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    花月ゆき

    @yuki_bluesky

    20↑(成人済み)。赤安大好き。
    アニメ放送日もしくは本誌発売日以降にネタバレすることがあります。

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    花月ゆき

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    秀零の日。
    記憶喪失&身体だけ縮んだ赤安(中学生)が、工藤邸で一緒に住んでいる設定です。

    https://poipiku.com/1436391/9417680.html
    https://poipiku.com/1436391/10875191.html

    #赤安

    Heartfelt Memories(旧題:記憶は心の底に)⑫―赤井Side 9月―


     解毒薬が完成したとの報せが、コナンから届いた。
     身体が元に戻れば、中学校に通う必要はなくなる。九月の半ばに転校するよう学校側と調整がついたのは九月に入ってからだった。
     夏休みが明けてまだ間もない時期。突如決まった転校に、クラス中がざわついた。
     クラスから一度に二人も転校するのは異例のことだからだろう。「赤井君と降谷君ってどんな関係なの?」と質問されることが増えた。転校の理由はあらかじめ考えていたので、二人で決めた設定通り、「親が同じ職場の同じ部署で……」と、あくまで親の出張が理由だと伝えた。嘘を重ねながら作り上げられてゆく“転校”に、「さみしくなるね」と声をかけられるたび、降谷も赤井も複雑な気持ちになった。
     およそ一年の中学校生活はけっして悪いものではなかった。良い教師、良い生徒に恵まれていたのだと思う。思春期によくある、学校での悩みに苛まれることもなかった。
     その代わり、降谷のことについては大いに悩んだ。いつ離れ離れになるかもわからない、同性の同級生に恋をした。クラスも一緒、しかも同じ家に住んでいるという状況で、降谷のことを意識しない日は一日もなかった。
     記憶を取り戻した今。なぜあんなに悩んでいたのだろうと思うときもある。だが、ひとりの男子として、悩みに悩み抜いた日々は、降谷を真剣に好きになった証拠ともいえるのかもしれない。
     
     九月十日。学校から帰ったら、阿笠邸に解毒薬を受け取りに行く。中学校に通うことができるのも今日で最後だ。
     授業の合間や昼休憩中。赤井は手紙を渡されたり、告白されたりした。
     手紙の内容も、告白の言葉も、ひとりひとり異なっている。しかし、誰に対しても赤井の返事は同じだ。「俺には好きな子がいるから」とこたえると、「知ってるよ」と女子たちは口を揃えたように言った。
     最後だからと勇気を振り絞って伝えに来ただけなのだろう。自分に対して何かを望むような女子はひとりもいなかった。
     降谷もまた、自分と同じような状況であったらしい。
     その理由には、心当たりがあった。
     いつからか、降谷も自分も、互いに気持ちを隠さなくなっていた。特に記憶を取り戻してからは、愛しい恋人に接するように降谷に寄り添った。
     男子生徒たちは気づいていないかもしれないが、恋愛事に敏感な女子たちは目聡く気づいたのだろう。去り際に、「降谷君と仲良くね」と言われることもあった。

