デート「あれ、明日って17時で閉めるんですか?」
芹沢がデスクのカレンダーを見ながら言った。
「ああ、まあな。ちょっと用事があるんだよ」
「そうなんですね…、俺はいつも通り16時には出ますから、よろしくお願いします」
「おう」
霊幻はひらひらと手を振った。
そう。明日。明日は大切な用があるのだ。
「あれ?律、明日晩御飯いらないの?」
兄の茂夫が家族用のカレンダーを見ながら不思議そうに言った。
「うん。友達と晩御飯を食べる約束してるんだ」
「へえ。星野くんたちと?」
「ううん。クラスメイトとだよ」
「そうなんだ。珍しいね」
「まあね。最近ちょっと仲良くなったんだ」
「そっか。楽しんでね、律」
「ありがとう、兄さん」
兄はどことなく嬉しそうに手を振った。律も手を振り返して、自室に戻る。
勉強机の前の椅子に腰かけ、律は複雑な気持ちを抱え込んでいた。
(明日は、大事な日だ。でもクラスメイトと会うわけじゃない)
嘘、ついちゃった。
と律は上擦った声で独りごちた。
何回もはぐらかされ、説得され、話し合い、何度も想いを伝えて、ようやく霊幻が折れた形で付き合うことになったのがつい2週間前のことだ。
そこから何か変化があったとすれば、連絡先を交換したくらいのもので、痺れを切らした律が2人きりになれるタイミングを見計らい、相談所に押しかけ何とか取り付けたデートの約束。
律は苦しくも心地良いような、ソワソワして落ち着かない気分を味わっていた。
座っていられず、律は明日着ていく服を選ぶことにした。
タンスをあけて、服を順番に見ていく。
霊幻は相談所が終わったらそのまま待ち合わせ場所に来ると言っていたから、いつものスーツで来るということだ。それに合わせるならあまり気負った格好をしていくのも良くない。ラフでいて、格好良い服。
律は悩んで、結局シンプルなシャツとジーンズを取り出した。
明日はどんなことを話そうか。
布団に潜ってからも、律の頭の中はそればかりだった。
霊幻はあまり自分のことを語りたがらない。好きな食べ物、音楽や映画…。全て知りたい。片っ端から質問攻めにしてやる、と律は決めた。
それに、と律は考える。
やっと恋人になれたと言っても、それらしいことは何一つしていない。何としても明日は一段階上の関係になりたい。
少なくとも…、手を繋いで歩くことくらいはしてみたい。会うのは夜だし、きっと誰に見られることも無いだろう。そして、あわよくば……。
その先のことを想像して、律はカーッと熱くなった頬を扇いだ。
(駄目だ駄目だ!このままだと寝れない!)
妄想が膨らむばかりの頭をぶんぶん振って、何とか思考を整える。
布団を頭から被って、羊を数えることに専念するとやっと意識が遠のいて、いつの間にかすっかり寝てしまった。