだけど、」
「知らないの?猫は鼻でするんだよ」
「………君は人間じゃないか」
「……さっき猫扱いしたの誰だよ」
「んんー…思ってたのとちがぁう!」
もっとさー…と不満げな顔に少しばかり勝ち誇ったような笑みのマルコが緩めたままのネクタイを解いてベルトルトの首元へと巻き付け緩くそれを引いて触れ合う場所を鼻先から唇同士へと変える、珍しく驚いた様子を見せる瞳にしてやったりな顔でマルコが引いたままのネクタイの先を指にくるりくるりと巻きつければじわりと首元が締まるような軽い圧迫感が肌から伝わり大袈裟に言えば恋人に命を握られているような感覚だ。
「飼い猫に首輪付けられる気持ち、どう?」
「……悪くない、」
「こう言うの好きだろ、実は」
「清廉潔白な君にされるから最高なんだ」
「買い被りすぎだよ、お前は」
「そんなことないさ…ねえ、マルコ」
「ん?」
「猫の交尾って、雄が雌を噛んで押えるんだってさ。まぁ他にも色々あって猫って成功率100%なんだって」
「へえ、知らなかった」
そんな取り留めのない話を始めた矢先にグッとベルトルトが距離を詰めてマルコはバランスを崩す、当然指に巻いたネクタイもそれに合わせてベルトルトを引いて二人の距離が詰まる、ソファーに倒れ込んだ衝撃で頭に付けられた耳がカタ、と音を立てて床へ落ちる。
お遊びの時間は、終わった。
「僕が君を噛んで押さえたら君はこの首輪を引いて抵抗する?…僕は、きっと息苦しさで力を抜く」
「…ズルい言い方だ」
「それが出来ない君も、もしかしたら力いっぱい引くかもしれない君も僕は愛してる」
「……僕は、そんなどうしようもないお前を、」
最後の言葉を言い終わる前にマルコの息が詰まる、一つ二つとボタンを外されて顕になった首元から肩にベルトルトが本当に歯を立てて噛み付く。それは痛みより体に甘ったるい痺れを起こさせてマルコは背を仰け反らせる、目線の先のベランダへ続くカーテンも引かれていない窓には己の上で獣のように肌を噛むベルトルトの姿とそれに悦ぶ自らの目と視線が合う。
こんな顔をして清廉潔白、なんて。
「……馬鹿げてる、」
マルコの手がネクタイを引く代わりにベルトルトの背中に爪を立て布越しにその肌を強く掻き、引き寄せた。