     放課後。降谷と自分のために、クラスメイトたちがささやかなお別れ会を開いてくれた。クラスメイトたちから寄せ書きをもらい、赤井は自分に対して宛てられたメッセージを読んだ。色紙の中心には、大きな文字で“赤井君へ”と書かれており、それを取り囲むようにクラスメイトたちからのメッセージが書かれていた。降谷も自分と同じように色紙を受け取り、笑顔の中にほんの少し寂しさを滲ませた表情で、メッセージを読み進めていた。
     自分たちにとって中学校生活というものは、記憶と身体が元に戻るまでの止まり木のようなものであったかもしれない。しかし、これまでの学校生活を振り返ってみると、けっして一休みするためだけの時間ではなかった。自分たちは精一杯、この時間を生きていたのだ。
     色紙を埋め尽くすメッセージは、クラスメイトたちが語る、自分たちとの記憶思い出だ。思いがけない形で二度目の中学生生活を送ることになってしまったが、青春を絵に描いたような生活も悪くはなかった。
     最後には担任教師からの挨拶もあり、降谷が今にも泣きそうな顔をして話を聞いていた。本物の中学生に戻ってしまったかのようにも見えた。
     夕陽が窓辺に降りる頃。学び舎に別れを告げて、クラスメイトたちに見送られながら、赤井は降谷と一緒に下校をした。
     春であれば桃色の花に身を包んでいただろう桜の木は、今は緑葉に彩られている。
     普段と同じように桜の木の前を通り過ぎようとしたところで、ふと降谷が立ち止まった。つられるようにして、赤井も立ち止まる。
     夏の温もりを残したままの風が、サァァァァと波のような音を立てて木の葉を揺らし、通り過ぎていった。
    「赤井。ひとつお願いがあるんですが、聞いてくれますか?」
    「……君がお願いとは珍しいな。もちろん聞くよ」
     起立状態の降谷の両手が、ぐっと握り締められてゆくのが見えた。降谷のその様子に、幾ばくかの緊張を覚える。降谷は言った。
    「僕達はまだ二年生なので、卒業にはまだ遠いんですけど……でもある意味、僕達にとっては今日が卒業式のようなものですよね」
    「ああ、そうだな」
    「制服を着るのも今日が最後になりますよね」
    「そうなるな」
     しばらく沈黙があった。降谷の視線はまっすぐに自分へと向けられている。降谷はゆっくりと自分に近づいてきた。そして、降谷の右手の人差し指が、自分の制服のボタンの上でぴたりと止まる。
     最後だからと着てきた学ラン。降谷が指しているのは、上から二番目のボタンだった。
    「……あなたの第二ボタン、僕にくれませんか?」
    「……ボタン?」
     一瞬、なぜ降谷がボタンを欲しがるのか赤井にはわからなかった。
     しかし、今日が自分たちにとって卒業式のようなものであるならば、赤井には思い当たることがあった。
     今年の春に行われた卒業式での出来事を、赤井は思い出す。
     当時三年生だった男子生徒の数名が、制服の第二ボタンを失くしているのを見たのだ。心臓に一番近い場所のボタンを好きな相手に渡すことで、「自分の心をあげる」という意味になるのだと、クラスの女子たちが教えてくれた。
     つまり降谷は、「赤井の心がほしい」と自分に伝えているということだ。実に中学生らしい告白に、赤井は感動で言葉を失った。
     しかし、降谷はこの沈黙を別の意味に捉えたらしい。
    「あ、もし他に渡したい人がいるなら――」
    「いるわけないだろう」
     間髪入れずに、赤井は第二ボタンを引き千切った。
    「あ」
     驚きの声を上げた降谷に、そっと第二ボタンを差し出す。降谷は両手でそれを受け取った。ただのボタンが、愛の誓いに変わる瞬間を見たようだった。
     これまで興味はなかったが、降谷のボタンが急にほしくなってくる。
    「俺ももらっていいか?」
     降谷は頷いて、自身の第二ボタンに手をかけた。
    「ど、どうぞ……」
     降谷の制服から離れた第二ボタンが、赤井の左手の掌に乗る。赤井はぎゅっとそれを握りしめて、失くしたりしないようにズボンのポケットへ入れた。
     中学生の降谷と下校するのはこれが最後だ。夕陽の光が一際強くあたりを包み込む中、赤井は降谷の手を握り締め、すっかり馴染んだ帰り道を歩んだ。


     自宅に帰り、荷物を置いて、隣の阿笠邸へと二人で急いだ。
     すでに準備は整っていて、ピルケースがふたつ、テーブルの上に用意されている。灰原がピルケースを指差しながら言った。
    「解毒薬はひとり一錠。あなたはこっちで、あなたはこっち。絶対に飲む薬を間違えないで」
     なぜ、飲む薬が違うのか。赤井と降谷が疑問を持つのと同時に、コナンが問いかけた。
    「赤井さんと安室さんは、違う毒薬を飲まされたってことか?」
    「いいえ。成分はまったく同じ。ただ、飲まされた量が違っていたのよ」
    「多く飲まされたのは……もしかして、赤井さん?」
     コナンが再び問いかけると、灰原は頷いた。
    「ええ、そうよ。二人とも同じ量を飲まされていたら、中学生と高校生……いえ、中学生と大学生くらい歳の差が出ていたかもしれないわね」
     つまり自分が降谷と同年代と思われる年齢になったのは、降谷よりも多く薬を飲まされ、幼児化の成分が強く作用したからということなのだろう。意図して毒薬の量を調整されたのかどうなのかはさだかではないが、降谷と同年代になれたのは運が良かった。
     降谷が複雑な顔をして、「僕が童顔ってことなのか……それとも成長が遅いってことなのか……」とひとり呟いていたが、赤井はそっとしておくことにした。
     その他にも、自分たちが飲まされた毒薬やこれから飲む解毒薬について、そして薬を飲む際の注意点について説明を受けた。元の姿に戻ったとしても再び身体が縮む可能性があるため、この先一ヶ月間はなるべく外出を避け、家で様子を見るようにと忠告を受けた。
     灰原の忠告に頷き、元の姿に戻ったらたくさんお礼をすると約束して、二人は阿笠邸をあとにした。

     家に帰り、これからのことについて赤井は降谷と話し合った。
     薬の副作用が出る可能性があると聞いたので、どちらかが看病ができるように、解毒薬は二人同時には飲まず、時間を置いて飲むことにした。どちらが先に飲むかで意見が割れた末、最後は“じゃんけん”で決めた。学校のホームルームで係を決めるときなど、話し合いで決着がつかない場合の最終手段としてよく使われている方法だった。こんなときにも中学校で過ごした日々の記憶を呼び起こされてしまうのは、自分たちにとって中学校生活が大切な思い出になっているからだろう。
     勝った方が先に解毒薬を飲むと決めて、実際に勝ったのは赤井だった。
     降谷は心配そうな顔をしていたが、二人で決めたことなので、降谷も静かに結果を受け入れた。
     ふと降谷が思い出したようにして言った。
    「まさか十日の日にあなたが解毒薬を飲むことになるなんて、運命を感じてしまいますね」
    「そうだな」
    「中学生の赤井には、もう会えなくなっちゃうんですね……」
    「君のこの可愛らしい姿も、もうそろそろ見納めか……」
     可愛らしいって何ですか! と降谷は声を上げる。赤井が声を立てて笑っていると、降谷が何か閃いたように手を叩いた。
    「写真、撮りませんか? 二人だけで撮ったことなかったでしょ?」
     学校行事においては専門のカメラマンがいて何枚も写真を撮られたし、学校でもスマホを向けられることが度々あった。だが、二人きりで撮影をしたことはこれまで一度もない。良い案だと赤井は二つ返事で頷いた。
    「ああ、撮ろう」
    「じゃあ……ちょっと隣に行きますね」
     赤井の隣に降谷が座る。自分たちが画角に収まるように、降谷が器用にスマホをこちらに向ける。「はい、チーズ!」のかけ声に合わせて、シャッターが切られる。「もう一枚撮りましょう」と降谷が言うので、赤井は降谷の頬に唇を落とした。スマホを持つ降谷の手が一瞬大きく揺れ動いたが、無事にシャッター音が再び鳴り響く。撮り終えた写真をじっと眺める降谷に、赤井は優しく言った。
    「そろそろ飲むよ」
    「……はい」
     降谷の目が潤んでいるように見える。この世の中に絶対というものはない。これから飲む薬が無事に効いてくれるのかどうか、不安で仕方がないのだろう。赤井は降谷を置いていくつもりなど毛頭ないが、もしものとき、降谷の心の拠り所になるようにと、あることを思いついた。
    「……その前に、少し待っててくれ」
    「……赤井?」
     すぐそばにあるマスタングのプラモデルを手に取る。今どこかで眠っているだろう、自分の愛車を思い出す。赤井はマスタングを裏返し、録音のためのボタンを押した。
    「……零君。俺は君を誰よりも愛している」
     ボタンを押して録音を終えると、降谷がぼろぼろと涙を零した。子どものように泣きじゃくりながら、降谷もまた、自身の愛車であるRX-7のプラモデルを手に取る。RX-7を裏返し、降谷はボタンを押した。
    「……赤井。僕もあなたのことを、誰よりも愛しています」
     降谷が録音を終えるのと同時に、赤井は降谷に口づけていた。
     中学生として二人で過ごした日々の思い出と、様々な想いが、脳裏を駆け巡った。

     解毒薬を飲む前に、赤井は降谷が用意してくれた大人用の服に着替えた。今の自分にとってはサイズ違いのそれを着終えて、降谷の編んでくれたニット帽を頭にかぶる。今は少しぶかぶかしているが、大人の自分にはちょうど良いサイズだろう。
     涙で少し目を赤くした降谷に、赤井は微笑んだ。
    「このニット帽に似合う男になるよ」
     降谷がこくりと頷くのと同時に、赤井は解毒薬を口へ流し込んだ。
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